青い花の同人誌『That Type of Girl』日本語訳その2:導入~エス文化

2セクションのみでも地味にめちゃくちゃ長かったので、無駄口を叩くことなく早速本編に参りましょう。

序文も終わり、とうとう本格的なアメリカ人による『青い花』考察の幕開けです!

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英語版『青い花』1巻表紙、https://www.amazon.com/dp/1421592983/より

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That Type of Girl(そっち系のひと)
志村貴子青い花』に関する考察

著/フランク・へッカー 訳/紺助

 

(翻訳第2回:1ページから12ページまで)

読み始める前に

導入

まずは、作者および氏の漫画作品全般、そして特に『青い花』のメインテーマとみなされ得る題材について考察することから始めたい。

 志村貴子について、英語で公開されているものはほとんどない。彼女の英語版Wikipediaの項目は、作品のリストを除けば、わずか七文が書かれているのみである。日本語版Wikipediaの項目はもう少し長いが、志村自身についての情報はあまりないようだ。

 Wikipediaによると、志村は1973年10月23日に神奈川県で生まれたとある。彼女が具体的に県内のどこで生まれたのかは、記載が見当たらなかった。しかし、神奈川県には、港町横浜や、『青い花』の舞台となった鎌倉がある。

 志村が初めてこの名前で作品を発表したのは、1997年2月、23歳のときだった。それ以来、数え方にもよるが、二十数作品を発表されている;その中には、読み切り作品もあれば、後に単行本化された連載漫画もある。

 志村さんの作品の内、公式に英語で翻訳されたものは比較的少ない。Wikipediaに掲載されている作品の内、本稿執筆時点で公式英語版がリリースされているのは四作品だけである:『青い花』、『どうにかなる日々』*1、『放浪息子*2、そして最近の作品である『大人になっても』の四つだ*3

 過去に出版された三作品の内、『青い花』の英語版だけが、今でも比較的容易に全巻入手することが可能だ。それさえも、いくつかの失敗を経た上でのことなのである:『青い花』英語版第一巻は、まずJMangaから、その後Digital Mangaから出版されたが*4、その後、両社から続刊が出ることはなかった。また、この漫画は11話から成るアニメ化もされ、その後英語字幕バージョンも発売された*5(第二シーズンの計画は、どうやら日本でのアニメDVDが売り上げ不振だったために断念されたようである)。

 『どうにかなる日々』英語版は全二巻(電子版のみ)が出版されたが、アメリカではもう販売されていない。しかし、2020年には漫画の一部のエピソードを抜粋した傑作選的アニメ映画が、英語字幕付きで公開された*6

 志村の最も有名な作品である『放浪息子』は、全15巻中、ハードカバーが八巻まで発売された後、出版が中止された。現在では絶版となっており、デジタル版も発売されていない。この作品もまた、不完全ながらアニメ化され、その後、英語字幕付きで米国その他いくつかの国でストリーミング配信がリリースされた*7

 志村のロングインタビューは少なくとも二本公開されているが、いずれも英語には翻訳されていない。また『青い花』と『放浪息子』の各巻のあとがきには、志村の人生に関する様々な近況報告が収められている。しかし、その多くは些細な内容であり、志村がどのような主要テーマを元に、および社会的・文化的な問題意識をもってして作品に取り組んでいるのかについては、あまり明らかにされていない*8

 志村というアーティストを知るためには、それゆえ、作品そのものに目を向ける必要がある。まずは作品がどこで発表されたのかという点から始めよう。

 『放浪息子』をはじめ、志村の漫画の多くは、雑誌『コミックビーム』で連載されていた。『どうにかなる日々』と、(前述したように)『青い花』はともに『マンガ・エロティクス・エフ』誌にて連載されたものである。これらの雑誌はいずれも、日本の漫画雑誌の「五列目」と呼ばれるものである(マンガ・エロティクス・エフの場合は、「そうであった」と過去形になるが):少年誌、少女誌、男性誌女性誌の四大カテゴリーに属さず、様々なジャンルの物語が掲載されているという区分だ*9

 これらを踏まえ、志村についてまず分かることは、『青い花』のような作品には小学生から高校生までの子供が登場することもあるが、大部分は男女を問わず大人の読者に向けて描かれている、という点がある。それは内容的(性的内容を含む)にも、志村自身が想定しているであろう読者の知識レベルの要求水準という面においても、全てにおいてそう暗示されている部分といえよう。

 私の知る限り、志村の漫画は、全てではないにせよ、ほとんどが現代日本を舞台にしている:歴史物語はなく、異世界を舞台にしたファンタジーもない―『どうにかなる日々』のように、超自然的要素が存在することもなくはないが―。また、特に『放浪息子』におけるトランスジェンダーの少年少女や『青い花』のレズビアンなど、LGBTQのキャラクターに焦点を当てていることでも知られている。これらの作品もまた、現代の日本を舞台としており、(間接的ではあるが)現代の日本社会に対する批判的内容を含んでいるといえる。

以上のことを踏まえ、『青い花』はどのような作品なのかについて、私なりに試案してみた:

 まず、『青い花』は、少女や女性同士の恋愛を扱った昔の作品、特に20世紀初頭の女子校を舞台とした「エス文化」(※訳注:Wikipediaより引用→エスとは、特に戦前の、日本の少女・女学生同士の強い絆を描いた文学、または現実の友好関係。sisterの頭文字からきた隠語である;以下「エス」と表記)を含むジャンルに敬意を表し、オマージュしているのではないだろうか。志村は、読者がこのジャンルのパターンに精通していると仮定し、作中でも、エスの最も有名な作家、吉屋信子と彼女の最も有名な作品である短編集『花物語』シリーズに言及および仄めかしがなされているように思われる(『青い花』(1) p. 6/SBF, 1:6)*10

 同時に、私には、『青い花』という作品が、エスというジャンルそのものと、(暗黙の内に)後に『百合』として知られるようになったジャンルの作品群とに対する意識的な批評を孕んでいるのではないかとも思われる。この批評は、「王子様的な少女」のような特定の百合パターンだけでなく、百合作品のほとんどではないにしてもその多くに埋め込まれた前提、特に年齢と地位のヒエラルキーに従って構成される女性同士の関係という考え方に対して向けられたものに思う。

 一方で、私は『青い花』の中に、互いに対等であり、一個人として向き合う女性同士の関係、つまり、ヒエラルキーの構成された日本の家父長制社会に(暗黙の内に)対立し、(可能な限り)その外に存在した関係性を強調している部分も見出している。この漫画は、そのような対立と存在とが実際に何を含意し得るかについてハッキリと扱っているわけではないが、少なくとも、男性が存在しない「ユリトピア」を想定する百合作品よりも、この作品は遥かに現実世界に根ざしているのだ。

 『青い花』のテーマは、万城目ふみと奥平あきらという二人の主人公、そしてその友人であり第三の主人公といってもいいほど大きな存在感を放つ井汲京子によって体現される。この三人の少女は、まとめて、百合の三つの異なる「時代」を象徴していると考えることができよう:最終的に見合い結婚の運命を伴う女学生同士の、刹那的なエスの側面を示すまさに過去たる京子、性的純真さと内気さで儚い恋愛を伴う「純百合」の側面を示すまさに現在たるあきら、そしてレズビアンを自ら意識的に自認するようになった女性たちを伴う、LGBTQの側面を示すまさに未来たるふみである。

 志村貴子は、『青い花』を読む大人の読者に、少なくともエスや百合の歴史、そしてそれらのジャンルの主要な作品について、一般的な知識を持っていることを期待していたのだろうと思う。以下の章では、『青い花』とその百合ジャンルにおける位置づけをより深く理解するために役立つと思われる、歴史の様々な側面を論じてみようと思う。

 

背景としてのエス文化

前述のように、『青い花』は一般的に「百合」、つまりレズビアンをテーマとした漫画およびアニメ、並びにその関連作品のジャンルに属すると考えられている。現在のような百合が生まれる以前には、20世紀初頭のエスという、思春期の少女たちの激しい感情的な関係―デボラ・シャムーンの言葉を借りれば「情熱的な友情」を特徴とする文学ジャンルがあった*11

 『青い花』は、これら初期の作品に思いを馳せ、敬意を表し、疑問を投げかけ、時にはそのパターンをパロディ化している。この漫画をよりよく理解しようとするならば、エスの人間関係と文学、並びに明治後期から大正初期(おおよそ1900~20年)にかけたその発生起源をより詳しく見ておくことが役に立つであろう。

エリカ・フリードマンは百合作品を「レズビアンの自己認識を持たないレズビアン・コンテンツ」*12と呼んだが、エス作品の場合、コンテンツ自体が本質的にレズビアンであるかどうか、特に当時の時代的背景において、エス関係が、それに参加していた少女たちや社会全体からどのように扱われていたかについては、意見が分かれるところである*13

 この点は論争の的であり、私より詳しい方々の議論に委ねることにして*14、ここでは別の疑問、すなわち、エスというジャンルが存在するようになった社会的経緯というものに目を向けてみたい。この問題については、多くの人々が深い考察を残している:デボラ・シャムーン以外にも、例えばヒロミ・ツチヤ・ドラス*15、グレゴリー・フルーグフェルダー*16、そしてミチコ・スズキあたりの文献をご覧いただきたい*17

 本章では、『青い花』に関連するエスの四つの側面に注目する。まず、エスや(その後の)百合作品の定番となった女子校の起源についてである。『青い花』において、これらの学校は、松岡女子高等学校(ふみの学校)と(特に)藤が谷女学院(あきらが通学)に表れている。 

 1868年の大政奉還を経て明治時代を迎えた日本では、政府の指導者たちが日本の近代化に躍起になった。この近代化には大衆教育が不可欠であり、それこそが日本を含む世界を支配するのに十分な富と力を持つ工業化社会を作り上げた、西欧列強の成功の鍵であると考えられていた。

 そのため、1872年には早くも、政府は日本の新しい教育システムを構築するための国家計画を打ち出そうとした。その目標は、『必ず邑(むら)に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す』というものであった。この教育は、女性を排除するものではなかった:「学問は……華士農工商、並びに男女等しく受け継がれるべきものである」という旨が記されている。1870年代末には、小学校に通える対象である女子のほぼ四分の一が学校に通っていたのに対し、男子は半数以上が通っていた*18

 また、この時期、日本では「ミッションスクール」(キリスト教の宣教師によって創設・運営された学校)が設立され、高等学校までの教育が行われるようになった―特に女子の場合、公立の学校では小学校以降の教育が行われていなかったので、これは大変重要なことであった。1872年には、カトリックの修道女たちが、『青い花』の舞台である鎌倉から北西に20キロ弱の横浜に、最初の女学校(恐らく藤が谷女子学院の着想の一つであろうと思われる)を設立した*19

 ミッションスクールは日本の新興上流階級に人気となり、授業料と食事代は年間60ドルにもなった*20。比較として、同時期に日本を訪れたアメリカ人は、「3~4ドルで一人の一ヶ月の食費をまかなえるし、女性使用人は同じ期間で数ドルの賃金しか望めない」と述べている*21。つまり、ミッションスクールに息女を通わせるということは、その子の食費をもう一人分払うことや使用人を雇うのと同じ程度の費用だったのである―これでは富裕層を中心とした贅沢とみなされたのも無理はない。 

 その費用のためもあって、ミッションスクールで教育を受けた女子の総数は比較的少なかった。1909年の時点で、カトリック系ミッションスクールの日本人女子生徒の総数は26校で6000人に満たなかった*22。他のキリスト教系ミッションスクールの女子生徒の数はさらに少なかった:1914年の時点で、50校を合計しても、合計約4000人の女学生がいるのみであった*23

 当初、ミッションスクールは小学校以上の女子教育を独占していたが、明治末期にはそのようなことはなくなった。1899年、日本政府は女子の義務教育をそれまでの小学校6年から延長するという新しい法令を発布した。これにより、高等女学校の女子の数は急速に増加し、世紀末には1万人に満たなかったのが、1910年にはミッションスクールやその他の私立学校の女子を含めて約5万6000人にまで増加した*241920年までに、高等女学校の生徒数は12万5000人以上にまでなっていた*25

 高校を卒業する女子の数は、世紀末時点で全人口の5%程度と比較的少ないままであり、第二次世界大戦の終わりでも、わずか25%にまで上昇したのみであった。にもかかわらず、彼女たちは、中流・上流階級という肩書きと、主に都市部で生活しているという地の利を活かして、独自の文化を発展させるのに十分なほど大きな集団を形成していた。特にミッションスクールの少女たちは、すでに比較的エリートであった人々の中の更なるエリート集団として、欧米的な個性や恋愛の概念、キリスト教における精神的愛の思想、および白百合といったキリスト教シンボルの使用などを普及させるのに貢献したのである*26

 ここで、『青い花』にも関係することとして、二つ目のトピック、すなわち結婚の習慣、特にお見合い結婚について論じてみようと思う。大正時代には、五組に四組がお見合い結婚であった;そのうち二組は結婚前に一度も出会ったことがなかったのである。「恋愛結婚」とみなされるものは、わずか3%に過ぎなかった*27

 この、学内で吸収された西欧・キリスト教の思想と、日本の伝統的な結婚の取り決めとの対比は、アメリカの教育者アリス・メイベル・ベーコンが1891年に鮮烈に描写したように、争いの種となるに違いなかったのだ:

新しい学校制度を人々の習慣に適合させる上でのもう一つの困難は、結婚が早い年齢で行われることにある。少女が学校の課程を終える前に、両親は、最初に現れた魅力的な若い青年に娘を引き渡さなければ、娘がすぐに厄介者になってしまうのではないかという不安を抱え始めるのだ。時に、娘は勇敢に戦い、課程が終了するまで学校に残ることもある;しかし多くの場合、娘は屈し、結婚し、教師と学友に泣きながら別れを告げ、学校を離れ、16歳で妻となり、18歳で母となり、30歳で老婆となるのである*28

 このことが、エス関係およびそれを広めた文学の流行の鍵を握っているように思う:藤本由香里が主張するように、エス関係の恋愛が少女たちにとって魅力的だったのは、それが相手選びをほぼ完全に自由に行使できる関係であったから―おそらくは彼女たちにとって、それのみが人生で唯一の機会だったから―であろう*29。(少女が結婚相手をある程度自由に選べたとしても、それはおそらく、家族から紹介された候補者の内、何人かを拒否できる程度に過ぎなかったはずだ。)

 このことは、エス関係と、例えば1937年の小説『乙女の港』で描かれたように、ある少女が他の少女に結婚相手であるかのように接近し、他の少女がその愛情を受け入れるかどうかを決めるという求愛の儀式を描く文学と、その両者の重要性をうまく説明しているのではないかと思われる*30。こういった儀式では、ある少女から別の少女へとエス関係になりたい旨を告白する手紙を送り、関係を結ぶ証として贈り物を交わすことが最も顕著な例として挙げられる。

 伝統的な結婚習慣における持参金や結納金などの贈り物が家族間のやりとりが中心であるのとは違い、ここでは自由な個人として行動する少女たち自身の間で贈り物が交換されるのである。また、将来の結婚相手に手紙を送る習慣は日本文化に深く根付いているが、『源氏物語』などの伝統的な作品では男性が担っていた役割を、ここでは少女が少女に手紙を送ることで受け持っているといえる。

 エス関係において少女たちが相手を選ぶ際に示した主体性は、お互いの関係性についての物語を書く際に示す主体性に映し出されており(※訳注:この「書く」は、「手紙を書く」ことではなく、少女達自身が書く物語を示している。『青い花』作中では、友人のポンちゃんが演劇祭用にしたためた作中劇などを指して、「物語を書く」という行為を意図してのものであり、少女たち自身がエス関係を描写する物語を紡ぎ出す際に自らの意思・主体性を行使することが、自ら相手を選ぶというエス関係と鏡像関係にある、という主張となる)、これが、『青い花』に関する、エス文化およびその文学に対しての、第三の側面である。

 上述の通り、20世紀初頭、高校に通う少女たちは、中流階級や上流階級の出身者が大半を占めていた。彼女たちは比較的裕福で、高い識字率を持っていたため、思春期の少女という新しい層をターゲットにした文学作品にとって、魅力的な市場となったのだ。その中には、ルイーザ・メイ・オルコットの『若草物語』を筆頭に、日本人向けに翻訳され、ローカライズされた海外の作品も含まれていた*31

 しかし、より重要な発展は、少女向けの物語や記事を掲載した日本の国産雑誌の設立と成長とにあった。これらの雑誌は男性が編集し、男性が書いた記事を掲載しており、特に、結婚や母性への準備としての女子教育の理想を高めようとする教訓的な性質のものが多かった。しかし、読者からのコメントや投稿記事どちらの形式でも少女たち自身が貢献する場にもなり始め、女性作家の養成の場となったのである*32

 最後に、エス関係の恋愛は本質的にどこまでレズビアンとみなされるのか、という冒頭の問いに戻ろう(※訳注:この問いかけ自体が、第四の側面となる)。この問題に関して一般的にどのような立場をとるにせよ、エス関係の少女たちの一部は、自らをレズビアンであるとハッキリ明示しているか否かに関わらず、いかなる合理的な定義においても、実際にレズビアンであったということに疑いの余地はない(この点は、『青い花』でも繰り返し見ることになるであろう)。次章で述べるように、そのレズビアンの中の一人は、エス関係の物語を執筆する、最も有名な作家になった。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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…ムズすぎワロタ(笑)


いくつか自分の理解に自信がもてない部分は、著者であるFrankさんにメールで確認し(大変丁寧に1つ1つ答えていただけました。やはり、これだけの記事を書く方は、懐の深さが違う…!)、より正確な記述になることを心がけましたが、一応現状自分で日本語を読んでて「は?何言ってんだコイツ」となる部分はないようには思うものの、誤字や表現が上手くない部分は、見つけ次第おいおい訂正していこうと思います。


それにしてもこれは本当に重厚な考察ですね…!


ひとまず浅い部分にだけ触れておくと、「志村さんの出身は神奈川のどこか分からない」とありましたけど、ファンサイトによると、志村さんは厚木市出身と出てきました。

…危ねぇ~、本厚木だったら、前回誤読をカミングアウトしていた関係上、ファン失格になる所だったぜぇ~!!


一方、他に、「あとがきが瑣末な内容で、どのような意図で作品を描かれているのかが見えて来ない…」という記述もありましたが、これは、僕含め恐らく多くの読者は、志村さんの平凡な日常風景をお届けしていただけた方がむしろ嬉しいまであるという点だけ、忘れずに付記しておきたい所ですね。

もちろんFrankさん他、考察ガチ勢の方には物足りない点もあるかもしれませんが、ぶっちゃけ、天下国家を語る志村さんとか、見たくねぇ~!

いや「見たくない」は言い過ぎで、もし語られたら我々ファンは確実に「面白い!」と思うわけですけど、単純に、政治や歴史を語る志村さんがあんまり想像できないというのと、従来のあとがきも大多数の読者が楽しみに&満足しているということをしっかり伝えたかった次第ですね。

「腰が痛くてさぁ…このアメドラにはまっててさぁ……ネコがさぁ……そういえばこないだ引っ越したんだけどさぁ…イシデさんとさぁ……ネコがさぁ………」というしょうもないあとがき漫画を、僕らはマジでもっと読みてぇんだ…!!(笑)


…ってまぁそういうメッセージも、場合によっては作者さんにとってネタを書きづらくなる可能性があるためあんまり声を大にして主張はしたくないんですけど(Frankさんも別にリクエストしているわけではないというのは重々承知ではありますが…)、とにかくファンは漫画家の方が好き放題自由気ままに書いていただけるものが本当に一番楽しませてもらえるものに思うので、あれこれ外野の声が余計なプレッシャーになってなければ幸いに存じます、という訳者補足でした。


あまりにも長くなりましたし、より深い考察はさらに奥へと進んでいくようなので、細部に関してはまた次回以降触れさせていただくといたしましょう(っていうか、クソ浅読者代表なので、触れて語れるほどの内容を持ち合わせていないというのが実際ですが…(笑))。

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*1:Takako Shimura, Happy-Go-Lucky Days, trans. RReese, 2 vols. (Gardena, CA: Digital Manga Guild, 2013). Kindle.

*2:Takako Shimura, Wandering Son, trans. Rachel Thorn, 8 vols. (Seattle: Fantagraphics Books, 2011–).

*3:Takako Shimura, Even Though We’re Adults, trans. Jocelyne Allen, 3 vols. (Los Angeles: Seven Seas Entertainment, 2021–).

*4:Takako Shimura, Sweet Blue Flowers, trans. Jeffrey Steven LeCroy, vol. 1 (Gardena, CA: Digital Manga, 2014), Kindle.

*5:Sweet Blue Flowers, directed by Kenichi Kasai (2009; Grimes, IA: Lucky Penny Entertainment, 2013), DVD.

*6:Happy-Go-Lucky Days, directed by Takuya Satō (2020; Houston: Sentai Filmworks, 2021), 55 min., Blu-ray Disc, 1080p HD.

*7:Wandering Son, directed by Ei Aoki (Aniplex, 2011), https://www.crunchyroll.com/hourou-musuko-wandering-son.

*8:しかし、映画監督・小津安二郎のファンである私は、志村がかつて小津作品の多くで年配の男性を演じた笠智衆さんのテレビドラマに魅了され、彼の写真集(『おじいさん』というタイトル)を買ったことがあることを知り、嬉しくて仕方がなかったのだ。Shimura, Wandering Son, 5:222.

*9:Erica Friedman, “Overthinking Things 03/02/2011,” The Hooded Utilitarian (blog), March 2, 2011, https://www.hoodedutilitarian.com/2011/03/overthinking-things-03022011

*10:Nobuko Yoshiya, Hana monogatari, 2 vols. (Tokyo: Kawade Shobō Shinsha, 2009). 1作(『Yellow Rose』)を除き、花物語シリーズは、公式英語版は存在しない。

*11:Deborah Shamoon, Passionate Friendship: The Aesthetics of Girl’s Culture in Japan (Honolulu HI: University of Hawai‘i Press, 2012).

*12:Erica Friedman, “Is Yuri Queer?,” Anime Feminist, June 7, 2019, https://www.animefeminist.com/feature-is-yuri-queer

*13:例えば、デボラ・シャムーンによる主張、「『レズビアン』『ホモセクシュアル』(日本語で同性愛)といった用語は、政治的、社会的、臨床的な意味を含んでおり、少女たち自身が自分たちの関係についてどのように話していたかを反映していないのである」などを参照されたい。Shamoon, Passionate Friendship, 35.

*14:例えば、サラ・フレデリックやエリカ・フリードマンによる、それぞれ別々に書かれたシャムーンへの反応などをご覧いただきたい。Sarah Frederick, review of Passionate Friendship: The Aesthetics of Girls’ Culture in Japan, by Deborah Shamoon, Mechademia, October 7, 2013, https://www.mechademia.net/2013/10/07/book-review-passionate-friendship
Erica Friedman, review of Passionate Friendship: The Aesthetics of Girls’ Culture in Japan, by Deborah Shamoon, Okazu (blog), February 6, 2014, http://okazu.yuricon.com/2014/02/06/passionate-friendship-the-aesthetics-of-girls-culture-in-japan

*15:Hiromi Tsuchiya Dollase, Age of Shōjo: The Emergence, Evolution, and Power of Japanese Girls’ Magazine Fiction (Albany: SUNY Press, 2019).

*16:Gregory M. Pflugfelder, “‘S’ Is for Sister: School Girl Intimacy and ‘Same-Sex Love’ in Early Twentieth-Century Japan,” in Gendering Modern Japanese History, ed. Barbara Monoly and Kathleen Uno, 133–90 (Cambridge, MA: Harvard University Asia Center, 2005), https://doi.org/10.1163/9781684174171_006

*17:Michiko Suzuki, Becoming Modern Women: Love and Female Identity in Prewar Japanese Literature and Culture (Palo Alto: Stanford University Press, 2009).

*18:Benjamin Duke, The History of Japanese Education: Constructing the National School System, 1872–1890 (New Brunswick NJ: Rutgers University Press, 2009), 71–76, 73, 281.

*19:Joseph L. Van Hecken, The Catholic Church in Japan Since 1859, trans. John Van Hoydonck (Tokyo: Herder Agency, 1960), 156–57, https://archive.org/details/catholicchurchin0000heck この学校はサンモール・インターナショナル・スクールとして現存している。現在は男女共学であるが。

*20:Margaret E. Burton, The Education ofWomen in Japan (NewYork: Fleming H. Revell, 1914), 56–58, https://archive.org/details/educationwomenja00burtuoft

*21:Alice Mabel Bacon, Japanese Girls and Women, rev. ed. (Boston: Houghton Mifflin, 1919), 311, https://archive.org/details/japanesegirlswom00baco_2

*22:Van Hecken, Catholic Church in Japan, 181.

*23:Burton, Education of Women, 254–55.

*24:Jason G. Karlin, Gender and Nation in Meiji Japan: Modernity, Loss, and the Doing of History (Honolulu: University of Hawai‘i Press, 2014), chap. 4 n49, EPUB, https://www.academia.edu/42197271/Gender_and_Nation_in_Meiji_Japan_Modernity_Loss_and_the_Doing_of_History

*25:Suzuki, Becoming Modern Women, 170n31.

*26:Shamoon, Passionate Friendship, 30.33.

*27:Suzuki, Becoming Modern Women, 67.68.

*28:Bacon, Japanese Girls and Women, 55.

*29:Yukari Fujimoto, “Where Is My Place in the World? Early Shōjo Manga Portrayals of Lesbianism,” trans. Lucy Frazier, Mechademia 9 (2014), 26, https://doi.org/10.5749/mech.9.2014.0025 しかし、藤本がエス関係を「女の子同士の恋愛のファンタジー」と表現するのは、エス関係の実態や彼女たち自身にとっての意味を矮小化していると解釈される可能性があり、やや問題に感じる。

*30:Shamoon, Passionate Friendship, 38–45. 当時、『乙女の港』はモダニズム作家(後のノーベル文学賞受賞者)である川端康成の作品とされていたが、実際は川端の女弟子である中里恒子の作品であった。 Deborah Shamoon, “Class S: Appropriation of ‘Lesbian’ Subculture in Modern Japanese Literature and New Wave Cinema,” Cultural Studies 35, no. 1, 32–34 https://doi.org/10.1080/09502386.2020.1844259

*31:Dollase, Age of Shōjo, chap. 1.

*32:Dollase, Age of Shōjo, 19–30; Shamoon, Passionate Friendship, 48–57.