楽しい芳香族化合物講座、最後はもうオマケ的な感じで、名前が面白いぐらいしか書くことがないけれど、逆に名前のインパクトが強くて非常に印象に残るイカしたやつらを紹介して終えるとしましょう。
まずは、全化合物中、名前の響きが可愛い選手権No. 1と思われる子にご登場願います。
トルエン(◎-CH3)にニトロ基(-NO2)が3つもくっついたものは、TNTこと危ない爆薬トリニトロトルエンでしたが、我らがフェノール(◎-OH)にも同じようにニトロ基がちょちょいっとひっついたやつが存在します。
それがこれ!
ピクリン酸!!
ピク、クリ、リン、ピクリ、クリン、ピクリン、どの一部を取っても響きが可愛いという、もうこれ可愛さの暴力だろ…としか思えない、神のような名前のピクリンさん!
しかし、そんな可愛らしい名前とは裏腹に、TNT同様、こいつは爆薬として用いられていたヤベぇやつで、しかも、爆薬としては不安定で事故も多発したことから、より安定なTNTに爆薬としての地位は取って代わられたという、何ともドジっ子なのでした。
また、ほのかな甘みがあるといわれるニトログリセリンとは違い、こちらは舐めても苦いだけとのことで、まさに恵まれた名前からクソみたいな性質という、しょうもない物体って感じですね。
(なお、ピクリン酸という名前は、ギリシャ語で「苦い」を意味するpikros由来とのことで、実態は「ニガイ酸」ともいえるとんでもねぇ名前だったわけですね。)
でも、Wikipediaによると、過激派による爆弾闘争が盛んだった70年代において、「ピクリン酸を入手するために計画的に薬品会社に入社する者も現れた」という何か笑えるエピソードまであるほど、何だかんだ人を惹きつけてやまない魔性の性質があるブツだなぁとも思える、お茶目なナイスケミカルといえるかもしれませんね。
まだスペースに余裕もあるので、その他の可愛い名前の物質もいくつか見ていきましょう。
窒素を含む官能基は、ニトロ基についてはこれまで何度も顔を出していましたが、それより重要でかつ基本的な、Nの3本の手の内2本に水素・1本がフリーという形のもの(-NH2)だけなぜか全く触れずじまいでした。
これは超重要キャラなのでまたいずれしっかり触れたかったやつなんですけど、こいつはズバリ「アミノ基」という、もうその名前だけで重要さがわかるお役立ち物質なのです(アミノ酸を作る官能基……元々唐突にこの辺の話をブログ記事で始めるきっかけになってくれたものですね)。
一番簡単な、ベンゼン環にアミノ基がくっついたものは何という名前でしょうか?
…とその前に、そもそも、ちょうど-OH基を持つ有機化合物のことを「アルコール」と呼んでいたようにこれもグループ名が存在しまして、アミノ基をもつ有機化合物は、「アミン」と呼ばれています。
これまた何だかプリティーでキュートな名前といえましょう。
ちなみに、アミンといえば「♪わたし 待~つ~わ」のあみんですが(まぁ僕が生まれる前の曲ですけど)、こちらのあみんはさだまさしさんの曲の中に登場する喫茶店の名前から取ったものらしく、まさかの、アミノ基をもつ有機化合物とは一切関係ない名前とのことでした(当たり前(笑))。
ということで、芳香族アミンで最も簡単な物質である、ベンゼン環にアミノ基がついたものの名前は一体何なのか?!
「♪わたし 待~ってる~わ」という声が聞こえてきそうなので、とっととお見せしましょう、これまた可愛い名前の、こちら!
アニリン!
…って、お前ただ「~リン」ってついてたら可愛いと思っとるだけちゃうんか、と思われるかもしれませんが、まぁ、そうかもしれません(笑)。
フェニル基のついたアミンでフェニルアミン、アミノ基のついたベンゼンとみてアミノベンゼンなどといった別称もありますが、やはりこいつはアニリンでしょう。
恒例の分子モデルでは、炭素は当然炭の黒、水素は一番軽い感じの白、酸素は燃える赤、塩素は塩素ガスそのものの色の緑で、窒素は空気中に一番多く含まれるので大気っぽい青がイメージカラーですが、黒と白と青だけで描かれるのも初めてだったと思うので、名前のみならず構造まで新鮮で、何かイっすね(適当)。
まぁ性質としては、これ単品では目立ったものはないものの、工業製品や医薬品製造工程の中間物質としてよく登場する感じです。
高校化学では、関連するもので、大した話でもないですがタンパク質の検出反応剤としてニンヒドリンという、これまた○○リンの仲間が登場するので、余談としてこいつに触れておきましょう。
ニンヒドリンは、タンパク質が存在すると青紫色を呈することで知られており、その原理は、このアミノ基がニンヒドリンと反応するから、なんですね。
その「色が着く」という性質から、犯罪現場での指紋検出などにも用いられてきたものですが、ニンヒドリン自体の構造も、結構印象的です。
何か人間っぽい感じ(横向きの)で、これまた可愛いんですよね。
習ったときは、前回書いた(自分のクラス担当の)怖い化学の先生はそこに触れてくれなかったので気付きませんでしたが、ある日の授業を終えて、隣のクラスに遊びに行ったら前の時間の化学の授業(別の先生が担当)の黒板が消される前で残っており、この構造を人っぽく描いた図とともに「ニン(人) ヒド(人) リン」とか併記されており、「あっ、ホントだ!人間っぽい!!」と感動したものです。
と、「○○リン」という可愛い名前を出した脱線ついでに、これは芳香族ではなく、次に触れる予定の高分子化合物の範囲の話で、高校化学では多分触れないけど確か高校生物の方で名前が出てきていたと思う、更に印象深い名前の分子に触れておきましょう。
その名も、イヌリン!
(構造は高分子で複雑なので、今回は省略しましょう。)
…むむ、ピクリン酸を抑えて、こいつが可愛い名前選手権優勝か…?とも思えますが、こちらは高分子の糖の一種で、生物では、腎臓の再吸収の辺で出てくる有名物質ですね(大学生物の範囲だったかな?確か、高校でも習う気がしますが)。
イヌリンのクリアランスとか、クレアチニンとかマルピーギ小体とか、これまた響きがいい用語が続々飛び交う感じなので、何か学んでいて気持ちいい章でした。
なお、残念ながらネコリンは存在しません(笑)。
一方、 ニンヒドリンの人っぽい構造の方から話を発展させると、ナノプシャンという、子供たち向けの化学教育プロジェクトで作られた人工分子が、すごく面白いですね。
ナノプシャンは、このプロジェクトで作られた「人みたいな構造」をしている分子全体のグループ名であり、一部を微妙に変えて色々なタイプのものがあるようですが(帽子を被っていたり)、名前の由来は、上記Wikipediaによると、ナノスケールのナノ(10の-9乗のこと)に、『ガリバー旅行記』に登場する小人の国・リリパット王国の住人を意味する「リリプシャン」を掛け合わせた造語とのことですね。
こういうのは、誰にでも分かりやすくインパクトがあって、面白くていいですねぇ~。
あと窒素のからむ有機化合物としては、高校化学の、これも高分子同様かなり終盤に出てくる、アゾ基(-N=N-)というものもあります。
Nの二重結合がからんでくる珍しいものですが、高校化学では主に、芳香族化合物とくっつけることでアゾ染料と呼ばれる様々な色を持った鮮やかな色素が生まれること、そしてその反応をカップリング反応と呼ぶことなどを学びます。
ちなみに、Nの左右で同じ分子がつながる場合、これはホモカップリング反応と呼ばれる反応で、一部の界隈の方には冗談かと思えるとんでもない名前に感じるのではないかと思いますが、幸い高校化学では同じ分子がつながる例はほとんど登場しないと思うので、その名が出ることはまずなく、気まずい思いをしなくて済みそうですね。
例えば有名所では、フェノールと、アゾ基のついたベンゼンとがパラ位でつながったp-フェニルアゾフェノールというものがありますが…
こちら、ある年のセンター試験に登場したらしいですけど、頭文字を取るとPPAP(p-(phenylazo)phenol)となり、面白いね!…と少し話題になっていたようです(ちょうど、パイナップル(黄)とアップル(赤)を足したぐらいの、鮮やかなオレンジ色の色素というのもいいですね)。
まぁ窒素原子の化合物はあまり触れてきませんでしたが大体そのぐらいで、あとさらにほぼ一切触れてこなかったものとしては、硫黄原子Sの含まれる化合物・官能基がありましたね。
こちらはまぁ、正直特に面白いネタもない気がしたので話に出してきませんでしたけど、硫黄を含む一番有名な官能基は、-SO3Hで表記されるスルホン基とかスルホ基とか呼ばれるやつでしょうか(硫黄の英語、sulfur由来ですね)。
まぁスルホンという名前自体も割と可愛気がありますが、エタンにアミノ基とスルホ基がくっついただけという、かなり単純な物質が案外というかかなり有名で、名前も可愛いので、これだけせっかくなので触れておきましょうか。
そう、タウリン!
まぁポケモンのアイテムとしても有名ですが、それよりも、「タウリン 1000 mg配合の!」でおなじみのリポビタンDの方が、広い世代になじみがある感じでしょうか。
逆に知られすぎてるので、あんまり物珍しい感じもせず、むしろイメージとしては「ファイト一発熱血!」って感じで、可愛さはないかもしれませんけどね。
ちなみに硫黄原子のイメージカラーは、まぁ「硫黄」って字に含まれてるぐらいなので当然ですが、黄色です。
硫黄という物質のニオイはおそらく中学校でも習うのでみなさまご存知、温泉みたいなニオイといえば聞こえがいいですが、特に有機物で硫黄を含むものは腐卵臭としかいえない激クサなことが多い、かなり印象悪いものが多いかもしれません。
クサいといえば、関連して、先ほどのアミンで触れようと思いつつ細かすぎるからまぁいいかと思ってたものがあったんですけど、略称TEMED(テメド)と呼ばれるアミンの一種が、生命科学系の学生には超絶なじみのあるものとなっています。
こちら何かといいますと、以前、脂肪酸の話で、「SDS-PAGEと呼ばれる、タンパク質の分析のための、生化学・分子生物学系の学生なんかはひたすら毎日レベルでやりまくる実験がある」などと書いたのですが、これは「ゲルを作ってタンパク質を流す」って実験なんですけど、そのゲルを固めるために、このTEMEDを使うという感じなのでした(TEMEDを加えた瞬間から、ゲルが固まり始める)。
そして、このTEMEDは、「こいつはくせえッー!ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!!」的物質で有名で、まぁ腐った魚のような、古くてボロい冷蔵庫から漂ってきそうな、何ともいえない不快なニオイがするんですね。
しかし、β-メルカプトエタノールという、分析用にタンパク質のサンプルと混ぜるための試薬が、ちょうど流れ的にゲルを作った直後に登場するんですけど、こいつがキングオブクサすぎてクサ物質でして、学生実験で初めてSDS-PAGEをやる学生なんかを、TEMEDで地獄に落とした直後、「こいつはくせえッー!TEMED以下のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!!」とさらに絶望の淵に突き落とす、ラスボスが存在するのです。
構造は硫黄(正確にはSHで、チオールと呼ばれる官能基ですが)がついたエタノールというあまりにも単純な形なんですが…
まぁズバリ、有り体にいえば、大きい方の排泄物のニオイそのものという感じで、ヤバすぎるやつですね。
ついでなので、硫黄が出たので、一つ書こうと思っていたことにも触れておこうと思います。
こないだの記事で、レゾルシノールに触れて、「この名前は全く見覚えないですねぇ」と書いていたんですけど、記事アップ後読み直していて、「別名レゾルシン……ん?レゾルシンは聞いたことあるぞ…?あっ!アレか!」と1つ有名なのを思い出したのです。
それが、サルファ・レゾルシン処方!
今はもうCMで使われていないのかもしれませんが、僕と同世代ぐらいの方であれば、何か聞き覚えがあることでしょう。
そう、「サルファ・レゾルシン処方で、ニ・キ・ビを、効果的に!治します!!」のフレーズでおなじみ、クレアラシルですね!
このサルファというのは、スルホンと同じく硫黄のsulf由来の言葉でして(サルファともスルファとも呼べる、単なる日本語表記の違い)、レゾルシンに硫黄をくっつけた物質なのかな?と思って成分表示を見たら、普通にレゾルシンと硫黄が混合されてるだけで、単なる硫黄をちょっとカッコつけていってるだけでした(笑)。
まぁただそれだけですけど、レゾルシノール(レゾルシン)はタイヤゴムだけではなく、殺菌効果に着目して、ニキビ治療薬なんかでも使われているおなじみ物質だった、ってことですね。
もうすっかり記事も長くなっちゃいましたが、あと面白い名前に関して、小ネタを3つほど出しておしまいにしましょう。
強烈なインパクトがある化合物、これも冗談みたいな名前で、案外分かりやすい構造(今まで出てきた官能基が組み合わさっただけ)なのに、確か高校化学では出てこなかった気がするものの、高校生物で、以前遺伝子の関わる病気の話でフェニルケトン尿症の名前を出していましたが、その話と一緒に名前だけ出てくる物質である、こいつ!
ホモゲンチジン酸!
絶対に誰でも一発で覚えられる名前がついてるのは、ラッキーなのかどうなのか分かりませんが、ホモ原始人って感じで、いたいけな高校生の脳裏に焼きついて離れない物質の1つといえましょう。
面白ネーム物質続いては、こちらは別に正直大したインパクトもないんですけど、ベンゼン環を出発物質として作られるけれど環内の二重結合が失われているので最早ベンゼンではないのに名前にベンゼンが入りっぱなし(ややこしいな!)の、これ…
ベンゼンヘキサクロリド!
いやまぁ構造はインパクトがあるけど、別に名前は大したことないじゃん、って感じかもしれないんですが、ちょうど化学の授業でこれが出た後(確か次が体育&お昼休みだったので、書いたままの黒板が放置されていた)、黒板消し当番か別の誰かが、これの名前を「便全屁臭苦露痢怒」みたいな感じに書き換えていて、「くだらねー(笑)」とみんなで笑いあった記憶がある、というそれだけでした(笑)。
まぁ、農薬・殺虫剤として長らく使われていたという由緒正しき化学物質ではあるんですけどね、僕の中では、あの暴走族みたいな名前の笑えるやつです(笑)。
最後、まさにこれは大したことなさすぎますが、ベンゼン環が2つつながったナフタレンを出したときに、一緒に出そうかどうか迷った物質なんですけど、ベンゼンの六角形2つから五角形&七角形に、少しずれた感じでつながったのがこれ!
そう、アズレン!
…ってまぁ、だから?って話なんですけど、これは、有名なスマホゲーの略称と同じなので、一部の界隈では、学校の授業でこの名前が出たらキャッキャと喜んでるかもしれませんね、という、それだけでした(笑)。
まぁ僕は艦これもアズレンもやったことがないんですが、超大人気のオタクゲー(というと言い方が悪いかもしれませんが)で、実際やってみたら面白いんだろうなぁと思えるゲームではありますね。
プレイ層的に、キャッキャというより、ニヤニヤして喜んでいそうではありますが…(超偏見)。
…という感じで、可愛い名前から面白い名前まで、ユニークな化合物をザッと見てきましたが、結構楽しかったですね。
次回は、ついにようやくここまで辿り着きました、有機化学最後にそびえ立つボス的存在の「高分子化合物」を簡単に見ていこうかなと思っています。