どうやってコピーする?

前回はミニプレップと呼ばれるDNA回収実験について語っていましたが、もうちょい関連して、ミニってことはデカもあるの?的な話に触れようかと思っていた…的なことを前回終わりにほのめかしていたわけですけど、そこへ行く前に、ちょうどまた毎度心のこもったコメントをいただけるアンさんから、「やっぱり何度か出てきてるコピー数うんぬん、これ言う程簡単じゃないっつーか、難関だぜぇ~」的な内容のものを追加でいただいていたので、改めてそちらに触れてみるとしましょう。

何度も似たような但し書きをしてますけど、分子生物学の解説記事なんてこの世にごまんとありますから、ぶっちゃけ解説記事を書くとかネタを進めていくことには毛ほどの価値もなく、一方、特に専門外の方の意見をいただけるとか疑問点を解消していくといった類のものは逆にほぼないと思うので、予定を変更して、こうして専門でやってる立場からすると見落としがちな突っかかりポイントについてご指摘いただけるのは何にも変えがたい楽しさというか価値というかがあり、このために色々書いているといっても過言ではない感じですね。

本当にありがたい限りで、アンさんには感謝の念を禁じ得ません。


まずは前回の記事に関していただいていた疑問点から触れていきましょう。

Q1. 前回の記事の『最初はDNAクローニング用の大腸菌(K株)にぶち込んで、菌を増やして純品プラスミドを回収&シークエンスの確認をし、その後、その「配列が完璧に確認でき、量も十分手元にあるプラスミドDNA」を改めて最終目的のB株にぶち込むのが賢明なやり方といえましょう』という部分……このK株の方の作業が、あのインパクトのあった光る大腸菌の実験(※注:この記事で触れていた、鹿児島教育センターのやつ)と同じ作業ってこと?その後に、記事後半で触れていた長い手順をふんで大腸菌からプラスミドを取り出すってことかえ?
 それで…?最後またB株にぶち込む?その後は??え?B株で増やす??そしてまた同じ作業で(ミニプレップ)取り出す?? 結局何をしとん?…っていうか何がしたいん??

A1. B株にぶち込んだ後の作業についてはまだ全く触れていないことも混乱を招いているというかややこしさに拍車をかけている原因かもしれませんが、とりあえず、プラスミドを大腸菌にぶち込むのは、K株だろうとB株だろうと全く同じ手順・工程です。

やること自体は、どちらも光る大腸菌プレートで参考図を貼ったものと全く同じで…
インパクトがあって分かりやすい写真ですし、再掲させていただきましょう)

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http://www.edu.pref.kagoshima.jp/research/result/siryou/shido/h16/s01444.pdfより

…K株だろうとB株だろうと、プラスミドをコンピテントセルに加えて、42℃で45秒ヒートショックを与えて、プレートに播く…というだけの同じ作業=形質転換です。

(ただし、最初のK株は、使うDNAがライゲーション産物(望みの遺伝子入りのプラスミドではない、ハズレとかも含まれる可能性のあるやつ)であるけれど、その次のB株の形質転換は、ソーマチン入りプラスミド純品(かつ配列もチェック済み)を使って形質転換をする、という違いはありますね。)

違いをいうとすれば、B株の方は、既に形質転換の目的が変わっており、B株から欲しいのはタンパク質なので、入れた後はミニプレでDNAを回収するのではなく、タンパク質を回収するということになっているわけですね。

(もちろん、最初のK株の方の目的は、当然プラスミドDNAのクローニング(=単一のプラスミドを得る&増やす)です。
 だから、K株を形質転換してプレート上に生えてきた大腸菌(上の写真のDみたいな。もちろん、ソーマチン遺伝子は蛍光タンパク質じゃないので、ライトを当てても光りませんけどね!)はミニプレにもっていき、ここで望みのソーマチン入りプラスミドDNAをどっさり回収、一方このミニプレでゲットしたプラスミドを用いて行う続くB株の形質転換後は、もう改めてミニプレでDNAを回収することなどはせず、全く別のタンパク質回収実験(そもそもこれが実験全体の目的。あくまでK株を使ったクローニングは、オプションというか補助実験)へと進むわけですね。)

タンパク質回収の手順というか詳細は、まだ全体フローチャート下流にあって見ていないので、追って触れていく予定です。


Q2. コピーナンバーっちゅうのは、大腸菌1細胞の中にどれだけのプラスミドが存在するか…ってことよな?
 例えば、ソーマチンDNAをぶち込んだプラスミドを空の大腸菌に入れるとして、今回はpETベクターを使用するのでコピーナンバーは15〜20程度。……で?っていう…。
 この場合15〜20が何を意味しとんのか、正直ワケワカメなんよ。ソーマチンDNAをぶち込んだプラスミドが15〜20?ぶち込んだものが15〜20あるってこと?ソーマチンDNAも15〜20?それとも、ソーマチンDNAをぶち込む前のプラスミドが15〜20?
 いや、そもそも、大腸菌に入れなくてもプラスミドだけで冷凍保存できるって話だったじゃん?その場合のプラスミドはどうなっとん?大腸菌1細胞につき15〜20でも、大腸菌に入ってないプラスミドにコピーナンバーの括りがある…??
 逆に、こないだの記事の最後の方の、「異なるOri由来のプラスミドであればひとつの大腸菌に入れられる」ってことの方が、理由はともかく納得できた感じがするっちゃねぇ。
…え、もしかして、大腸菌の中に入れると、最初は1つでも勝手に15〜20に増える…?とか、いやまさかそんなことはないわよねぇ…?
 む~ん、もう一歩で理解できそうなのに、どうにも迷走しちょる感じで、何だかモヤモヤしてまうのぅ…。

A2. う~んなるほど、これは確かに、専門外の方にはプラスミドなんて見たことも触ったこともない物質なわけですし、説明が足りないとドツボにはまるポイントだったかもしれませんね。

最後の「まさか」の疑問点は、そのまさかで、大腸菌の中に入れたら、プラスミドは自動的に1細胞あたり15-20に増えて落ち着くということなんですが、まぁ順番に整理して見ていきましょう。

まず、重要なポイントは2点、コピーナンバーはプラスミドのOriという要素で決まるプラスミド固有の数字である(正確には培養条件や宿主によっても変わるけど、ややこしいだけなので今は「実験室でよく使う条件で同じ」ということで)ということ、そして、それを制御している(=コピーナンバーまで増やすけど、それ以上は増やしすぎない)のは大腸菌、つまり生物の力を使っているものだ、ということが挙げられます。

「いやOriっていわれても、正直よぉワカランチンなのだが…」となるのももっともなんですけど、こいつは一応、この記事で触れてはいたものの、ほぼ名前を出すぐらいでしたしね。

結局Oriというのは、まぁプラスミドの複製起点のことで、生物的に意味をもった要素のことなんですけど、物質的にはあくまでDNAの文字列(A, C, G, Tの4文字がつながっただけのもの)であり、特定のプラスミドには必ず1つ特定のOriが存在しています。

先ほどの記事でも貼っていた、pET-15bのプラスミドマップを再掲してみましょう。

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https://www.emdmillipore.com/US/en/product/pET-15b-DNA-Novagen,EMD_BIO-69661#anchor_VMAPのリンクPDFより

3882番目の塩基がまさにプラスミドの複製がスタートする点(ここから、全長5708塩基分、1つ1つヌクレオチドがつなげられて伸びていき、コピーする)ですが、その前後何百塩基かぐらいが、Oriとして機能するのに必要なDNAの文字列が並んだ情報になっている、ってことですね。

いずれにせよ、pET-15bにはpBR322という名前のOriが存在しており、このOriをもつプラスミド(環状二本鎖DNA)であれば何でも、空のpET-15bだろうが、ソーマチン遺伝子を挿入していようが、全く別の名前のプラスミド(pBR322 Oriをもつものなら。例えばpGEX-6P-1とか)だろうが、全く同じ、15-20というコピー数をもつといえるわけです。


そして、もう一つ混乱されているというか見落とされているように見受けられる点は、ソーマチン遺伝子を入れたら、もうそれが1つのリング状のプラスミドになっている、ってポイントが挙げられるかもしれません。

今回のソーマチンの例ではNdeI-BamHIという2つの制限酵素部位に入れるという話でしたが、マップの右上に両部位がありますけど、ライゲーションを行った結果、pET-15bとソーマチン遺伝子はもう一つながりの、同じプラスミド分子として存在する物質になるわけです。

なので、ご質問の「ソーマチンDNAをぶち込んだプラスミドが15〜20?ぶち込んだものが15〜20あるってこと?ソーマチンDNAも15〜20?それとも、ソーマチンDNAをぶち込む前のプラスミドが15〜20?」は、「ソーマチン遺伝子(=インサートDNA)をぶち込んだ結果生まれた、ソーマチン入りプラスミド」は当然コピーナンバー15-20で、一連の話で重要になるのはこれのことですね。

ただし、ぶち込む前のプラスミドのコピー数も(大腸菌に入れれば)当然15-20だし、いうなればソーマチンDNA自体の数も、プラスミドに組み込まれている=プラスミドの数と組み込まれたソーマチン遺伝子の数は等しいということですから、これも15-20ということができましょう(でも、あくまで「コピーナンバー」という概念は、プラスミドについてのものです)。

一方、「ぶち込んだもの(インサートDNA=つながる前の、ソーマチン遺伝子)」はプラスミドではないので、これはコピー数の概念とは無縁です。

ライゲーションでプラスミドとつながったら、プラスミドと同じ数だけ存在できるようになる、ってことですね。


そして続いて重要ポイント2の話ですが、コピーナンバーというのは、あくまでも「大腸菌の細胞1匹の中に存在する」数になります。

だから、水に溶かした純品のプラスミドの量は、コピーナンバーとは一切関係ありません

あくまでも大腸菌に入れたときに、その大腸菌1匹が体内に抱えることになるプラスミドの数ってことなんですね。

じゃあ水に溶かしたプラスミドはどう考えればいいの?という話になるわけですけど、プラスミドDNAも結局あくまでただの物質なので、これは他の物質、例えば砂糖とかと同じで、「水の中に何グラム溶けているか」で量(濃度)を表すわけです。

もちろん普通扱う範囲ではDNAは砂糖よりずっと量が少ないので、砂糖水は例えば濃度10%(100グラムの砂糖水中、10グラムが砂糖)みたいな形で表すことが多いですが、DNAでパーセント表記は量が少なすぎて無理無理のカタツムリ(…って別に絶対無理ではないけど、不便)なので、基本的によく使うのは、体積も重さもちょうどその辺りが一番用いられる範囲である、ng/μLですね。
(X ng/μLなら、0.000001リットル中に、0.00000000XグラムのDNAが溶けているということ)


一方、「まさかそんな」と思われていた、「仮に1分子のプラスミドを入れただけでも、大腸菌の中で勝手にコピーナンバーの数まで増える」というのは、これはもう、生命の神秘というか、生物の力でそうなっているのです、としかいえない話ですね。

「どうやってそんなことが可能なん?」という仕組みの話、記事タイトルにもしたので触れようと思いましたが、これは正直かなり大分ややこしい話になるので、これはちょっともう、「大腸菌の中にそれを可能にするマシーン(タンパク質やRNA)があって、そいつらが上手いことアレしてコレして、マジで必ず1匹あたりコピー数分のプラスミドDNAが存在するように落ち着くようにできているのです。生き物って、凄いですね」程度の話でいいかな、って気がしてきました。

この辺の研究は80-90年代に盛んにやられており、機構解明に世界で最も貢献した中の1人は、阪大その他で研究をされた富澤純一さんという日本の分子生物学界隈の超大家なんですが、その富澤さんも数年前に亡くなられてしまいました。

www.mbsj.jp
詳しく、それなりに分かりやすい(でも、確実に入門編は逸脱しているように思いますが)解説記事として、京大の井戸さんが平成3年に書かれたものがJ-Stage文科省所管の、科学技術振興機構の運営する論文無料公開システム。日本語文献を見たいときはありがたいですね)にアップされていたので、気になる方はこの辺に目を通されるのがいいかと思います。

高コピー数プラスミドの分子遺伝学(https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/30/1/30_1_50/_pdf/-char/ja

また、より包括的にまとめられているものとしては、やはり原著論文の方が強いですね。

本格的に学びたい学生さんなどであれば、こういったレビュー記事(↓)を読むのが一番学びになることでしょう。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

…ということで、まぁ、「プラスミドのコピー数は、スゴい仕組みで、大腸菌体内で上手く制御されているのです」という情報量ゼロの無責任なまとめになりましたが、まぁいずれネタが完全に尽きたら、なるべく分かりやすくこういうちょっと入門編からはズレてるけれどそれなりに面白いかもしれない話を見ていくのもいいかもしれませんね。

この辺のDNAのコピーの話では、他にもテロメア細胞分裂のたびに短くなっていく、染色体DNAの領域。生物に寿命があるのは、これが原因?!)、岡崎フラグメント(DNAには方向があって、二本鎖は逆向きにくっついているという話だったけど、細胞分裂時にDNAをコピーするとき、合成しやすい方向を向いている鎖はいいとして、合成しやすい方向とは逆向きに存在している鎖はどうすりゃいいのか?!上手くコピーできなくない??…という疑問に答えた、岡崎令治さんによる偉大な発見)など割と面白い話もあるのですが、両方詳しく語るとちょっと入門編を超えているので、これもまたいつか機会があれば触れたい、という感じですね。


とりあえず次回は、ミニプレの続きに参りましょう。

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