青い花・英語版で気になった所を挙げていこう:6巻その1

一連のシリーズ、今回は日本語版6巻相当ですが、結構な量があるのでまたしても半分に分けて見ていこうと思います。

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(6) p. 15:"YASUKO'S A FEMME FATALE!"(「恭己は魔性の女ね!」)

英語だと変なのかもしれないけど、ここでは前のコマの和佐の女性らしい台詞や仕草などから、姿子は(恭己ではなく)和佐を指して「YOU are a femme fatale」(「あなたは魔性の女ね」)と言っているんだ。

 

A. 「恭己は魔性の女」は、そんなに変じゃないと思う。1ページ前の、姿子による「恭己はより可愛くなった」というコメントとも整合性が取れている。

でも、もし日本語の原文が、実際には恭己ではなく、和佐のことを指しているのならば、それはそれで面白い違いだね。


⇒(追加メッセージ:)
あぁ、言葉足らずだったけど、言いたかったのは、「『和佐は魔性の女』だと流れ的に英語ではもしかしたら変なのかもしれないから、SBFは『恭己は魔性の女』という表現を選んだのかもしれないね」ってことだったんだけど、とにかく、これは日英で明確に違う記述になっている、ってこっちゃね。


⇒(追加回答:)そうだね。翻訳チームがなぜこのような変更をしたのか、本当に分からない。もしかしたら、単なるミスなのであろうか?

 

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(6) p. 16:あ、ここでもまた、デカデカと日本語の文字が残されてたね(「箱根湯本駅」)。もしかしてミス?(SBFでは、日本語表示は普通削除されてるはず…?) 

 

A. 日本語看板も英語看板も、両方とも駅名が書かれているのであろうか?もしそうなら、翻訳チームは、日本語を削除する必要はないと思ったのであろう。

一方、日本語版の江ノ電鎌倉駅の看板では、『青い花』(4) p. 164にあるように、英語表記は路線名しか書かれていないので(※注:「江ノ電 鎌倉駅 ENODEN」という表記)、英語読者にはどの駅かよく分からなくなってしまう。そこで、SBFの2:344(日本版4巻p. 164の対応ページ)では、駅名も英訳し、日本語の文字はスペースの都合で削除したのだろう。


⇒(追加メッセージ:)
箱根湯本は日本語も英語も全く同じ意味で、この作品では普通、元の日本語を削除していたと思うのに、なぜここだけ残しているんだろうね?

まぁ、明確な理由はないのかもだね(あるいは、いただいた説明みたいな感じなのかな)。

(追加独り言:)そもそも考察本の最初の方で、「この作品には、一部の食べ物の名前を除き、日本語が一切存在しない」と書かれていたので、日本語を見つけて「おっ!消し忘れか?!」と思って取り上げたものの、まぁ別に徹底的に日本語を排除しなくてはいけないというわけでもないでしょうし、意味さえ分かれば別に日本語文字を完全に締め出すような意図は全くない、というのが結論かもしれませんね。

 

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(6) p. 46:"BLUSH"(顔の紅潮)

めちゃんこ些細なことだけど、日本語版だとこのコマ内書き文字はBLUSH(照れ)ではなく、日向子の発した小さな言葉、"Hmm Hmm"(「ホホゥ」)という文字になっているよ。

A. 面白い。本来は日向子のものであるはずの文字を、ふみが赤くなることの方に帰属させているんだね。

ふみの頭の上にテキストが配置されていることから、翻訳者は、"Hmmm"を使うと混乱すると考えたのかもしれないね。

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(6) p. 58:"UM, IT WAS... FUN... I GUESS."(「あぁ、旅行は…面白かった…と思うよ」)

相変わらずこれも、単に表現をより自然にするためにアレンジされてるだけなのかもしれないけど、原文は"It was fun...But...I got exhausted."(原文:「たのしかった  けど  つかれた」)という意味の台詞だね。

A. 微妙に意味が違うが、許容範囲だと思う。

吹き出しの大きさの関係でこうなったのだろう:"I got exhausted"を最後の吹き出しに入れるのはきつい。

 

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(6) p. 59:"HE'S JUST HAVING FUN."(「(モギーは初めての彼女だから)、兄は、楽しんでるだけだよ」)

…これ、意味をなしてる?

日本語原文だと、(例によって主語は省略されてるんだけど)、これは明らかに、兄ではなく"She (Keiko) is just having fun."(「彼女(恵子)は、楽しんでいるだけだ」)だね。

(※原文:「お兄ちゃんに彼女できたのはじめてだから おもしろがってるだけだよ」)

A. "she's just having fun "の方が多少、より意味が通じるのには同意だね。

恵子おばさんは明らかに忍とモギーに質問して楽しんでいる。


(追加の独り言:)
あぁ、この質問を送ったときは、(日本語の文脈からも)英文は"make fun of"(からかっている)という意味なのかな、と勘違いしちゃっていましたが、よく見たら”have fun"(楽しんでいる)だったんですね。

「楽しんでる」ならば、「初めての彼女に、兄は浮かれて楽しんでいる」というのはまぁ、全くナンセンスな話ではないといえましょう(「初めての彼女だから、からかっている」だと完全に意味不明に思えちゃいましたが)。

…とはいえ、流れ的に「恵子おばが楽しんでいるだけ」の方が遥かに自然だとは思います。

 

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(6) p. 72:"I DON'T FEEL THE SAME AS YOU."(「自分は、ふみちゃんと同じ気持ちではない」)

結構重要な台詞だけど、これ、実は日本語原文と全く同じではないんだ。

原文はそれほど直接的な否定表現ではなく、あきらはここで、"I don't clearly understand the situation and my own feelings..."(原文:「あたし 正直 ピンとこない」)と言っているだけなので、英訳とはちょっと違う気がしちゃうね。

 

A. これは許容範囲内の変化だと思う。ふみは自分の気持ちを理解しているわけだから、その意味ではあきらはふみと同じ気持ちではないからね。


⇒(追加メッセージ:)
そう、わずかな違いだし(それでも、あくまでも「わずかながらだが、違う」とは思うけど)、完全に許容範囲ではあるね。

 

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(6) p. 91:"GRARRRGH!"(グララ~!)

実はあきらは日本語版だとここで、呻き声みたいなものではなく、はっきりと"NO! It's not me!!"(「ちがいます!!」)と言っているんだ。

A. 日本語をそのまま訳してもよかったかもしれないね。でも、翻訳チームは、もっとあきらの怒りや悔しさを表現したかったのかも?

 

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(6) p. 112:ここの映画館の文字表記、1800と1200は、18.00と12.00(ドル)に変更した方がいい気がしちゃうね。

A. 私も最初そう思った。でも、もしかしたら、これはチケットの値段ではなく、映画が上映される時間帯なのでは、とも思えたよ。

あるいは、翻訳チームの人たちがそう考えたのかも?


でも、よく考えてみると、これは多分値段だね:1800円が大人、1200円が子供。

上映時間なら1200が先に表示されるはずだし、値段は通常、大人の値段が先に表示されて、このように表示されるだろうからね。


⇒(追加メッセージ:)
そうだね、これは値段で間違いないと思う。

 

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…という所で、6巻で気になった点、続く後半はまた次回ですね。’


そして「青い花で学ぶ英語」コーナーですが、ちょうど、4巻の後半で保留にしていたネタと同じワードが6巻の冒頭にも出てきていたため、今回はこないだスペースの都合で後回しにしていたそちらを消化していこうと思います。

巻末の若草物語・姿子姉ちゃんの学生時代のやつですね。

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青い花で学ぶ英語】

(4) p. 168:"They said you just went out with me as a dare!"(「あの子たちは、あなたは私とあえて付き合ってるだけ…なんて言うんだ!」)

日本語原文だと、ここの"a dare"で表現されていることは、"a penalty"(ペナルティー)とか"a punishment"(罰)という意味の言葉が使われているんだけど(原文は直訳で"a punishment game"(罰ゲーム)という、結構独特な表現)、読む前は、この「罰ゲーム」という特徴的な言葉をどう訳しているのだろう?と気になっていたんだ。


この、"as a dare"は、punishmentとかとやや似ているとはいえ、それほど強い否定語ではないよね?

若干意味が違う気もしたから、ちょっと質問してみた感じだよ。

("dare"は非常によく使われる英語だと思うけど、色んな意味があって、特定の日本語に変換するのはかなり難しい気がするね(ただ、ここでは、「あえて付き合ってる」という良い日本語表現があると思う)。
 これは、"unwilling to date with"(「あんまり付き合う気はないんだけど」)と同じような意味ってことでいいよね?)

A. ここでは、少なくとも2つの問題があるね。一つは、"dare"という言葉が、日本語の同様の概念にどのように対応しているかということ。もう一つは、英語版の"dare"が実際に良い訳語なのかどうかということだ。

日本の文化には、"test of courage"(「肝試し」)というものがあるよね?

例えば、ある生徒が深夜に消灯した校内を歩くのが怖いと思ったとする。でも、友達に説得され、恐怖心を克服できることを証明するために、それを実行する。

"dare"という単語には、ちょうどこれに関連した意味があるわけだ:"I dare you to walk around the school at night."(「夜の学校を歩いてみてよ」)="I know you don't want to walk around the night at the school, because you're afraid. But you should do it anyway, in order to prove to us (your friends) that you can do it."(「あなたは怯えてるから、夜の学校を歩きたくないのは分かるよ。でも、私たち(友達)にできることを証明するために、とにかくやってみてよ」)ということだね。


というわけで、件の4巻p. 168(英語版2巻p. 348)の場合、ここでの出来事は概ね次のような感じであったようだ:1. 薫子が姿子に告白した。2. 薫子によると、姿子はそのことを友人に話し、また、自分(姿子)が薫子の告白を受け入れるつもりはないことを友人に話した。3. 同じく薫子によれば、姿子の友人たちは、姿子が薫子と付き合うよう説得するようなことをしたらしい。


日本語版では、薫子は、姿子の友人たちが姿子と何らかのゲームをし、姿子が負けた、と考えているようだね。姿子に対する罰(ペナルティ)は、薫子と付き合うことであったわけだ。

英語版では、ゲームも罰もなかった。その代わり、薫子は、姿子の友人たちが姿子に薫子と付き合うようにと啖呵を切った(dared Shinako to go with Kaoruko)、と思っている:「あなたが薫子と付き合いたくないということは分かっているのよ。でも、私たち(友人たち)に 『できる』と証明するために、やってみせてよ」と。

それで、薫子の考えでは、姿子は友人たちに、恐れていると思われたくない、さもなくばあるいは友人たちを失望させたくないといった理由から、友人たちから批判されないためだけに薫子と付き合うことにした、という話になるわけだね。


だから、日本語版でも英語版でも、薫子は、姿子が自分(薫子)と付き合うのは、姿子の友人たちからの何らかの圧力の結果でしかないと考えている、といえよう。

それがキーとなる考え方で、日本語版と英語版では少し表現が違うだけなんだね。

姿子がゲームに負けたから罰としてやったというのは、英語で説明すると長くなってしまうので、英語版では似たような短い表現を使っているだけなのであろう:"they dared you to do it"とね。


⇒(追加メッセージ:)
ちょっと待った、英語では "All my friends made fun of me."以降の文章は、姿子の独白とみなされるの? そうだとしたら、日本語版とは全然違ってきちゃうね。

これは、日本語版だと、確実に全部薫子自身のモノローグだよ。
(原文・該当部分:「わたしが先輩とのデートにこぎつけたとき その全員が『バツゲーム』だと言い張った」)

つまり、「罰ゲーム」というのは、あくまで薫子の友人たちの想像であって、姿子(とその友人)は別にそんな風には思ってないし、彼女らは全くもってそんな悪人ではないと思うな(恐らく姿子は特に悪い意味で友人に言いふらしたりなんかしていないし、姿子の友人も二人を馬鹿にしてはいない)。

…とはいえしかし、上記の矛盾は話の結論というか根幹には影響しないかもしれないし、とにかく、"dare"の意味は非常に明快に理解できたよ!
(ただ、上記のように状況が変われば、説明・解釈も少し変わるかもしれない…?)

⇒(追加回答:)これは申し訳ない、混乱させてしまったね。英語版でも、このモノローグは薫子のもので、薫子が自分(薫子)の友人の言葉について考えていることは明らかだったよ。

そう、薫子の友人たちは、姿子が薫子と付き合う理由を想像していただけなのだと思う。そして、その理由の一つに、姿子が薫子と付き合うために、姿子の友達がけしかけた、例えば、何かの勝負に負けた姿子への罰ゲームみたいな感じで…ということなんだろうね。

⇒(追加の追加メッセージ:)ああ、それなら完璧明快で、日本語とほぼ完全に同じ状況だといえるね。

(でも、実は、我々日本人は「罰ゲーム」という言葉をとても気軽に使っていて、たとえ友達と何かのゲームに負けたような場面ではなくても、単に、やりたくないことをやらなければならないようなとき、「え?何これ?罰ゲームか何か?」みたいに言うんだ。
つまり、薫子の友人たちは、必ずしも姿子が何かゲームをして負けたとか想像しているわけではなく、単に姿子が薫子とのデートを「罰ゲーム」のように嫌がっているのではないかと考えている、ってことだね。)

そう考えると、ここでは"dare"というワードは実際とてもいい訳といえるかもしれんね(改めて、罰ゲームという単語には「ゲーム」が含まれているけど、必ずしも何かゲームや賭け事があったとは限らず、説明してもらった"dare"に近い状況を表現しているように聞こえるから)。

 

⇒(さらに追加の追加でもらった回答:)どうもありがとう、これで大分わかりやすくなったね。

確かに、"dare"という訳がいいという意見に同意だよ。

 

⇒(さらに追加メッセージ:)基本的に日本語の方が「ハイコンテクスト」な言語で、様々な意味やニュアンスや言外の意を備えた単語が多い印象だったけど、dareという英単語は、シンプルで「ローコンテクスト」な英語にしては珍しく、かなり曖昧で色んな意味で使われる言葉といえそうだね。

(最後に追加独り言:)…というコメント(↑)を最後にFrankさんに送りましたが、上述の通りちょうど今回見ていた6巻のp. 10に、またもや"dare"を使った、"HOW DARE YOU SAY THAT!"という京子の発言がありました。

これは、原文だと「ずるいです 先輩は」という発言ですが、逆に和訳に戻すと「よくもまぁそんなことを言えるもんだ」という意味のフレーズですから、やはりdareというのは色々なニュアンスがこもっていて、バシッと解釈するのが難しい、面白い単語だといえましょう。

(まぁ、色々な意味はあるけれど、やはり「あえて」と理解しておくのが一番近いイメージはありますね。)

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