いや適当すぎでしょ(笑)

先日、いつものように週末の買い物をすべくスーパーまで自転車をかっ飛ばしていたら、秋空(冬空?)の下、焚き火を起こしてるような、落ち葉をくべるような、あのちょっと何かが焦げているような香ばしい感じのニオイがどこからともなく鼻をかすめ、早速、言ってたそばから「ノスタルジ~!」と感じる場面に出くわしました。

別に冬に焚き火をした経験もないのに、あの手のニオイ、何でなんとなく懐かしい気がするんでしょうね…?

いや万人にとって懐かしいニオイという前提で話を進めるのも間違ってるかもしれないんですけど、まぁ多分原始の昔から人間にのみ許された火を起こすという行為、これに付随して生じる、有機物が燃やされることで生まれるニオイに包まれると何か安心するというのは、恐らく古今東西老若男女、誰でもそうなんじゃないかなぁ、って気がします。

同じように、(寒いのは好きじゃないけど)冬のあのピンと張り詰めた空気が好き・冬の朝のニオイとか、本当に特別なものがある…とか、雨のニオイ(雨に打たれたアスファルトのニオイ?)って何かいいよな……とか、多くの人が共通で感じる、言葉では説明できない本能に語りかけてくる良さ、そういうのが世の中には沢山あると思うんですけど、こんなご時勢だからこそ、そういうちょっとしたものに幸せを感じられるような日々を送っていきたい限りですね。


…と、唐突にポエミーなイントロで始まりましたが、石鹸の話に関して、前回のニオイの他に、もうちょい触れておこうと思っていた点があったので今回はそちらのネタにいってみましょう。


僕は一人暮らしを始めて、ハンドソープはキレイキレイの詰め替えを適当な百均の空きポンプに入れてずっと最後まで使っていましたが、また衛生警察案件として、1つ問題提起しておきたい点がありました。


…とそこへ行く前にまた、前回の記事で触れていたアンさんのコメントに、ビオレよりキレイキレイのニオイの方が◎という話があったんですけど、僕が使ってた頃は、キレイキレイはほぼ無香料で、単なる石鹸、って感じだったこともあり意外でしたが、調べてみると…

f:id:hit-us_con-cats:20211214060733p:plain

https://kireikirei.lion.co.jp/lineup/awahandsoap/より

へぇ~、キレイキレイも、香りのバリエーションが出てたんですね!

未だにあのおなじみ「キレイ ママ」と「キレイ 美男(よしお)くん」「キレイ 美子(よしお)ちゃん」のイラストのままなのは変わらずで懐かしい限りですが、当時僕が一人暮らしを始めた頃は、香りは1種類のみ(上述の通り、ほぼ無香料に近かったはず)で、グリーンを基調にしたパッケでした。

もちろん、よしおくんよしこちゃんの名前なんて知りませんでしたけど(笑)、その情報含めWikipediaによると、発売は1997年で、ライオンのマーケティングが非常に上手だったのか(TV CMとかもめっちゃ見ましたしね)、新しいハンドソープとして一気に市場を席巻した(石鹸だけに)のは、とてもよく覚えていますねぇ~。
(先ほどの画像にもある通り、今でも売上No.1なんですね!)

ちょうどそのぐらいの時期が、固形石鹸からハンドソープがメインになった頃・転換期じゃないかなぁ、なんて思いますが、まぁ僕も一人暮らしを始めて既に大ヒットしていたキレイキレイを買って使うようになっていたわけですけど、別にニオイはなんていうこともなく、むしろ前回触れてた所属研究室で使ったビオレのニオイに感動した、って流れですね。
(でも、買い置きも大量にあったし、自宅では最後までキレイキレイを使っていました。
 今のキレイキレイは、僕は見たことも嗅いだこともないですけど、名前からしてもういいニオイっぽいですね…!)


で、本題の衛生うんぬんですが、詰め替え製品の衛生状態、これが結構個人的には気になるポイントなわけです。

まぁ相変わらず「自分のやってたのはOK」という自分本位ルールっぽい物言いですけど、ハンドソープならまぁ所詮手を洗うぐらいだし、(僕の場合はですけど)半透明の容器に入れていたから異常があればすぐ分かるしでまぁいいとしても、シャンプーとかコンディショナーとか、そういうのの詰め替えが、個人的には結構気になります。

(シャンプー系は頭皮に直接触れてワシワシするものですから、手を洗うだけのものよりも圧倒的に、雑菌の吸収や定着が不安だといえますしね。)


ちょうど、実家に帰ったときに目にするんですが、「いやこれ何年間使ってるのよ(笑)」と思えるぐらいの薄汚れた容器のシャンプー・コンディショナーが置いてあり(シャンプー系は、お風呂場で必ずガンガン水しぶきをあびて濡れてしまう状況に置かれている(白っぽい水垢や、底とかには実際のカビなんかもわきがち)ことからも特に、使い回しの衛生度がより気になる存在です)、まぁ選択肢は他にないので実家ではそのまま使いますけど、「たまには買い替えたら…?」と思えてしまうポイントですねぇ。

母親にその旨伝えても「いや詰め替えの方が環境に優しいじゃないの。時代はエコよ、エコ。それに値段も安いでしょう?」みたいな感じで結局変わらぬままなんですが、まぁそれはそうかもしれないんですけど、でも値段に関しては、何気に詰め替え製品ってオリジナルのよりも大分量が少ないことが多く、単位量あたりの値段で考えると、正直そこまで差がないことも多い気がします(もちろん、ポンプ容器とかの分もあるし、「単位価格だと詰め替えの方が高くて損」なんてことはないと思いますけどね)。


まぁ環境や価格で攻められるとちょっと弱いんですけど、やはり衛生面、この1点において、シャンプーの無限継ぎ足しはいかがなものかと思えるのです。
(改めて、ハンドソープを足し続けていた自分は棚に上げて、風呂場系のものだけ槍玉に上げてる感じですけどね(笑)。)

特によくいわれるのが、代表的な常在菌(環境中の至る所に存在する菌)である緑膿菌(りょくのうきん)、詰め替えをずーっと継ぎ足し続けると、気付かぬ内にこいつが大量に繁殖していることがあるから気をつけねばいかんぜよ、なんていわれますけど、微生物系の専門家に近い立場として、これはマジなので注意した方が良いでしょう。

検索したら、藤元メディカルシステムという医療機関がまとめてくださっている注意喚起記事がヒットしてきたので、こちらを参考として挙げておきます。

www.fujimoto.or.jp
例の、培地プレートに塗布して「これだけの菌が存在!」ということを示す啓蒙画像もありましたが…

f:id:hit-us_con-cats:20211214060756p:plain

http://www.fujimoto.or.jp/tip-medicine/lecture-32/index.phpより

特にジメジメすることの多いお風呂場なんかには、目には見えないから気にならないだけで、実際は大量にうようよ漂っているのがこいつなわけです。


その問題の詰め替えについてですけど、上記記事ではポイントとして「容器の中をきれいに洗う」とされていましたが、これはどうでしょうね、正直、シャンプーボトルの口なんてかなり狭いですし、普通の人があの内部をしっかりキレイに洗えるなんて到底思えませんから、むしろ僕は下手に内部に触れない方がいいのでは…?って気がしますね。

(詰め替え商品によっては、それ(=下手な洗い&洗い残しによる内部環境の悪化)を見越して、「中には触れず、直接足すこと」という指示があるものもあったように記憶しています。)

詰め替え時、ポンプの軸とかを気にせず床に置く人とかもいそうですし(他人の詰め替え現場なんて見たことないので想像ですが、僕の感覚的に、その辺にまで気が回らない人の方が世の中多いんじゃないかな、って気がします。特にシャンプーとか粘性の物質が付いた状態の場合、物理的に床や壁と接触すると、もうそれだけで何億匹もの微生物がうじゃーと付着することになるでしょう。むしろ接触すらなくても、空気中に放置しておくだけでガンガン付着してきますからね)、そもそも実験室のクリーンベンチの中で無菌処理を心がけた操作をしても特に実験初心者なんかは普通に菌をコンタミ(=混入・汚染)させるというのに、どう考えても風呂場という劣悪な環境で無菌状態を保ったまま継ぎ足すなんて、ムリムリムリのカタツムリと断言できるように思えます。


なので、僕は、環境保護&コスト面からも、まぁ1回ぐらいは詰め替えを買って継ぎ足してやろう、しかし2回目以降は、もうちょっと衛生的に良くない気がするから勘弁な…って感じで、1回詰め替えしたら、そのボトルはもうお役御免で捨てて、新しいシャンプーを購入していました。

まぁ、衛生面を抜きにしても、色んなシャンプーを試すのも楽しいですしね、大体ボトル&詰め替えを使い切ったら次のやつに移行する…ぐらいのサイクルがちょうど良かったともいえます。

いずれにせよ、僕は、シャンプー等の詰め替え品の無限継ぎ足しには断固反対したい限りですね。

緑膿菌を髪に塗りたくるとか、君はそんな怖いことに耐えられるのか…?!

頭皮が死ぬぞ…!!


…とはいえまぁ、「緑膿菌が増えたものを使ったらどんだけ髪(体)に悪いのか」とかは、正直よく分かんないですけどね。

実際、培地に生えたカビから「20世紀最大の発見・人類を救った奇跡の物質」といわれる抗生物質ペニシリンが単離されたなんて例もありますし、もしかしたら逆に健康にいい成分が増えてる可能性もゼロではないですけど、基本的にその辺を漂ってる雑菌がそんないい影響ばかりもたらす可能性なんてほぼ皆無ですし、確率的に考えて、清潔に保つことの方が遥かに大切なのは間違いないと思います。


実家のシャンプーに文句を言ったついでに、個人的に幼少期から気になっていたことをここでぶちまけさせていただくとしましょう。

「これ大丈夫なん?」と思ってたし、今知識をもった上で考えても、これは断然良くなかったよなぁと思える例として1つ挙げるとすれば、ズバリ、ふきん

当時の僕ん家では、台所と食卓のふきんは同じものが使い回されていたように記憶してますけど、まぁ使い回しうんぬん以前に、使い終わった後は適当に水で洗って、絞っただけでそのまま放置みたいな感じで運用されており、梅雨時とかになるとちょっと黒ずんでるばかりか正直鼻を近づけると悪臭を感じることすらあった気がしますし、食事前に「ご飯できたからテーブル拭いてー」みたいな感じで、軽く絞ったフキンならぬ最早ゾーキンみたいな布で毎度欠かさず配膳前の台を拭いてましたけど、あの人たち(当時の自分達ですけど(笑))、正気か…?!

正直、こんなもん雑菌が大量に含まれる水をテーブルに広げてるも同然だろ?いやマジで、むしろ逆に汚してるといった方が正しくない?!…と、うっすら子供のときから思ってましたが、まぁ最年少メンバーだしそういう伝統ならしゃあないと受け入れてましたけれどもね、いやぁあれは、もう黒ずんだりちょっとニオったりしてる時点であのふきんが終わってることは明らかでしたから(交換も、四半期に一回あればいいぐらいで、結構長いこと同じのを使ってました)、ぶっちゃけよく病気にならなかったね、とすら思えますねぇ。


まぁ人間そんなに弱くないともいえるのかもしれませんが、それに限らず、世の中の人の適当さ(まぁ僕も適当なので、他人を悪くいってるわけではなく、人間ってのは適当な生き物、ってことですね)かつ微生物に対する知識のなさを総合すると、僕は正直、よく一般家庭で食中毒とかがそんなに頻発することなしに社会が回ってるな…と、むしろ感動すら覚えるぐらいです。

僕は菌の恐ろしさ(爆発的な繁殖力・見えないだけでどれぐらいの数が環境中に存在しているのか、など)を知っているので、適当ながらもポイントは抑えた行動を取っているから大丈夫なものの、「いやその辺の知識がない人が、菌にあたらずに生活することって、無理ゲーじゃない?」と常々思えてしまわけですが……

…多分、人間はそこまで弱くないのと、あとはやっぱり、意外とどんな人でも、例えば生肉を切った包丁&まな板でサラダ用の野菜を切ってはいけないとか、そういう最低限の所は常識としてちゃんと抑えられている(日本人は基本的に清潔な民族といわれてますし)のかもしれませんね。

(逆に、いちいち報道されないだけで、食中毒の発生は意外と頻繁に起こっているものなのかもしれませんが…。)


まぁ上では親や家族を悪くいっちゃいましたけど、その辺の微生物の知識が多少欠けていただけで(塗れたふきん(しかも水洗いしただけ)を乾かさず、適当に絞った形のまま放置するとか、まさに菌をなめすぎな、愚の骨頂たる行為といえましょう)、掃除とかはめちゃくちゃきめ細かくするタイプですし、大変清潔好きな人々であるということは(家族と自分の名誉のためにも)この場で改めてきちんと補足しておこうと思います。

…とはいえやはり特に親世代ってのは意外と適当なことも多いようで、印象に残っている話として、またまとめサイトか何かで見た書き込みですけど、確か「食堂でゴキブリが走ってるのを見てしまった、食べる気なくすぜぇ~」みたいなネットニュースを取り上げたネタで、それについていたのが「そんなの気にしてたらどこでも食事なんてできないでしょ」「厨房系で働いたことねぇの?Gが1匹もおらんことなんて絶対あるわけないって」という食堂擁護の書き込みに加え、「親とかマジで、店なんか可愛く思えるぐらいに適当だぞ?親がどんだけクソみたいな衛生観念でメシ用意してるのか知ったら、こいつ失神するんとちゃう?(笑)」みたいな書き込みがあって、やっぱ親はどこでも適当だよなぁ~と思えて笑えましたねぇ~。


実際、これは親を通り越して祖父母の家に長期休暇で帰省したときの話ですけど、料理や片付けの手伝いを姉がした後、「おばあちゃんマジで適当すぎる(笑)。落とした箸とかも、ボウルに張ってる水(キレイなんだか汚いんだか分からないボウルに、キレイなんだか汚いんだか分からない水が張ってある、シンクにどかんと、排水溝の脇に置いてあるボウルですね)にチョンで終わり(笑)。野菜洗うのとかすら、その水にチョン(笑)。皿洗いにいたっては、スポンジで表面を1秒なぞって、流水ちょんではい終わりレベル(笑)」と爆笑してましたけど、やっぱり世代が上になるほど、決して「不潔」とはいいませんが、やっぱり衛生観念の基礎レベルがかなり低いベースラインで出来上がってるのかな、って気がしてならないですね。

(改めて、そういう昔世代の人の方が何というか劣悪な環境や衛生的に劣る場所に置かれたときに「強い」(環境変化に強い)ともいえるのですが、やはり高い衛生状態を保ち続ける限りにおいては、なるべく常に高水準の衛生で生活をするのがトータルではベストなんじゃないかな、と思います。)


とはいっても、「嫌ならお前がやれ」の原則にのっとり、大して手伝いもせんかったやつがウダウダいうのもおかしな話ですから、僕はそういう「適当すぎ(笑)」と思える所も甘んじて受け入れていましたよ。

毎日毎日自分以外の分・家族のも含め料理や片付けをするとなると、そういう最適化も必要なことなのかなという気も、しないでもありませんしね(…っていっても流石に水チョンは適当すぎでしょ(笑)、って笑えますが)。

 

あぁ、あとふと衛生観念うんぬんで思い出したネタで、よく、「友達の親が握ったおにぎり、申し訳ないけど食べれん…」っていうのも目にします。

これ、微生物やら何やらにうんちくを垂れてる衛生王の僕にしては珍しく(いやいつから衛生王になったんだよ、勝手に名乗るなよ(笑)。まぁ衛生兵レベルですかね(笑))、まっったく気になりません。

抵抗感も、不思議と全くないですね。

いい子ぶるわけではないですが、そこは友達との親しさ・人と人との情念、ふれあいの心の方が勝るといいますか、そういうのを拒否するのって相手を拒否するも同然な気がしてしまうとでもいいますか、衛生感うんぬんを通り越して、そういうのに嫌な気持ちが生まれないようにしつけられたのかもしれません。


…でも冷静に考えると、梅雨時のピクニックとかだと特に、割と握ってから時間が経過した栄養タップリ水分バッチリ温度も(微生物培養に)ピッタリのおにぎりとかだと、不潔な手で握った場合は結構危険な可能性も、公衆衛生学的にはあるといえちゃうかもしれませんね。

そのために、古来からおにぎりには塩を結構な濃度でまぶして、微生物の繁殖を抑制してきたのかもしれませんが、いずれにせよ、おにぎりはおいしいからセーフ!と、相変わらず都合よすぎるマイルールを貫こうと思います(笑)。

という所で、衛生ネタもこの辺で一区切り……でしたっけ…?

まだネタが残ってたかもしれませんが、まぁ順次適当に進めていこうかと思っています。

にほんブログ村 恋愛ブログ 婚活・結婚活動(本人)へ
にほんブログ村