ここ最近の記事で、小さい分子が延々とつながることで生まれる高分子=ポリマーの代表例として、とても身近な物質であるプラスチック・樹脂をいくつか見てきました。
どれも簡単な分子がつながった「ポリ○○」という名前でしたが(○○は、どれも簡単な分子である、エチレン、プロピレン、スチレン、塩化ビニルなどなど)、今回はもうちょい複雑な、人間が目的意識をもって、それを作ろうという意図のもとに実験・研究を行い、見事有能物質を生み出すことに成功した、いわゆる発明品について触れてみるとしましょう。
若干複雑とはいえ、有機化学入門知識で十分理解できる話になっているので、高校化学でも取り扱われますし、覚えさせられます。
…と、つまんない化学式・構造式について見るより先に、今回はもっと化学・科学以外の点にフォーカスを当ててみるとしましょう。
今回取り上げる物質は、ズバリ、ナイロン!
こちらも誰でもご存知の素材といえるでしょう、一番有名所ではストッキングに使われている、伸縮自在の丈夫な繊維ですが、こちらを開発・製品化したのが、高校化学を学んだ全員が「スゲェ~」と思うデュポン社で、中でも最も貢献した偉大なる発明者が、今回の主役、ウォーレス・カロザースさんその人になります。
ナイロンやカロザースさんについて色々また聞きかじった程度の受け売りの話をペラペラ書こうと思いましたが、約30ページにもわたる偉人伝的な寄稿文が、極めて読み応えがあるとともに、僕の知っていた&書こうと思っていたことが全て完璧に網羅されていたので、「ぜひそちらをご覧ください」で完結する話になっていました。
2015年3月の、経法大の学内誌的なものだと思いますが、全文がPDFで公開されています。ありがたい限りですね。
リンクがこちら↓
ナイロンを発明した化学者の短い生涯/文本陽雲
大阪経済法科大学論集 第108号より
(http://210.168.184.3/research/society/pdf/daigakuronshu_108.pdf)
まぁ本当に上記寄稿文に書かれている以上のことはほとんど一切ないのですが、一応軽く触れていきましょう。
まずナイロンというのは、「石炭と空気と水からつくられ、クモの糸より細く、絹よりも美しく、鋼鉄よりも強い繊維」という、あまりにもカッコ良すぎるキャッチコピーのもと、1935年、カロザースさんの手により人工的に合成され、瞬く間に世界中に広がった、偉大なる高分子化合物ですね。
カロザースさんは、デュポン社に招聘されて、新しい繊維の開発を託されたわけですが、彼が着目したのは、蚕(かいこ)が蛹(さなぎ)になるときに作る繭(まゆ)から得られる、絹(きぬ)だったのです。絹というのは当然、蚕という生き物が作り出すものなので、もうみなさまご存知、生き物が作り出せる有能物質といえば、タンパク質ですね。
そして、ちょうどカロザースさんがナイロンを発明する少し前ぐらいの時代に、「タンパク質というのはアミノ酸がアミド結合と呼ばれる(タンパク質にある場合、ペプチド結合とも呼ばれますが、詳しくはまたいつか別の機会に…)、C=OとN-Hがくっついた形の構造で延々とつながっている」ことが発見されていたわけです。
カロザースさんは、このアミド結合を上手く活用すれば、人工的に絹のような繊維を作れるのではないかと考え、両端にCOOHをもつ分子と、両端にNH2をもつ分子を合体させて延々とつなげてみるというアイディアに行き着いたんですね。
炭素の数を色々と試した結果、6個同士のものが最も良いということが判明し、できたものが…
Cが6個のヘキサンの端っこにアミノ基(-NH2)がついた、ヘキサメチレンジアミン(高校でもこの名前で覚えさせられますが、命名ルール通りの、1,6-ジアミノヘキサンの方が覚えやすいというか分かりやすい名前な気がしますね)…
…と、同じくCが6個のヘキサンの端っこがカルボキシ基(-COOH)になっているアジピン酸(これも慣用名ですが、ヘキサン二酸とも呼べるものの、COOHはCがあるため、「カルボン酸」という官能基を使った名前でいうと、ヘキサンではなく、炭素骨格C4個のブタンにカルボキシ基が2つ付いた、1,4-ブタンジカルボン酸となるので、これは逆にむしろややこしくなるだけかもしれません)…
…とがくっついて生まれる、炭素数6つのものがアミド結合でひたすらつながった、6,6-ナイロン!
(なので、ナイロンは「ポリアミド」の一種とも呼ばれますね。ペットボトルが「ポリエステル」の一種であったのと同じ感じです。)
なお、名前について、検索して出てきた高校生が勉強している系の記事では、ほぼ全て「ナイロン6,6」と表記されていましたが、僕は「6,6-ナイロン」と習ったし、数字が先に来る方が化合物っぽいしで、そっちの呼び方のほうが個人的には好きですね。
でもまぁ例によって構造や名前なんてどうでもいいんですが、何となく、この構造を見ても、ビヨーンって伸びそうだな、って気がするのが面白いところです。
(ちなみに、この6,6-ナイロンを作る実験は簡単にできるので、僕も、何の講義だったか忘れましたが(大学の文化祭の、実験体験出し物みたいなやつだった気もします)、この2つを混ぜて、爪楊枝みたいなのでクルクル巻き取ることで「はーいナイロンができたよー」みたいなやつを体験させてもらったことがあります。あれは中々楽しかったですね。)
1935年にカロザースさんはこのナイロンを発明し、これは本当に世界を変える偉業だったわけですが、最初の画像にある通り、そのわずか2年後、1937年に、カロザースさんは青酸カリをレモンジュースに混ぜて飲み、自らこの世に別れを告げてしまいます。
(青酸カリは、酸性条件で青酸に変換されやすく、毒性が増す…なんてことは、天才化学者カロザースさんにとっては当たり前すぎる知識なので、より確実性の高いやり方を遂行しているのがカロザースさんらしいといえるかもしれません…)
しかし、これは別に大成功して環境が変わったせいで病んだとかいうわけでは全くなく(記事タイトルだとそんな感じにも読めるので、ミスリーディングな感じだったかもしれませんが)、そもそも、ナイロンの開発に成功してから製品として世に出るまでは約4年の歳月がかかっており、実は、ナイロンがこれほどまでに世の中を変えた史上空前の大ヒット商品となることを見届けることなく、カロザースさんは残念ながら鬼籍入りをしてしまう形だったのでした(市場に出回り始めたのは、カロザースさんの死後2年経った、1939年)。
…が、元々カロザースさんは人付き合いが苦手で、長らくうつを患っており、しかもアルコール依存まで併発していたとのことで、仮にナイロンの大ヒットを目の当たりにしても、恐らく遅かれ早かれカロザースさんは自ら人生の幕引きをしていたのではないか、と個人的に思います。
これは別に悲劇のヒーローであって欲しいとか、天才と悲劇を結び付けてるとかいうわけでは一切なく、茶化すつもりも全くありませんが、やっぱり、世の中を根本から変えるぐらいのことを成し遂げられる圧倒的な才をもって生まれた人にとって、この世の中はあまりにも生き辛い所なんじゃないかな…なんて、時折思えてしまうのです。
僕は別に何者でもないまさに凡な人間であり、自分より遥かに優秀な人が周りにいる(というか、幸い大学という場で働いているので、むしろ優秀な人しかいない)のですが、中にはやっぱり、言い方は悪いですがすごく出来の悪い学生(少なくとも、学問や研究に適性がない)もいまして、そういう子と話していると、あまりの話の通じなさに、何というか悲しくなってしまうのです。
もちろん、この僕の例とはレベルが全く違いますし、学問的な話と社交的な会話とは全く異なるタイプのものなので一概にそんなことはいえないのも重々承知ではありますが、世の中のほぼ全員より自分だけが圧倒的な才をもっている場合って、その人たちは、ちょうど僕がすごく出来の悪い学生に対して感じる空虚さみたいなのを、ひょっとして世の中のほぼ全員に対して感じてしまっているのではないか…?それってもしかしたらどこにも光がない、圧倒的な孤独にしかならないのではなかろうか…?
…などといったことを、まぁそんなこと普段考えているわけではないですが、カロザースさんのような悲劇の天才のエピソードを見るにつけ、何となくふとそう思えるような気もしてしまう、ってお話ですね。
…まぁ何かちょっと偉そうな話になってるし、かなり突っ込み所のある主張なので、あんまり深く考えずにスルーしていただければと思います。
カロザースさんがレモンジュースを飲んだのは、結婚後わずか1年2ヶ月のことだったそうで、愛する人にもカロザースさんの心の闇は救えなかったという悲しさのみならず、カロザースさんが逝った7ヵ月後に奥さんは子供(女の子)を生んだということで、残された奥さんや娘さんのことを考えてもなんともいたたまれないわけですが、彼の残した功績は永久に消えないこと、そしてストッキングやナイロン生地が生まれることでどれだけ人類の生活の質が豊かになったかを考えると、心からカロザースさんにはありがとうという感謝の気持ちと、人生は辛いものだったかもしれないけれど(なお、1937年レモンジュースの年の初めには、最愛の妹を急性肺炎で亡くしていた、なんてこともあったようです)、本当にお疲れ様でしたという労いの気持ちしか生まれてきませんね。
一方、デュポン社は他にも、ほぼ同時期に、誰もが知る物質、ポリテトラフルオロエチレンの開発にも成功しています。
「フルオロ」は、フッ素Fのことなので、この名前から、鋭い方でしたらどういう構造の高分子なのかはスッと頭に浮かぶかもしれません。
この高分子の構成単位(モノマー)は、エチレンの4つ全ての水素がフッ素に変わったもので、それがつながって、こんな感じですね。
こちら、polytetrafluoroethyleneでPTFEという略称でも呼ばれますが、より有名なのは、またまた絶対に誰でも知っている物質(商品名)、テフロン!
テフロン加工のフライパンですね。
油を引かなくても全く焦げつかない・くっつかないことに、子供の頃の僕は衝撃を受けたものです。
そんな感じで、他にも20世紀前半にとんでもないレベルの革新的な商品を出し続けたデュポン社ですが、近年はかなり低迷しているともいわれているようです。
また、偉大なるカロザースさんにあやかって、素晴らしい新技術がデュポン社から生まれ出てきてくれることを楽しみにしたい限りです。
一方、ナイロンに関しては、カロザースさんの6,6-ナイロンの後、日本の東洋レーヨン(現・東レ)が、若干の改良を加えた6-ナイロンと呼ばれる繊維の開発に成功しています。
こちらも高校化学で覚えさせられますが、カプロラクタムという分子を開環させることでつなげていくというカッコいい反応なんですけど、まぁ複雑すぎるので覚える必要はないでしょう。
(とはいえ一応構造だけ載せておきますが…。高校化学でも、日本産の分子ということで、一応覚えさせられましたけどね。)
東レも、偉大すぎる企業ですね。
ナイロンの特許にいち早く着目し、巨額の特許料を払うとともにデュポン社とも提携・協力して新技術開発を続け、繊維メーカー日本断トツ1位にまで成長するのですから、先見の明と、確かな技術力とが備わった理想の企業といえましょう。
他にもボーイング787の機体における炭素骨格の素材提供もしているという、まさに「ヒートテックから、飛行機まで」的なヤバすぎる活躍に、言葉も出ませんね。
僕は化学系では全くないので門外漢ですが、やっぱり、新しい物質を生み出せる有機化学というのは、本っ当にカッコいいです。
素材というのは完成品より日の目を浴びることがない気もしますが、僕はそういう縁の下の力持ち的なメーカー企業への賞賛を、惜しむことなく送らせていただきますよ。
これからも人々の暮らしの助けになるお役立ち製品をじゃんじゃん開発・製造していってくれるとありがたい限りですね。
…という所で、高分子化合物、あともうちょいネタがあるので、また次回も続けていくとしましょう。