妊娠検査薬と覚せい剤検出キットの仕組みは同じ

前回、白い粉の判別方法の話で、まず第一歩目として「タンパク質・DNA・糖・それ以外」を一発で見分けられる、基本的な呈色・発色反応について見ていました。

この内、糖は、宝塚北高化学部に所属されていた水田さん・新谷さんのナイス実験により、メジャー所は「何の糖か?」まで簡単に判別できることが示されていましたが(もちろん、この世のあらゆる糖が判別できるわけではなく、あくまで代表的な11種ではありますけど)、一方、タンパク質やDNAに関しては、「タンパク質です」「DNAです」という以上のことはこの時点では分かっていませんでした。

それについては当然、むしろタンパク質やDNAの配列を読むことなんて最も研究が進んでいる技術の1つですから、確実に・簡単に読める仕組みが開発されています。

…がまぁそれはまたおいおい触れていくとして、元々のご質問をいただいていたアンさんからちょうどまたコメントをいただいていたので、今回はこれに触れてみるとしましょう。

改変引用させていただくと、『ドラマとかでは、白い粉を検証してそれが何か判明するシーンなんかがあるので(大体覚醒剤だけど(笑))、機械に入れると自動的に成分が表示されるぐらいの技術はあるのかな、と思っていたが、案外難しいようで…』的な内容でしたが、実際、「不明の物質を見て、それが何か」を当てる、つまり同定は、やっぱりとても難しいと思います。

しかし一方、「あるサンプルが手元にあって、それに特定の物質が含まれるかどうか?」ということ、つまり検出は、多くの物質で、高い精度で簡便に行えるツールが広く流通していますね。

今回はそちらの話を見ていきましょう。

まぁそもそも同定と検出には難易度に天と地ほどの差があって、「世の中に無限にある物質から、特定の一つに絞ること」(同定)と、「あらかじめ特定の一つの物質に着目して、それがあるかないか」を知ること(検出)とは、どう考えても後者の方が余裕で楽勝なのは当たり前のことなんですけどね。

その「特定の物質の検出」には、もちろん色々なものが存在しますけど、最もよく使われているものは、抗体を用いたものとなります。

抗体は免疫グロブリンというタンパク質から成るY字型をしている物質の総称ですから、ここでもやはり偉大なるタンパク質様が活躍しているんですね。

何度かチョロッと言葉は出したことがあったものの、詳しい説明は未だにしたことがなかったと思いますが、改めて簡単にいうと、抗体というのは「特定の抗原を認識して強く結合する」という性質をもっています。

生体内でこの抗原抗体反応が起こることを免疫反応と呼びますが、まぁ正確には免疫応答というのはもっと大きな異物排除のメカニズムのことなので、「免疫応答の一部として(でも、特に重要な反応)、抗原抗体反応がある」の方がより正しい書き方かもしれませんけど、まぁそんな細かい用語うんぬんはともかく、生体内での生体防御反応のみならず、分子生物学・分析化学・診断医療の分野でも、非常に強力なツールとなっているのが抗体なのです。

具体的には、最も実社会で身近な検出試薬といえば、やはり、タイトルにも挙げた妊娠検査薬ではないでしょうか。

まぁ幸か不幸か僕はお世話になったことがないですけど、こちらは、妊娠が疑わしい女性が、尿を用いることで、本当に妊娠しているのかどうかの簡易判定に使える、便利なキットですね。

これの仕組みなんですけど、もちろん各社商品によって微妙に違う部分はあれど、基本的にはキットの先端に「妊娠した人にのみ大量に存在するタンパク質(抗原)と結合する抗体色素つきで、遊離の、尿に溶け込んで一緒に流れていく抗体)」が、真ん中に判定部位となる「妊娠者特有抗原と結合する別の抗体(キットに固定)」が、そして末端には検査の終了を告げる「妊娠者特有抗原(キットに固定)」が、それぞれ塗布されており、サンプルである尿をつけることで液体の浸潤とともに抗体が移動して検査ができる……というとてもよくできた形になっています。

…って、文字だけではあまりにも分かりづらいにも程があるので、図の力を借りた方がいいですね。

東邦大学・大森病院臨床検査部・免疫検査室のサイトに、めちゃくちゃ分かりやすい図が掲載されていたので、こちらをお借りして、説明させていただくとしましょう。

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https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/kensa/column/column_067.htmlより

めっちゃ分かりやすいですね。

まず、キット全体は、「ろ紙」のようなものが真ん中に配置されて作られています。

ろ紙に液体をつけると、徐々に液体がろ紙をつたって染み込んでいくということは、どなたも容易に想像できるのではないかと思います。

この一見大したことない現象が科学の世界ではとても強力な分析技術であることが知られており、これをクロマトグラフィと呼んでいます。

まぁ例によって名前なんてどうでもいいんですけど、妊娠検査キットでは、「サンプルである尿に抗体を反応させ(溶け込ませ)、クロマトグラフィーで移動させることで抗原抗体反応を見る」という仕組みになっているわけですね。

説明に戻りますと、まず、一番大切なこととして、妊娠中の女性には、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(human chorionic gonadotropin : hCG)というタンパク質が大量に作られて存在する(尿中にも排出される)ことが知られています。

妊娠することで、hCG遺伝子のスイッチが入り、健康な妊娠維持に役立つhCGタンパク質が作られるようになるという、生命に備わった神秘、素晴らしいメカニズムによるものですね。


それを踏まえてキットに目を向けてみますと、まず画像①の採尿部には、尿に含まれるhCGを抗原として認識・結合する抗体(抗体A)が塗布されて、大量に存在しています。

これが液体である尿に溶け込み、キットの末端まで移動していくという形なわけです。

なお、抗体Aには、目で見て分かるように、赤い色素が付着されています(ただし、この色素は大量に密集しない限り、肉眼で色が見えるほどの強さはありません。また、色素は、hCGと抗体の結合の邪魔をしません)。

この①採尿部に尿を滴下すると、妊娠している女性の場合、尿中に大量にhCGが含まれますから、hCGと、キットから溶け込んできた赤い色素付き抗体Aとがガッチリと結合します。

こうして「hCG-抗体A」複合体が溶け込んだ状態でクロマトグラフィーが展開されていき(=液体の最前線がジワジワと進んでいき)、液体成分は②判定ラインへと到達します。

この②には、hCGを認識する別の抗体B(同じhCGを認識しますが、抗体Aとは別の部分を認識するので、「抗体Aの結合したhCG」も認識して結合することが可能)がビッシリと、恐らく何百万何千万分子も固定されており、流れてきたhCGを確実に捕まえます

抗体Bはビッシリと、大量に密集して配置されていますから、ちょうど磁石が砂鉄を集めるかのように、全ての「hCG-(赤色素つき)抗体Aの複合体」がここに集まり、赤いラインとして肉眼で検出可能になるわけですね。

一方、抗体Aは①に超大量に塗布されており、大過剰量存在するので、「尿中のhCGと結合しなかったやつ」も存在します。

その「最初にhCGと結合しなかった抗体A」は、そのままこの②判定ラインを素通りしていきます(抗体Bが捕まえるのはhCGのみなので、抗体A単独では捕まらないわけですね)。

結果、③のコントロールライン、つまり終了サインの所までサンプル溶液が届き、ここにはhCGタンパク質そのものが固定されているので、「①で尿に溶け込み、尿中のhCGとは結合しなかった結果②で捕まらなかった抗体A」は、ここでhCGとガッチリ結びつきます。

当然、抗体Aには色素がついていますから、ここでも磁石に集まる砂鉄のように一箇所にビッシリと密集した結果、③の位置にも赤いラインが出てきて、これをもって「③のラインまで液体が届いた」ことになるので、試験終了となるわけですね。


一方、妊娠していない場合は話は単純で、尿中にhCGは存在していませんから、①では全ての抗体Aが尿中に溶け込むだけ(この時点で結合相手はいない)→当然②で捕まるやつは存在せず→③であらかじめ用意されているキット固定のhCGと結合して赤ラインを出して終了、ということなわけですね。


うーん、正直、まどろっこしい説明だったかもしれませんが、そんな仕組みで、妊娠検査キットは機能している感じです。

非常によくできている仕組みだと思います。

もちろんこの方法はあくまで簡便なテストであり、例えばhCGは不妊治療にも使われるタンパク質だそうで、これを投与している方であれば、尿中にhCGが存在する可能性も大いにあるので、実際に妊娠していないのに②に赤ラインが出て陽性、となるパターンもありますし、他にも大量に水を飲んであまりにも薄い尿の場合だと、妊娠しているにもかかわらず尿中のhCG濃度が不当に薄く出て、陽性ではないと勘違いするパターンも、もしかしたらあるかもしれません(しかし、多分その辺はきちんと分かるように各抗体の濃度が調節されているでしょうから、よっぽどじゃないと見落としみたいなのはないと思いますが)。

一応、あくまでも簡易チェックであり、確実なことはエコーとかそういうのを見る必要がある感じといえましょう。


妊娠検査薬ですっかり長くなりましたが、犯罪捜査で使われる覚せい剤検出キットも、基本的に同様の「免疫クロマトグラフィ」(免疫の形容詞、immunoで、イムノクロマトとも呼ばれますが)が用いられているように思います。

(こちらも、実際に使ったことがないので詳細は不明ですが、どう考えてもコスト・簡便性・信頼度のどれもが極めて優秀なので、一次検査としてまず使われるのはこのタイプだと思います。)

全体の流れは同じで、使う抗体だけが変わっているという感じなわけですね。

当然、覚せい剤の検出でhCGを見てもしょうがありませんから、キットに塗布されている抗体は、覚せい剤の成分、大抵の場合はメタンフェタミンなんかを認識する抗体ではないかと思います。

ただ、恐らくですけど、「自分が調べたい」と思って検査する妊娠検査薬とは違って、こちらは「強制的に調べさせる」タイプですから、偽の液体使用防止のラインも用意されているんじゃないかな、なんて気がします。

例えば尿に色が似ている緑茶とかを袖口に小さなスポイトとかで忍ばせて、尿を滴下する代わりにこっそりお茶を滴下するなんてことがあるかもしれません。

そういうのを見抜くために、恐らく、メタンフェタミン抗体の他にも、尿の中なら誰にでも必ず存在する成分を認識・結合する抗体もキットに塗布されており、もしそのラインが出なかったら「これは尿ではない、すり替えが起こった」と判別できるような上手い仕組みが、きっとあるんじゃないかなと思います。

まぁそれでも他人の尿とすり替えられたら判別の仕様がないですし、ちゃんと尿が出る所から滴下するまでを検査官が目視で確認してるのかもしれないですけどね。

しかし、検査の性質上、そういう確認項目もあるんじゃないかな、という気がします。


…とそんなわけで、何だか尿だの妊娠だの覚せい剤だの穏やかならぬネタだったかもしれませんが、免疫反応というのはマジで偉大な検出技術です、というお話でした。

実社会だけではなく、生命科学の研究でも、本当に頻繁に用いられているテクニックです。機会があればまた触れてみようと思います。

一方、「同定は検出より難しい」と最初に書きましたが、特に覚せい剤なんかですと、必ずしも同定対象は世の中全部ではなく限られたものであり、需要も大きいですから、一部成分に特化した形の同定試薬というものも存在はしているようですね。

有名所では、マルキス試薬というものがあるようで…

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https://products.kanto.co.jp/products/siyaku/pdf/s_marukisimon_manu.pdfより

調べたい白い粉を数粒とマルキス試薬とを混ぜ、反応液をかけて、色がどうなるかをチェックするだけで、「これはコカイン!」みたいに判別可能なようですね。
(…って、多分元の反応液は無色なんでしょうけど、無色のままだとコカイン判定って、もう絶対麻薬であって砂糖とかではないと断定しているみたいで笑えますね。)

まぁでもこういうのが存在するのはごく一部の化学物質であり、ほとんどの物質にはこんなに便利なものはなく、同定のためには地道に各種テストをしていく必要がある、って感じですね。

次回もまたもう少し、分析系の余談を続けてみる予定です。

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