面白い都市伝説(ガセ)

前回、アルコール界の神・エタノールよりもむしろ生活に密着している、神を超えた神物質・グリセリンについて触れていましたが、1つ面白いネタが残っていたので、今回はそちらを取り上げてみましょう。

…とその前に、(前々回エチレングリコール記事では明記していたものの前回は特に明記していなかった気がしますが)グリセリンは分類上「アルコール」というグループに所属する物質ではあるんですけど、いわゆるアルコール感(お酒感)は一切ないですし、グリセリンを含む食品を食べても、グリセリン含有の薬を塗っても飲んでも、酔っ払うこともアルコール分が検知されることも一切ない、ということは、抑えておきたい点ですね。

あくまで分類上の区分であり、現実的にはほぼ意味の無いカテゴライズになっているといえましょう。

(酢酸やギ酸が「脂肪酸の一種」も同様ですね。)

前回「アルコール界の神」とまで書いたのに、そこには触れていなかったので、改めて注を加えておきたかった次第です。


さて、グリセリンにまつわる面白いネタというか都市伝説ですが、これは、グリセリンのWikipedia記事にもおまけ項目で載っているぐらい有名な話なんでわざわざ大々的に触れるものでもないかもしれないんですけど、僕は高校のときの化学の授業で聞きましたね。

グリセリンというのはハチミツみたいな粘っこい液体で、-80℃(研究室とかで使われる、ディープフリーザーと呼ばれる冷凍庫)に入れても一切固まることのない強いやつなんですが(冬場には室温ですら勝手に結晶化するハチミツみたいな雑魚とは違って)、逆にいうと、グリセリンを結晶化することというのは、古来より不可能とされてきたのです。


…で、まさにそれにまつわる点からが都市伝説の始まりで、それは、オーストリア-イギリス間を結ぶ、寒さの厳しい北大西洋(北海)の、グリセリンを樽に詰めて輸送していた船上でのこと…。

冬の嵐に遭い、船内はしっちゃかめっちゃかになってしまったものの、何とか商品を守りきった船員たち…。

しかし、凄まじい振動&低温の影響か、なんと、発見から100年以上、数多くの科学者が結晶化しようとどれだけ努力しても決して成功しなかったグリセリンが、樽の中でなぜか偶然結晶になっていたのです!


この結晶をタネに、アメリカの科学者がグリセリンの結晶化を試みると、なんと、ついに、念願の人力でのグリセリン結晶化に成功!


それどころか、世界初の人の手による結晶化の報告がされた瞬間、待ってましたといわんばかりに、実験室内の全てのグリセリンが、未開封新品のボトルのものすら、一斉に結晶化したのです!


しかもさらに面白いことに、その日を境に、世界中のグリセリンがタネ結晶すら使わず結晶化できるようになり、その後、結晶化したグリセリンは世界中でありふれたものになったのでした…。

 

…というのが多少の違いや脚色はあれどグリセリン結晶伝説として語られるもので、特に初めて結晶化に成功した瞬間、世界中の実験室のグリセリンが一斉に結晶化した部分とか「んなアホな(笑)」という感想以外の何物でもないギャグセンスの高いものになってて、このネタを聞いた時、教室は笑いの渦に包まれましたねぇ~。


ちなみにこのネタは「シンクロニシティ」を語る上でしばしば引き合いに出されるもので、かの有名な『バキ』(グラップラー刃牙・第2部)の第1巻第1話にも登場します。

幸いコミックシーモアという漫画電子書籍サイトで来週まで3巻無料キャンペーン中のようで、それがなくても1巻の1話ということで無料お試しで常時公開されている範囲の話ですから、該当部分、引用という形で紹介させていただきましょう。


やっぱり言葉だけより、漫画の方が分かりやすくて面白いですしね。

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ちなみにこのニトログリセリンというのは完全に誤りで、そもそもニトログリセリンは室温でも容易に結晶化しますから、このバキのネタは、面白おかしく盛られた嘘でしかない都市伝説に、さらに誤りが含まれているという地獄絵図になっています。

さすがバキ!あきらかなデタラメをさも真実のように、しかも高い説得力でいってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!

…ただ、例の高校の授業中に聞いた話も、確かニトログリセリンとして聞いた記憶があるけど…まさか化学の先生、バキを読んでそのまま授業中のネタに流用していた可能性が、微粒子レベルで存在…?!

…と思いましたが、この話が掲載されたのは授業で聞いたのよりも後ですし、この都市伝説はバキ以外でもニトログリセリンで語られることが多いので、たまたまですかね(というか化学の先生がニトログリセリンの融点を知らないわけがないので、やっぱりグリセリンとして聞かされた話だったかもしれません)。


まぁ繰り返しですが、この都市伝説はガセですね。

実際は、Wikipediaにも記述がある通り、グリセリンの結晶化は、-193℃にまで一度冷却した後、一日以上時間をかけてゆっくり温度を上げる必要があることが知られているので、北海の船の上で-193℃なんて低温が得られるわけもありませんから、まぁフィクションでしょう(もちろん、物凄い振動が加われば、氷点下の船上で結晶化する、って可能性はなきにしもあらずかもしれませんが…)。


というかそこよりも、シンクロニシティのネタとして使われる、世界中のグリセリンが、世界初の結晶が産まれたのと時を同じくしてなぜか一斉に結晶化…というのは、マジでめっちゃ面白いけどそんなことあるわけないので、残念ながらこれは確実に創作の伝説ですね。

しかし、夢のある面白い都市伝説ですから、こういうのをガセだと断じるのではなく、ワハハと楽しめる感性、忘れたくないものです…。


せっかくなので、バキでも登場してきたニトログリセリンについて見ておくとしましょう。

これまで有機物に色々な機能を与える「官能基」として、ヒドロキシ基(-OH)、アルデヒド基(-CHO)、カルボキシ基(-COOH)、メチル基(-CH3)などなどが登場しましたが、ついに出てきた、窒素原子Nの絡むやつ!

ニトロ基は「-NO2」で表される官能基ですが、実は、こいつは何気にめちゃくちゃ難解な構造をしているのです。


Nが腕3本、Oが腕2本なので、普通に考えたら、NからOに腕1本ずつが伸びて手をつないでおり、OはO同士で手をつないでるのかな…という気もするのですが、現実的には、そんな三角形の構造は無理があり、そうはならないんですね。


これは実は高校化学の範囲すら逸脱しているので、高校で習う有機化学では、例えばカルボキシ基(-COOH)とかは、Cから二重結合の「=O」と一重結合(単結合)の「-OH」がつながっている、みたいな分かりやすい構造式で表示されますけど、NO2だけは、常に「-NO2」というスタイルで、詳しいことは触れずに、構造は一切アンタッチャブルな感じで登場するのです。


文字だけだと相変わらず分かりにくいので、画像も交えると、こういうことでした。 

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その理由は…

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これは、マジで入門編を逸脱しているので、忘れましょう。

参考までに画像を作ってまでして貼っちゃいましたが、なかったことにしてください(笑)。


一方、せっかく触れたニトログリセリンについて少しだけ触れておくと、バキでも説明がありましたが、こいつはズバリ爆薬ですね。

構造はこんなのです。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/ニトログリセリンより

ニトロ基はあまりに不安定なため、少しの振動でいきなりボカーンといってしまうわけですが、これを、事故が起きずに必要なときに爆発させられるような便利な形で開発したのが、ノーベルダイナマイトになります。


ちなみにニトログリセリンは爆薬ですが、まさかの、狭心症の薬として人に投与することもある物質です。

心臓が上手く脈動してくれない人のために、体内に小規模な爆発を起こすことで、心臓をバクバク動かしてあげるみたいなイメージでしょう。


ニトロ基が絡む爆薬は他にもありますが、まだこれまでの有機化学シリーズでは触れていない情報ももうちょい必要な感じなので、またいつかその必要知識にも触れた後で、機会があったら触れてみようと思います。

窒素の絡む官能基も、もう1つ極めて重要なものがあるんですが、スペースの都合で、こちらも今回は触れず、また追って、別の機会に見ていく予定です。


次回は……まぁそのN入りの重要官能基か、あるいはその前に脂肪酸の方をちょっと改めて振り返っておこうかな、などと考えています。

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