何となく触れ始めていた液体窒素シリーズ、今回ももう少し話を広げてみようと思います。
まぁ偉そうに語っているものの、僕は細胞保存なんかで液体窒素を使っているだけで、物性その他については全然詳しくないんですけど、まぁ話のタネに、浅いネタですがまた適当に脱線してまいりましょう。
その「細胞保存なんかで…」という点で早速、「実際どういう風に保存しているのか?」なんてのがふとネタとして思い浮かびました。
予定外のネタですが、今回はこちらに触れてみようかと思います。
もちろん色々な保存容器があるものの、恐らくどんな医療機関・研究機関でも、世界的に最もよく使われているのは、結構デップリとした大型のタンクの内部にラックを吊り下げ、ラックには細胞や血液やその他生体サンプルなんかを保存したチューブを入れた箱が収納できる…って形の、こんなやつですね(↓)。
イギリスのmrcラボという実験器具サイトからお借りした画像(吊り下げラックとか箱まで一緒に写してくれているのが案外ここぐらいしかありませんでした)で、これは47リットルタイプとそこまで大きくないんですけど、他の商品を見てみると、120リットルとか200リットルタイプとか、大型のものもある感じですね。
(実際僕が研究室で使ってるのも、腰の高さぐらいまであるかなり大きなものです。)
ちなみに「チューブ」というと、ストローみたいなフニャフニャの筒状の物体を思い浮かべがちかもしれませんけど、生命科学系で「tube」といえば、硬いフタ付きプラスチックの、「エッペンチューブ」などと呼ばれることも多いやつ(これは「サランラップ」みたいに、特定の商品名・企業名(エッペンドルフ社)がデファクトスタンダード的に使われているパターンですね)で、以前、激甘物質ソーマチンの合成なんかの記事シリーズ(↓)でも触れたことがあった、ああいうやつになります。
「エッペンチューブ」ってのは、室温で使うスナップキャップ(=ただ力を加えて単純に閉めるタイプ)の簡易チューブなんですけど、細胞の保存は、「Cryo tube」(クライオ・チューブ;クライオ=「冷、低温」を意味する接頭辞ですね)と呼ばれる、スクリューキャップ(=ネジ式の、回してしっかり閉めるキャップ)の、低温でも割れたり壊れたりしない、もっと高くていいチューブを使う感じで、まさに上の記事のサムネイル画像に見えているのが、オレンジのキャップのクライオチューブでした。
(とはいえこの画像はヒト細胞ではなく、大腸菌のグリセロールストックであり、液体窒素保存ではなくマイナス80℃保存されてるものだと思いますけどね、使うチューブは同じものです。)
で、先ほど挙げた、モノによってはドラム缶ぐらいの大きさのある「保存容器」に液体窒素を入れて、チューブを入れた箱をラックに吊るして、冷凍状態を保ったまま保存する……という形なのですが、意外と、この業界で働いている人でも知らない人がいる話として、「液体窒素で保存」と言いましても実は液体窒素そのものにチューブを浸ける必要はなく、むしろチューブを入れた箱は、直接液体窒素には触れずに、その上の空間に保存することが推奨されているのです。
「この業界で働いている人も…」と書いた通り、何気に僕も実際に細胞保管責任をもつようになって自分で調べてみるまで知らなかったんですけど、検索したら分かりやすいイラスト入りで解説されている記事(↓)があったので、「僕が勝手に言ってるわけじゃないです」ということを示す&知らない方への周知を試みるべく、翻訳引用させていただくといたしましょう。
(なぜか↓のリンクカードはタイトルなどが上手く取得されていない気もしますが、リンク自体は生きてますね)
handling-solutions.eppendorf.com
おあつらえ向けに、エッペンドルフ社の専門家が答えてくれていた感じでした。
液体窒素での長期保存: 凍結細胞は液相と気相のどちらで保存すべきか?
専門家に聞く―エッペンドルフ社の細胞操作のスペシャリスト、Jessica Wagener博士の回答
細胞は液体窒素(LN2)中で、生存能力を一切失うことなく、何年も保存することが可能です。保存温度は、細胞内の氷結晶形成を防ぐため、恒久的に-130℃以下に保たれなければなりません。
凍結保存した細胞は、LN2の気相中で保存することが推奨されます。この保存方法では、液体窒素がクライオチューブ内に入り込み、解凍時にチューブが破裂するリスクを減らすことができます。
さらに、LN2の液相で保存した場合、混入微生物が、あるチューブから別のチューブへとコンタミ(=混ざって汚染すること)する可能性があることが記載されています(文献1)。
気相での保管は、コンタミが広がるリスクを低減できますが、タンクが空になるのを避けるため、LN2レベルを注意深く監視する必要があります。温度・液面インジケーターやアラームを備えた凍結保存容器は、細胞株の安全な長期保存をサポートしてくれるでしょう。
まさに書かれている通りで、液体窒素に浸かっていると、チューブの中に液チが入りこんでしまうこともあり、これを解凍する際、液体が気体になると体積が爆発的に増えることから、チューブが破裂してしまう危険性が冗談抜きに高いのです。
(幸い僕は爆発の経験はないですが、理論的に考えても危険なことに間違いありません。)
またそれ以上に、液体というのは気体よりも「つながり」が大きいですから、微生物(まぁ液体窒素の中で活動できる生物はいないですけど、それは保存している細胞同様「休眠する」だけなので、温めて培養を始めたら雑菌も増えてしまう感じですね)のコンタミのリスクが非常に高くなるため、危険な保存方法といえるんですね。
とはいえ、最後に触れられていた通り、液体窒素は常に蒸発を続けて減ってしまうものなので、「中が空になってしまい、保管温度が上がり、細胞がダメになってしまう」という危険性も非常に高い、注意深い管理が必要となりますし、正直、「本当に液体に浸かってなくて低温が保たれてるの…??」という不安もあるしで、地味に僕は液体窒素をタンク内の結構なレベルまで張り、下の方のスロット(=ラックの下の方の箱)は、普通に液体窒素に完全に浸かってる状態で保存しています。
(なので、解凍時、チューブを見ると「あ、液体窒素が入ってる!」と思えることもままあり、「爆発しないだろうか…」と細心の注意を払いながらお湯に浸けて戻してやっています。
…「爆発の経験はない」と書いた通り、幸い破裂したことは一度もなく大丈夫なのですが、恐らく液体が浸入してきたということは気体が出ていくスペースも空いているということで、解凍中に窒素ガスは逃げていってくれているんだと思います。)
「気層保存の方が絶対にいい」という知識はあれど、昔から液体窒素ジャブ浸けでの保存をしていましたし、実際言う程保管時のコンタミなんて発生しませんから、気にしていない感じですね。
ちょうどこちらの似たような記事(↓)に記載されていた通り…
…当然こちらも「液体に浸けると、コンタミのリスク上昇 vs 気層ならノーリスク」となっていますが、気層の方は「Next Generation Storage(次世代保存法)」と明記されている通り、これは案外新しく提唱されている保存法なんですよね。
(学生時代は知らなかったもの、普通にまだ気層保存が一般的ではなかったのがその理由なのかもしれません。)
なので、古い人間の僕は、どうしても液体に浸けて保存したくなるため(そっちの方が温度が低いのは確実ですしね)、推奨されないとは知りながらも、液ポチャ保存をやめられない、という話でした。
(一応、↑でも「スタンダードな保存法」と明記されてますしね、普通に「絶対ダメ」というわけでもない感じだと思います。)
「ご存じない方に周知を…」とか書いてたのに、知ってるのに従わない奴がいるってんだから困りものです(笑)。
とはいえ引用記事のラストに書かれていた通り、最近の保管容器にはアラームどころか、「自動液体窒素追加・レベル維持機能」なんかがついているものもあるため、そういうのを使えば、設定を底の箱が浸からない形で維持するのが一番理想かな、なんて思えます。
マニュアル管理の場合、マジでどうしても継ぎ忘れとかをしてしまう可能性を捨てきれないので、「底の方に薄く入れるだけ」は危機管理的にもちょっと採用しがたい、ってのが現実だといえましょう。
(実際、周りのラボで、「液チ枯れちゃって、長年の細胞が全滅しちゃいましたよ…」という悲劇の話を聞いたこともあります。
幸い貴重なサンプルはなかったようですが、人間の管理だと、そういう事故は発生してしまうということですね。)
…と、専門外の方には「何の話や」ってネタになってしまいましたが、細胞保存……一般の方がお世話になる可能性があるものですと、精子保存・卵子保存なんかで保管されるのも、こういう形のタンクに液体窒素を加えた容器で管理されているのです…という、豆知識的なネタでした。
(多分、そういう商業的に多額の資金をもらって管理している所は、絶対に足し忘れなどがないシステムになってるでしょうし(自動管理機能の保管容器で、かつ、人の目での毎日のチェックも必ず)、顧客の細胞がコンタミしたら賠償責任どころじゃなく、二度と取り返しがつかないものですから、そういう施設では気層保存が徹底されているのではないかと思います。)