前回までの記事でいくつか質問をいただいていたんですけど、
Q. 「計画通りの配列をもったプラスミドが大腸菌に導入されたか?」をチェックするとのことだが、どうやって、何を見て確認するのか?
関連して、素朴な疑問なんだが、例えば、白い粉があって、それが何なのかというのは、どーすれば分かるのか?それがタンパク質だったとしたら、それが何なのか? 今見ている例でいうと出来上がったソーマチンは白い粉だとして、その粉がソーマチンだってことはどーやって分かる?タンパク質の文字列?DNAの塩基配列?その辺り、何かで簡単に分かるようになっいるのか?!
…という質問が、マジで誰しもが思う気になる謎ポイントであると思えたので、まずこの素晴らしい疑問点から触れさせていただこうかと思います。
毎度良いご質問を投げていただき、アンさんどうもありがとうございます。
プラスミドのチェックについては次回以降見ていく予定なのでそっちは置いておいて、それよりももっと根源的な部分の問い、「白い粉をいきなり渡されて、それが何物なのか分かるものなの?」という話を見ていきましょう。
結論からいうと、分子レベルまで判別するのは、原理的には可能ですが、現実的にはとても難しいです。
例えばもし道端に白い粉が落ちていたみたいな、マジで何なのか一切不明、純品なのか混ざり物なのか、毒なのか薬なのか、有機物なのか無機物なのかすら1ミリも何も手がかりがない状況だと、相当困難を極めます。
まぁ日常社会の道端に落ちてるものなんて、基本的に砂糖とか塩とか小麦粉とか、そういう当たり障りのないものに決まってるので、ある程度当たりをつけて調べ始めることもできそうですが、もしも複数のものが混じっていたら、その時点で、分析は途端にゲロ難しくなります。
どんなものでも基本的に分析するためには純品を用意する必要があり、まずは分ける所から始まるわけですが、例えば砂糖と塩が1 kgずつ混ざってしまった時点で、この2つを分けることは絶望的なミッションとなる…というのは想像に容易いでしょう。
砂糖と塩を分けるならそうですね、一番初めに浮かぶのが溶解度の違いを利用した方法、あとは食塩だけが電解質であることが使えないだろうか、とか、あるいは特殊な装置や試薬が必要だけど、密度や重さの違いを使うのが一番確実そうだ…などなど色々考えられますけど、どう考えても、1 kgの砂糖と1 kgの食塩を混ぜてしまったら、1 kgの砂糖と1 kgの塩を買い直す方が断トツで早く、かかる費用も安いのは間違いありません。
それだけ一度混ざってしまったものを分離するというのは難しいわけですが、しかし、課題としてはこれは面白く、これこそ夏休みの自由研究にピッタリではなかろうか?…と思って検索してみた所、福井県立高志高校の生徒による研究レポートがアップされていましたね。
砂糖と食塩の分離/稲木光、北井その美、髙山 晃輔(福井県立高志高校)
(http://www.koshi-h.ed.jp/wp-content/uploads/2018/01/H29_04_dividing.pdfより)
(PDFファイルのみで関連情報がゼロだったので、何のレポートなのか詳細は一切不明(中高一貫校なので、下手したら高校生であるかどうかも不明)ですが…)素晴らしすぎてワロタとしかいえないぐらい、面白く、また力作の研究ですね!
何かの賞を受賞していてほしいと願ってやみません。
(あえて1つ添削というか難癖をつけるとすると、タイトルと要約には英文が付けられていますが(Dividing Both Sugar and Salt Crystals)、divideは「1つのものを2つに分割すること」を意味するので、この場合は明らかに不適切な用語選択になっています。
このままでは、「砂糖も塩も、両方とも分割する」(塩素とナトリウムに分けるのかな?みたいな)という感じに受け取られてしまいますし、「砂糖と塩を分ける」場合は、separateを使った方が良かったですね。)
まぁ砂糖と塩にこだわる話でもないんですけど、せっかく素晴らしいレポートだったので一応中身に触れさせてもらうと、唯一しっかりした分離に成功したのが、有機溶媒である四塩化炭素に砂糖と塩を溶かし、「水より重いものは浮かぶし軽いものは沈む」という自然の原理通りに、四塩化炭素より比重の大きい塩を沈めて小さい砂糖を浮かべて、それぞれを集めるというやり方だったとのことで、これは面白いですね!
(その他の、一見有望そうな「溶解度の差を使った再結晶」とかは「予想より上手くいかなかった」という結果が得られたみたいですけど、マジで「失敗の方が価値がある」と言い切れるぐらい、本当に意味のある実験結果です。
こちらは2018年の記事で、当時仮に高2だったとしても今頃大学生、コロナ禍直撃で大変な学生生活を送ってらっしゃるかもしれませんが、大変な中でも充実した日々を送れていることを、心から願いたい限りです(まぁ稲木さん、北井さん、高山さんの3名のみならず、どの学生に対してもそうですけどね)。)
まぁとにかく、混合物の分離は難しく、それが未知のものであった場合は現実的に不可能に近いわけですが(試料が無尽蔵にあるならまだしも、極少量しかない場合は、色々な実験で試してみることができませんし、非常に困難)、まぁ純品であるなら、頑張れば「何でできた粉か」を特定することは可能といえましょう。
こういった話は分析化学として一大ジャンルになっているほど奥が深く面白く、また発展を続けている学問分野になりますが、分析化学のおびただしい数の知見を活用すれば、少なくとも純品かつ既知の物質であれば、同定可能だと思います。
白い粉を渡された場合、果たしてどうすればいいのか?
昔の人、年配の先生とかは、不明な試薬とか溶液があった場合、マジで気軽にペロッと舐めますが(学生時代、何度も見たことがあります)、それはやめましょう(笑)。
仮に青酸カリだったりしたら、一発でお陀仏です。
(味も重要な情報なので、得られるものは多いんですけどね。危険性が高すぎます。)
まぁ、基本的には水に溶かすのが出発点かと思いますが、有機化合物・高分子の場合は水に溶けにくいことが多く、無機化合物や有機物でも低分子の場合は水に溶けやすいことが多いといえましょう。
ただ、それだけでは膨大すぎて(例外もいっぱいありますし)何も分からないので、やはり簡単にでも当たりをつける必要がありそうです。
結局、人間にとって一番分かりやすい情報というのは視覚情報であり、特定の分子にのみ反応して色や見た目の状態が変化する便利な検出法がいくつも見出されているため、これに頼るのが第一ステップとして最善といえましょう。
例えばその粉が水に溶けにくく、有機の高分子かなと思えるならば、これまで見てきたとおり、高分子化合物は大きく分けてタンパク質・DNA・糖・脂質といったグループに分けられますけど、高校化学でもこれらの検出法について学習します。
タンパク質であれば、(一度以前の記事で見ていた)ニンヒドリン反応で青紫色を呈色、他にもキサントプロテイン反応で黄色、ビウレット反応で紫色になるなど、様々な検出方法が知られており、各反応を試してみてこれらの色を示したら、「その粉はタンパク質である」ということができましょう。
(特にビウレット反応は、実際の研究の現場でも、タンパク質の濃度を測定するときによく使われています。「ビウレット」よりも「ローリー法」と呼ばれますが。)
一方、DNAであれば、これは確か中学理科でも習うのかな?酢酸カーミン液とか酢酸オルセイン液とかで染色すると赤く発色することが知られていますが、DNAを扱う生化学系の研究室でもっと使われるのは、エチジウムブロマイド(通称エチブロ、英語圏ならEtBrとか略されることが多いですかね。EBはElution Bufferの略とかその他の用語で使うこも多いので、あまりそうはいわれない気がします。印象的に、中国人はEBと略す人が多いイメージがありますが)と呼ばれる物質で、例の制限酵素処理後のアガロースゲルでDNAを流した後、こないだは「特別な試薬で検出」と書きましたが、実際はエチブロで染めることが多いです。
エチブロはDNA二重らせん構造のらせんの隙間に挟まり、紫外線を当てると赤く発光するので、こないだ例を貼ったアガロースゲルの泳動図みたいなのが得られるわけですね(現実の現物は赤い光ですが、図としては以前貼っていたような、白黒写真であることが多いですけどね)。
(ちなみに「ブロマイド」は臭素Brの化合物のことですね。塩素Clの化合物が「クロライド」というのと同じです。)
ただ、エチブロは、DNAに直接挟まることから、割と危険で発がん性があるともいわれており(エチブロの濃い溶液が禍々しい真っ赤であることも、ヤベェ奴という印象を強めています)、使うときは必ず手袋をつけますし、肌についたらすぐ落としたくなりますけど(ただこれも、「最近の人はエチブロを過剰に危険視しすぎている」ともいわれており、遠い昔はエチブロは家畜の薬としても使われていたぐらいらしく、年配の先生は「エチブロなんて別に危なくありませんよ」とおっしゃる方もいました。僕はやっぱり、エチブロ=発がん性と刷り込まれたので、素手で触ることは絶対したくないですが…)
…と余談が長くなりましたが、エチブロは危険性も謳われているので、最近は別の試薬が使われることが多くなっていますが(SYBR Green(サイバーグリーン)とか)、まぁ「そういうのがある」という程度で、深入りする必要はないでしょう。
(一応、サイバーで染めたDNAがブルーライト下で光る、名前の通りカッコいい写真だけ貼っておきますか。)
とにかく、DNAも、こいつだけを特異的に染めるものがあるので、そういう試薬で染めてみて光ったら核酸(DNAやRNA)だな、と当たりをつけることが可能ということですね。
まぁ、DNAもタンパク質も、かなりの数つながった高分子であることが多いので、砂糖や塩みたいなさらさらした粉ではなく、ギトギトした糊っぽいというかフワフワした塊に近いというか、(特にDNAの場合)透明フィルムみたいな感じが強くなるため、見た目でも多少見当がつくかもしれません。
(なお、DNAは、よっぽど超長い分子(染色体とか)でもなければ割かし水に溶けやすい分子ですし、タンパク質は、構成するアミノ酸の種類によって完全に溶解度が変わるので、水への溶け方うんぬんはあまり参考にならない情報だったかもしれませんね)。
一方、糖はといいますと、こちらも低分子のものもあればいくつもつながった高分子・多糖もあって、水への溶解度で「これは糖だ」という判断はつきませんが、簡単な判別方法で一番有名なものですと、中学生でも知ってるヨウ素デンプン反応で、紫になればその粉はデンプンと決め打ちが可能ですね。
それ以外の糖は……結構難しいな、特別な機械なしに、どうすれば判別可能かな…と思ったら、これまたスゴ過ぎる高校生のスゴ過ぎる研究レポートが公開されていました。
11種類の身近な糖を、学校の理科室でできるような身近な方法のみでしっかり判別するという、会心の出来の実験ですね。
全体の流れも、図で分かりやすくまとめてあります。
カラメル化の様子の違いを使って単糖や二糖を判別するとは、ナイスアイディアです。
(相変わらず重箱の隅というか細かい点ですが、記事内の表1で、「ヨウ素液との反応性」がデンプン(Amy)が×、セルロース(Cel)が○になってるのは、完全にうっかりミスですね!図2では正しい流れになってるのでOKですが、案外致命的なミスなので、最終稿前に気付く人がいたら良かったですが…)
こちらは寸評も掲載されており、2017年ジュニア農芸化学会で銀賞に輝いたようですが、僕が審査員でも票を入れたことでしょう(まぁ、金賞のレポートも、それ以上に凄かったのかもしれませんが)。
ということで、糖は案外身近な方法で、結構な数の種類にわたり、分かりやすい形で分子レベルでの同定が可能ということですね。
残る脂質は、まぁ今までの検出・呈色反応で一切無反応だったら消去法でこいつかな、って気もしますが(いやまぁそれ以外にもまだまだ無数に候補はありますけどね)、そもそも脂肪は室温で液体~肉の脂身みたいなブヨブヨ感が強いことが多いので、粉末の時点でこれは多分違うかな、となる感じとはいえますね。
もちろん、渡された不明物質が油っぽい液体だったら、まず脂質を疑ってかかることができるので、ある意味検出方法には乏しいけど、特徴は大きいので分かりやすい物質といえるかもしれません。
…と、そんな感じで有機高分子化合物の当たりをつけることは割と簡単にできそうではありますが、ではタンパク質と分かったら、それがどんなタンパク質なのか、あるいはDNAだったら、DNAの塩基配列はどうやって見る?…という点、そして、他の低分子や無機物・金属の場合なんかはどうなのか、といった話もまだまだ残っていますが、もうすっかりいい分量になってしまったので、また次回へ続くとさせていただきましょう。