不死化とガン化

ここ最近ずっと続けている分子生物学遺伝子工学入門的なネタから、お好みの遺伝子を乗せるのに便利なプラスミドDNAの複製に関する話で、ヒト細胞で最もよく使われるori(複製起点)はSV40 oriと呼ばれるものだ、などと書いていました(そして、ヒト細胞においては、実はoriは別になくてもいい、なんてことも述べてましたが、その辺はただ混乱を招くだけの話だったかもしれません)。

そこから派生して前回はウイルス一般の話(というか、ただ形を見ていただけですけど)をしており、今回はせっかくなのでSV40についてもうちょい深入り(といっても入門編的に、これも浅く触れるだけですが)してみましょう。


これまた話をクッソややこしくしていただけの点なんですけど、プラスミドに乗ってるSV40 oriをヒト細胞が使うためには、名前にもなっている元々の由来であるSV40(Simian Virus 40;サルウイルス40)というウイルスを細胞に感染させ……てもいいんですが、実際はSV40から作られる1つのタンパク質があれば十分であることが分かっており、わざわざSV40(ウイルス粒子)は使わず、そのタンパク質のみを使いたい細胞に導入することの方がむしろよく行われているように思います…なんてこともこないだ書いていました。

…でもまぁその辺の導入方法の違いは入門編としては割とどうでもいいので、気にしなくていいでしょう、忘れてください(なら書くなよ(笑))。

まぁあえて書いた理由は、「SV40(ウイルス全部)を使わなくてもよい」ではなく、「SV40が作る1つのタンパク質が重要なのだ」ということを書いておきたかったからであって、そのタンパク質こそが、既に何度か名前だけは書いていましたが、ラージT抗原と呼ばれるタンパク質分子になります。

名前が登場していただけでこれまで一切何の説明もしていませんでしたが、やはり何事も形から入るのが肝心でしょう、こいつはこんな形をしている分子ですね。

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https://en.wikipedia.org/wiki/SV40_large_T_antigenより

こんなヒトデ型の結構イカしたシェイプで存在するわけですが、実際これは同じものが6つ並んだだけで、ラージT抗原最小の単位は、この内の1つという感じになります(なお、実際に機能するのは、この星型六量体が、さらにもう1セット重なった、二重の六量体とのこと)。

(ちなみにSV40は、こんな形です。

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https://en.wikipedia.org/wiki/SV40より

前回の、火星探査ロボットみたいな洗練された形ではなく、ただのマリモみたいなクソザコボール型ウイルスですね。)

もちろんラージというだけあってスモールT抗原も存在しますが、これもまぁ特に今は言及する必要もないでしょう。

このラージT抗原を細胞に導入すると、その細胞はSV40 oriを利用できるようになり、SV40 oriの乗ったプラスミドを細胞内で安定的にコピー・増殖・維持ができるようになるわけですけど、実は、ラージT抗原の役割はそれだけではなく……というかむしろそんなoriの利用うんぬんは脇役で、本来の機能はもっと全く別の所にあります。

それが、何を隠そう、記事タイトルにも挙げた、細胞の不死化!!

ラージT抗原が導入された細胞は、まさかのまさか、現実的にそんなことが可能なの?!と思える、不死化細胞に早変わりするのです!!


そもそもヒト培養細胞は、例えば手術で切り取った皮膚の生きてる細胞を栄養のある培地につけて育てるなりした場合、当然適切な栄養培地下で生育することはできるんですけど、継代(分裂して増殖したものを、新しいシャーレと新しい培地にまきなおすこと)を重ねると、何回目かで、突然分裂&増殖がストップしてしてしまい、以後二度と増えなくなりその細胞は使い物にならなくなることが知られています。

これを細胞のsenescence(老化)と呼んでいますが、基本的に、我々の細胞というのは、分裂できる回数が決まっているんですね。
(その回数は細胞や培養条件によりますが、研究でよく使われる細胞は、10回とかその程度のことが多い。)

しかし!

細胞にラージT抗原を入れてやると、面白いことに、この分裂の回数上限が撤廃され、永久的に増え続けるようになることが発見されたんですね。

もちろん、「不死化」といっても、例えば1500℃の火炎放射器で「汚物は消毒だぁ~!」と紅蓮の焔をぶっぱされたら、余裕で消し炭となり、あえなく死亡します。

それどころか、こないだも書いた通り、シャーレ内で増えすぎて、培地がまっ黄色強酸性に傾いたまま放置し続けたりするだけでもその内あっさり死んでいくぐらいですが、あくまでも「適切な条件で、ゆとりあるスペースと豊富な栄養を与え続ける限り、永久に死ぬことはない。増え続ける」という意味での不死化であり、まぁ「不死」と聞いてパッと思い浮かぶ、「無敵化」というわけでは決してないという話ではありますけどね。

まぁそれでも、分裂回数の上限に達する=細胞老化が見られなくなるということで、これは非常に魅力的に聞こえる話であるようにも思えるんですけど、実際のところ、不死化というのは何気にガン化と表裏一体というか、両者は切っても切り離せない関係にあるのです。


ガン(癌)というのは、まぁ誰でも知ってる死因トップの嫌な病気ですが、これは何かというと、一言でいえば「リミッターが外れて、完全に無秩序に増えまくるようになった細胞」のことなのです。

アホみたいにひたすら増え続ける結果、ごく単純にいえば生命活動を行う全てのエネルギーがガン細胞の増殖に使われて=ガン細胞ばかりが全身でガンガン増え続けて(ガンだけに)、最終的にはエネルギーを作り出す細胞とかその他あらゆる生きるために必要な重要細胞たちが駆逐されてしまい、結果、栄養が得られなくってガン細胞自身も死んでしまう…という、「マジでお前は何なんだよ!暴れまわった挙句自分も死ぬとか、自爆テロか何かか!!」と憤りを覚えてやまない、人類の敵なんですね。
(もちろん、現実的には、全身にガン細胞しかいなくなって、栄養が得られずに最後全身を征服しつくしたガン細胞も死ぬ……という究極状態になるよりもっと早く、何せ全身の様々な細胞が極めて精密に協調しながら高度に働いているのがヒトという生物ですから、ある程度ガン細胞がのさばってきた時点でもう正常な生命活動を維持することができずに衰弱してしまい、個体としての死を迎えてしまうといえますけどね…。)


結局、不死化細胞というのは、これに近いわけです。

そもそもT抗原のTが何を意味していたのかというと、これはTumorのことで、日本語で腫瘍、ガンというのは別名悪性腫瘍ですから、いわばこいつはラージ腫瘍抗原という、最早名前からしてガンの仲間だったという感じなのです。

実際こいつが何をやっているのかというと、分かりやすく一言で書けば、「ガン抑制タンパク質として知られる生体分子にガッチリ結合して、働かせなくする」こと、つまり、人間の体に元々備わっている、「細胞がガン化(=無秩序な増殖)しないようにチェックしてくれるタンパク質」を強引に捕まえて、チェックできないようにする→監視員がいなくなった細胞は、節操なく、いくらでも増殖できるようになる(逆にいえば、ブレーキが利かず無秩序に増え続ける)…という仕組みなわけですね。


そのガン抑制タンパク質というのは、ヒトには結構沢山のものが知られているんですけど、(まぁ詳しく語るほどの話でもないかもしれませんが、一応名前ぐらいは見ておくと…)ラージT抗原が結合するものとしては具体的に2つ知られており、p53Rbと呼ばれるものになります。

p53は、ゲルで流したときの大きさが大体53 kDaであることから名付けられた、いわば分子の体重みたいなものが名前になってるだけのめちゃくちゃなネーミングですけど、これは先述の通りガンを防ぐために様々な機能で働いてくれているナイスなやつで、ガン研究ではめちゃくちゃ実験・分析されまくっている超重要遺伝子・タンパク質ですね。

一方Rbも、これはこの遺伝子が異常化していることが発見された細胞、ガン細胞の一種であるRetinoblastoma(網膜芽細胞腫)由来の名前ですが、こいつも当たり前ですがガン研究における重要な研究対象です。

あまりにもよく研究されていて沢山の複雑なことが分かっているため、入門編では「色々な機能があってスゴイです」以上に触れようもないぐらいですが、とりあえずラージT抗原は、こいつらと結合して、大切なガン化防止機能を根こそぎ奪ってしまうということですね。

一応、こちら(↓)が、星型のラージT抗原(Large T antigenで、LTagとも呼ばれる)が、6つのp53をつかんで離さない状態の模式図です。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Large_tumor_antigenより

まぁ、ごくごく簡単にサワリだけ触れておくと、p53などは、細胞周期と呼ばれる、細胞分裂を厳密に制御している重要ステップの監視員として主に働いています。

p53は特に「DNAにダメージがないか」をチェックしており、例えば染色体DNAが途中で切れているとか「これはおかしい!」という点があれば、異常なのを増やしても良くないのでそれ以上細胞分裂を進めることなく確実に停止させ、DNAが修復されるように仕向けるとともに、もしも傷が大きすぎるとかでいつまで経ってもDNAの修復が不可能なままであれば責任をもってその細胞を自殺へと導く(そんな異常遺伝子をもった細胞は、もう死んだ方がいいので)といった、正常で健康な細胞分裂に極めて重要な役目を果たしている分子になります。

実際、現実的にも多くのガン化した細胞でこのp53の機能の異常化が認められている感じですね(もちろん、そうでないのもあるし、ガンというのはこれだけが全てではないというのはいうまでもありませんが)。


そんなわけで、話を単純化すると、ラージT抗原を細胞に導入することで、p53や同じくガン抑制遺伝子であるRbを強制的に働かなくさせて、「無節操に増えてはいけませんよ。ある程度のところで、細胞の分裂を止めないといけません」というブレーキをかけてくれるものがいなくなり、いわば羽目を外したかのように分裂が止まらなくなることで、永久に増え続けていくようになったのが不死化細胞だ、といった感じですね。

…まぁ、実際はこのガン抑制遺伝子の抑制だけではなく、他にも、何度か話にだけ出しているテロメアといった要素もこの辺には絡んでくるのですが(むしろ、分裂に上限回数があるのはこちらがより直接的に関連してくる)、その辺は説明するとなるとこれまでの知識だけでは足らなくなるので、またいつか機会があれば改めて…という感じにさせていただくとしましょう。


…といったところで、不死化と聞くと夢の細胞のような気もしますが、実際はそんな単純なものでもなく、逆に多くの細胞が調和をもってお互いに仲良く機能しあう必要のある多細胞生物にとっては、それは逆に「ガン」という悪魔のような存在でもあり得る、というお話でした。
(代表的な培養細胞株であるHeLaも不死化細胞ですが、これは、子宮頸がんから単離された細胞であるというのも以前の記事で触れていましたね。)

「ふ~ん、じゃあ、ガンはp53とかが異常になったのがその原因っていうことならば、そのp53をもっと強くするとかして正常化してやれば、ガンは防げるってこと?」と誰しもが思うわけですけど、当然、実際p53やその他ガン抑制遺伝子の研究は本当に尋常じゃなく日々進められているものの、そんな単純に全てが解決するほど甘くはないのがガンということで、残念ながらまだまだガンの根治には至っていないのが現状ですね。

とはいえp53他、ガン抑制遺伝子の研究により分子レベルでのガン化メカニズムの知見は確実に増えていっており、遠い将来、ガンも不治の病ではなくなってくれるかもしれません。

そうなることを期待したいとともに、一応多少は関連することを研究している者としては、ちょっとでも貢献できればいいなぁと思えてやみません、という感じですね。


では次回は……何でしたっけ?そろそろソーマチン合成実験の最終ステップに入るぐらいの所に戻る感じですかね。

残っていた話を順番に進めて参りましょう。

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