1秒で2500回まわると…?

前回の記事では、遠心機のローターには大きく分けて2種類、アングルローターとスイングローターというものがあり、機械的にはアングルローターの方が高速回転させるのも当然余裕ではあるものの(全てが固定されている安定した物体なので)、実験の都合で、「超遠心」と呼ばれるクソ速回転で走らせる遠心分離は、接合部が存在して構造的には不安定なはずのスイングローターで行われることもままあるのです……

 

…的な話から、「超高速回転可能な遠心機、現在の世界ナンバーワンはどんなマシーンでどんなスピードなんだろう?」と疑問に思って調べた結果、日本の企業であるhimac社が開発したCS150NXというマシーンが、衝撃の15万rpm(回/分)を出せるという情報を目にしました。

(なお、このハイマック社、会社の名前は寡聞にして存じ上げませんでしたが、どうやら生命科学研究をしている人なら100%全員知っている超有名企業・ドイツのエッペンドルフ社と統合したようで、エッペンドルフグループの系列企業になってるんですね!

 ちなみに、エッペンドルフはこういった遠心機で回すチューブの製造で有名で(他にも様々な研究機器を作っていますが)、絆創膏をバンドエイドと呼ぶように、1.5 mLの汎用マイクロチューブのことを「エッペンドルフチューブ」(エッペンチューブ)と呼ぶということも、以前紹介したことがあったと思います。)

https://www.himac-science.jp/products/himac/ultra/cs150nx/cs150nx.htmlより



…前回は画像を貼る暇もなかった装置の写真を今回はお借りさせていただきましたが、意外と小型!

 

まぁこれだけじゃあんまりサイズ感は分からないですけど、常識的に考えてボタンは大体指で押すぐらいのサイズでしょうし、実際スペックを見てみたら、幅59 cm、高さ40 cm程の、まぁ両手で抱えられるレベルの小型装置だといえましょう。

 

1分で15万回転=1秒間で2500回転なわけですけど、もちろんそんだけのスピードでグルングルン回れば遠心力は凄まじいものがかかるのも当然でして、最大遠心力は実に105万Gを記録とのこと!

 

これは、1グラムのものが、100万倍すなわち1トンの荷重に様変わりするほどの衝撃的な力がかかるということですから、こんなの少しでもバランスがズレていたら致命的なんちゃいますのん…?と思ったら、まさかの…!

https://www.himac-science.jp/products/himac/ultra/cs150nx/cs150nx.htmlより


…機械がセンサーでバランスのズレを感知し、もしズレがあったら自動的に調整してくれるという神設計になっているそうで、「ペアとなるチューブに入っている液量は、見た目で大体同じになってればそれでOK」という、超遠心をやったことがある人なら思うであろう「そんなのでいいの?!」という驚きのユーザーフレンドリーさで、技術の進歩ヤバすぎワロタ(笑)。

 

これは実験を便利にするうえでも、もちろん安全面からも、大変素晴らしい装置だといえましょう。

 

ちなみに遠心について、実験手順書(プロトコール)の類ではたまに「13,000 rpmで〇分回す」のように書かれることがあるんですけど(こないだ見ていた、フェノクロ・エタ沈の動画でもそうなっていました)、厳密にはこれは全く無意味というか科学的ではない記述でして、遠心というのはあくまで「どれだけの遠心力がサンプル内の分子にかかったか」ということが重要になるわけです。

 

なので、より正確には「16,000 xgで、〇分回す」と、「回転数」ではなく「かける遠心力」で表記する必要があり、こうすることでどのような遠心機を使っても完全に同一の結果が得られることになります。

 

そう、「遠心力」と「回転速度」の関係ですが、これらは回転軸からの半径によって変わってくるんですね。

 

危険すぎてこの世から絶滅したと言われて久しい、昔は公園でよく見たあの地球儀型の遊具を想像いただけると分かると思いますが…

 

(参考画像↓:一応、まだ完全になくなってはいないんですね、↓の記事によると…)

nitto-sg.co.jp

http://nitto-sg.co.jp/news/000893.shtmlより

地球儀の一番外側に座るなり外枠の棒を持ってしがみついたりしていると、高速で回った時にめちゃくちゃな遠心力を感じますが、しかし、中心の棒のそばにじっと座るなりど真ん中頂点に陣取るように位置するようにすれば、ほとんど吹っ飛ばされる感触がないというのは、どなたもご想像いただけるかと思います。

 

そう、物体が回転したときにかかる遠心力「G」というのは、英語だとRCF(Relative centrifuge force;相対遠心力)と呼ばれますけど、これは「半径」と「回転速度の2乗」に比例することが知られています。

 

つまり、半径が2倍になればかかる力は2倍になるし、回転速度が10倍になれば、かかる遠心力は100倍になると、そういう感じになっているわけです。

 

なので、実験手順で「rpm(1分あたりの回転数)」を示されても、使っている遠心機のローター半径によってかかる遠心力は異なるので、どんなサイズのローターを使ったかで、実験結果は全く変わってきてしまうわけなんですね。

 

とはいえ、フェノクロ・エタ沈では、別に遠心力の違いはそこまで結果に影響を及ぼさないといいますか(結局「ある程度の遠心力がかかればそれでよい」だけなので、最高速度で回すだけですし)、それ以上に、世の中の高速遠心機はほとんど同じサイズのローターが使われているので、特筆しない限りrpm表記でも全然問題ないとはいえるわけですけど、厳密さを求める実験書であれば、必ずRCF表記で書かれる点になっている感じになっています。

(実験手法を紹介する論文なんかを書くこともありますが、多くの場合、RCF表記に直されることが多いです。もちろん、使う遠心機&ローターを明記すれば、rpmでもいいんですけどね。

 実用上は、rpmの数字を設定して回すことが多いですし、そっちの方が便利といえば便利なので。)

 

ちなみに、RPMをRCFに直すのは当然ローターの半径さえ分かれば計算できるわけですけど、その変換も、今では便利な計算機が各試薬・実験機器会社で公開されています。

 

まぁ別に全然複雑じゃない計算式なので、電卓があれば1秒なんですが、詳しい計算式なんて忘れがちですし、こういった変換ツールを使うのが賢いですね。

 

試薬販売世界最大手の、我らがSIGMAのページにあった遠心力計算機のスクショ画像をお借りしましょう(↓)。

https://www.sigmaaldrich.com/US/en/support/calculators-and-apps/g-force-calculatorより

そう、1万3000 rpmは大体1万6000 xgになるんですけど、このツールは半径に小数点が使えなかったので「9 cm」に設定しましたが、13000 rpm, 9 cmローターの場合17005 xgになるということで、大体一般的な遠心機のローターってのは、9 cmよりは少し小さく、8 cm(この場合の遠心力は、15115 xgでした)よりは少し大きい感じだということが分かります。

 

カタログスペックには「機械全体のサイズ」があったのに、「ローターのサイズ」は記載されていなかったので、例のhimac社の世界最高速遠心マシーンが、「15万rpmで100万G」という情報からローター半径を求めてみますと……

 

9 cmの設定のままでRPMを150000にしたら、遠心力は226万3950 xgと出てきたので、これの半分弱…

https://www.sigmaaldrich.com/US/en/support/calculators-and-apps/g-force-calculatorより

ちょうど、4 cmにしたらほぼピッタリ100万Gになりましたから、この遠心機のローターのサイズは半径4 cmと、かなり小ぶりであることが分かった感じですね。

 

まぁ「かなり小型そう」なんてのはマシンの大きさからも明らかですし、実際ローターが写っている写真もありましたが…

https://www.himac-science.jp/products/himac/ultra/cs150nx/cs150nx.htmlより

…うーん、片手サイズで、実に小ぶり!

 

もっと大きいローターだったら、この回転数があればもっと凄まじい重力加速度を産み出せたのに、こんな小さなローターではせっかくの世界最高速が宝の持ち腐れだよ、トホホ…などと思えてしまったものの、これは多分そういう話ではなく、これだけ小型のローターだからこれだけの超高速回転にも耐えることが可能になっている…という、ある意味逆の話なのかもしれませんね。

 

なお、写真から明らかな通り、当然この速度で回せるのはスイングローターではなく、アングルローターになっています。

(分銅みたいな金属のカタマリで、フタを開けたらチューブを入れる穴が開いてるわけですね。)

 

まぁ、フックが引っ掛かっているだけの野蛮な構造のスイングローターに、こんな高速回転が耐えらえるわけない、って話なのは当然のことだったかもしれません。

(…と思いましたが、前回見ていた超遠心機で使うスイングローターは4万rpmで、加わる最大遠心力は28万5000 xgってことでしたから、もうそんだけかかってりゃ28万も100万も一緒やん、って気もしますけどね(笑)。)

 

とはいえそれに関していえば、前回見ていたスイングローターの超遠心機では、例のチューブホルダーは本当に2本の爪状になったフックで頼りなくぶら下がっているだけでして、初めて回すときは「本当にこれ大丈夫なの?!」ってめっちゃ心配になるんですけど、もちろん遠心のプロが設計しただけあって正しく使えば絶対に大丈夫であるとはいえ、フックの部分に凄まじい負荷がかかるものも間違いありませんから、この手の超遠心機では、ローターの使用記録を必ずログに取って残しておくことが義務付けられています。

 

おそらく、ある程度の回数以上回して勤続疲労が出てきたホルダーは、最悪の場合、高速回転中に折れてしまう危険性などがあるので、一定回数使ったら(もちろん回数のみならず、「どれぐらいの遠心力が累積でかかったか」も重要なんだと思いますが)もうそのローターとホルダーは寿命になるんじゃないかな、って気がしますね。

 

まぁ「気がする」と書いた通り、僕はこれまで何十回程度は超遠心をしたことがありますが、今までホルダー・ローターが寿命を迎えて壊れたことはないわけですけど、どう考えても凄まじい負荷がかかっているのは間違いないので、耐用回数は恐らくあるんじゃないかな、って気がします。

 

(検索したら、普通にありましたね。

www.beckman.jp


…これはあくまで一般論だと思いますけど、こちらの記事によると、大体2400回程度は知らせたら交換しなくてはいけない感じでしょうか。

 とはいえ超遠心なんてそんなに頻繁にやる実験でもないですし、「推奨リタイア年数10年」の方が先に来そうな気もします。

…まぁ、余裕で10年以上前のローター、何度も使ったことがある気はしますけど(笑)。)

 

最後せっかくなので、遠心に関わるもう一つのパラメーター、「時間」についても考えておくといたしましょう。

 

「チューブの中のサンプル分子にどのぐらいの遠心力がかかるか」は、「回転速度」と「半径」、そしてそれらから導かれる「遠心力」が重要なのは言うに及びませんが、当然、「何分(何時間)回すか」という「時間」も重要なファクターになっています。

 

まぁ当たり前すぎますけど、2倍の時間回したら2倍の力がかかるというそれだけなんですが、ちょうど話に出していましたスイングローターを使った密度勾配超遠心実験なんかは、非常に長時間回すことが必要になることが多いので、例えば「2万5000 rpmで8時間」というような工程を行わなければいけない場面が大変よくあります。

 

この場合、「今から8時間だと、終わるのは真夜中になっちゃうよ、でも今日回し始めて帰りたいなぁ」と思うことは当然ありまして、その場合、時間を調節したい場面も多いわけですが、その際は、当然「時間を増やした分、スピードを減らす」とすれば良いわけですけど、どのように調節すればいいかといいますと……

…これはもちろん、遠心力はスピードの2乗でかかってきますから、「時間の倍率の平方根」倍してやればOKなわけですね。

 

まぁ言葉で書くとややこしいですけど、例えば先ほどの実験で、「今から16時間回せば、ちょうど明日のお昼前に終わるからばっちりだね」なんて場合、時間を2倍するので、スピードは「√2分の1倍」すればよく、25000 / √2=17678 rpmで回してやれば、遠心後、サンプルにかかった力は、

  • 25000回転で8時間:250002×8=50億
  • 17678回転で16時間:176782×16=約50億(小数点以下四捨五入しているので、若干のズレはありますが)

…と、全く同じ力をかけることに成功したといえるわけですね!

 

まぁある意味当たり前なんですが、「時間を2倍にするから、スピードは半分にしよう」というのは短絡的な考え方は間違いで、「遠心力が速度の2倍」でかかることに注意しなければいけない、という話でした。

(時間を1.3倍にしたら、遠心力は「√1.3分の1」という感じですね、電卓がないと計算が難しいですけど。)

 

…と、何とも細かすぎるといいますか、遠心をやったことない人・やる予定のない人にはあまりにもどうでもいい話ばかりになってしまったかもしれません。


例によって時間不足&ネタ不足の日が続いているので、しょうもない遠心ネタばかりになってしまいますが、今回本当は触れてみようと思っていた関連雑談ネタに到達できなかったため、次回はそちらに脱線しようかな、と思っています。

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