大腸菌とDNA・補足

前回ようやく保留になっていたバリ甘タンパク質・ソーマチンのネタに戻ってDNAや大腸菌の保存について見ていましたが、毎回とてもご親切なコメントを下さるアンさんから、改めていくつかめちゃんこいいご質問をいただいていたので、Q&Aで補足させていただきましょう。

Q1. 大腸菌は2種類(DNA用のK株、タンパク質用のB株)あるとのことだったが、プラスミドは同じなのか?

A1. こちら、まさにちょうど「これも触れようかな、でもややこしくなるだけな気もするしな」と、前回の記事で一旦ちょろっとだけ書いてやっぱり消していた内容でした。

結論からいうと、大腸菌株の種類以上に、プラスミドは……無限に近く、種類がありまぁす

とはいっても、大腸菌の方も、K株B株というのは大きく分けたグループであって、細かく見ればその2種類の中に大量の菌株が存在するんですけどね。

どれを使うかは、結局「自分の目的に応じて」というのが結論になるわけですけど、言うほどしっかり使い分けないとダメなんてことはないので、汎用するものは限られているとはいえましょう。

ただ、特に様々な異なるタンパク質を作るという目的のB株の場合、一般的なものとして以前の記事ではBL21を挙げていましたが、例えば合成したいタンパク質がどうしてもレアコドンを多く含んでいるような場合(レアコドンについて触れていた記事→遺伝子を注文しよう)は、Rosettaという名前の株がレアコドンの合成に強いのでそういうやつを使うことがありますし、他にも、「タンパク質はそれぞれ特有の構造を取って機能する」と口を酸っぱく(指を酸っぱく?)するほど書いていますが、大腸菌では「ヒト由来のタンパク質特有の構造を上手く形成できない」こともままあります。

そんなとき、Origamiという面白い名前の、「タンパク質を上手く折りたたむことができる」ようにいじられた株(名前の由来はまさに「折り紙」だと思いますが、確か開発者は日本人ではなかったように記憶しています。Novagenの商品ですしね)を使ってみることもありますね。

RosettaとOrigamiを組み合わせた、Rosetta-gamiとかいう株もあり(試薬系最大手SIGMAのページでも売られていました↓)、大腸菌でタンパク質を作ることをよくやる研究室なんかは、こういう株をもっていることが多いと思います(僕はもっていませんが)。

www.sigmaaldrich.com
まぁRosettaなんかはBL21にレアコドン遺伝子を乗せたプラスミドをもたせただけ(大腸菌自身の染色体DNA(ゲノムDNA)は何もいじられていないはず)なので、名前が違うだけで、実際はほとんどBL21と同じ株みたいなもんなんですけどね。

他にも、K株でも、以前挙げていたDH5α以外に、これまたNovagenの開発したNovaBlueとか、同じく遺伝子工学試薬の大手Stratageneの開発したXL1-Blue、それをさらに改良したXL10-Gold(僕はクローニング用大腸菌として、今はこれをメインに使っています)とか、各社様々な工夫(よりDNAを安定に保てるとか、成長が早いとか)を凝らした菌株が売られています。

でもクローニング用大腸菌であるK株の方は特にそこまでの違いもないので、DNA分解酵素の遺伝子を欠損さえしていれば、正直何でもいいともいえる気がします(もちろん場合によっては、DNAメチル化酵素の有無が重要になることなんかもありますが)。


プラスミドに話を戻すと、結局、今回のソーマチンの例では「大腸菌にタンパク質を合成させる」ことが目的なので、それに特化した性質のpET-15bを例として挙げていたわけですけど、pET-15bは大腸菌の中であまり沢山増えない性質をもっているので、「業者に頼んで作ってもらったソーマチン遺伝子を、大腸菌に入れてしっかり保存したい」という場合、菌株のみならず、遺伝子を乗せるプラスミドDNAの方も、タンパク質合成用ではなく、DNAクローニングに特化したものを使った方がより便利で安全といえるかもしれません。

大腸菌の中であまり増えない性質」とはどういうことか…?

正直、この辺はもう細かすぎて伝わらない、ならぬ、細かすぎて面白くないので詳しく書くのもどうかと思ったんですが、まぁせっかくなので触れておきましょうか。

…と、ちょうど他の質問とも完全に関連する内容だったので、これは後ほどQ3で改めて触れてみるとします。

いずれにせよ、プラスミドにも色々種類がありまして、クローニングに特化したもので一番有名なのは、pUC18とかpUC19とか呼ばれるものなんかが知られていて……って、これは既に「クローン化しよう!」という記事で名前だけは触れたことがありましたね。

タンパク質合成に必要な特別な要素(タグとか)などは特にもたず、ただ制限酵素で別の遺伝子を切り貼りしたり、単にDNAを増やすしたりの用途をメインの目的とした、シンプルなプラスミドです。

ちなみに、上の記事でも触れていましたが、pUCのUCはUniversity of Californiaのことで、これは大学名ですけど、多くの研究者が、自分が改変して作ったプラスミドに自分のイニシャルをつけています。

例えばJohn Smithさんだったら、自分が初めて遺伝子を入れて作ったプラスミドはpJS001と名付ける、みたいな感じですね。

まぁ僕も大量にプラスミドは作ってますけど、ぶっちゃけ何か自分の名前をつけるのも恥ずかしいので、僕は固有名はつけず、普通にpET-15b/Thaumatin(NdeI-BamHI)みたいな、遺伝子を入れた親プラスミドの名前に入れた遺伝子名を足すだけみたいな形で運用しています。

まぁ、イニシャルの方がチューブに書くときとかは楽ですし、管理もしやすいのかもしれませんが、奥ゆかしい僕は自分の名前を入れるなんて何だか大げさに感じてしまい、やろうとは思えんのです。

…といっても、研究室によっては「そうしなさい」とボスが命じることもあるので、そういう研究室の場合は、好き嫌いに関わらず、みんな自分のイニシャルをプラスミドにつける感じですね。

そんなわけで、この世にはプラスミドが無限にあるわけですが、まぁ大抵何らかのメジャープラスミドに遺伝子を挿入しただけのちょっと改変版みたいな感じといえましょう。

しかし、プラスミドも大腸菌と同様、目的に応じて何らかの機能に特化したものも開発されています。

例えば、大腸菌のベスト生育温度は37℃なんですけど、37℃で生育すると、場合によっては温度に敏感なタンパク質は上手く合成できない場合があることも知られています。

その場合、低温で生育すると上手くいくこともあり、低温でも遺伝子スイッチが強く入るように設計されたpColdという名前のプラスミドが作られている…みたいな感じですね。

こちらはタカラバイオでも販売されていました(↓)

catalog.takara-bio.co.jp
まぁ、例を挙げれば切りがないぐらい色~んな種類の便利なプラスミドベクターが各社から発売されている(し、正直自分で作ることも可能)ということで、今回使うのはたまたま大腸菌でのタンパク質合成に特化したpETシリーズだった、という形です。

実際、先ほど書いた通り、pETシリーズはクローニングには向かないので、購入したソーマチン遺伝子はまずpUC19に入れて、それを自分用の永久ストックにする(二度手間だけど、その後、pETベクター制限酵素で切り貼りするなどして入れ直す)、というやり方をする人も中にはいらっしゃることでしょう。

どのプラスミドを使うかは、ひとえに自分の目的・管理方法次第、ってことですね。

Q2. グリセロールストックは、プラスミドを大腸菌に入れてから冷凍するということでいいのか?そのプラスミドは、例えばK株に入れた場合、取り出してまた違う大腸菌(B株でも)に入れて使えるってことなの…??

A2. まさにその通りです。形質転換してプラスミドが入った大腸菌を、抗生物質入り(プラスミドが入った大腸菌だけを増やすためですね)の培地で増やし、ある程度(培地が濁るぐらい)増えたら、グリセロールを加えて凍らせれば、形質転換された大腸菌のストックができるということですね。

そして、大腸菌からプラスミドDNAを取り出すのは、これはまさに次回のネタになるわけですけど、増えてくれた大腸菌をぶち壊して、上手くプラスミドDNAだけを取り出す方法が確立されているので、それを行うことでまんまと大量のDNAを手元にゲット可能という形です。

得られたプラスミドDNAは割とキレイなDNA分子なので、これを使って別の大腸菌を形質転換させることも、さらにはヒトの細胞に導入することだって可能となります。

ただ、逆に、一度プラスミドを入れた大腸菌からプラスミドを抜くのは、結構至難の業となります。

もちろんプラスミドの維持には大腸菌にとって結構エネルギーが必要なので(体内に余計なものを飼ってるわけですから)、抗生物質除いた(というか加えない)培地で増やしてやれば、余計なプラスミド維持コストが不要な「プラスミドを欠落した大腸菌」が優先して増えてくるともいえますが(だからこそ、そういうのが出てこないために、普段の実験では培地には常に抗生物質を入れて、「プラスミドもち」のやつだけが増えるように選択圧をかけてやる必要があるわけです)、それは「プラスミドを落としたやつも増えてくる」だけであって、一度プラスミドを取り込ませた大腸菌の群れから、全ての菌体で完全にプラスミドを除くことは難しいってことですね。

なので、当たり前ですが、プラスミドを一切もたない大腸菌株は、いわゆる「親株」として、グリセロールストックを切らさないように保つ必要があります。

プラスミドを入れたい場合は、そういう何ももたない親株を使って作ったコンピテントセルを用いる必要がある、ってことですね。

Q3. 大腸菌の中に、プラスミドは1個だけしかないのか??

A3. これが先ほど「後でまた」と書いていた話ですね。

細かすぎて入門編を逸脱している話になりますが、プラスミドが大腸菌の中にどれだけの数あるのかは、プラスミドの種類によって決まっています

具体的には、Oriと呼ばれる複製起点(pETシステムについて見ていた記事で、言葉だけは既に触れていましたか)の種類で決まるもので、様々なタイプがあるプラスミドがそれぞれ大腸菌1細胞の中でどれだけの数が存在するかは、コピーナンバーとして知られている形になります。

プラスミド情報ならお任せあれの、Addgeneのブログ記事(↓)に、代表的なプラスミドベクターに乗っているOriの種類とそのコピーナンバーが掲載された表がありました。

例によっていつものごとく、パクリという名の引用をさせていただきましょう。

blog.addgene.org

f:id:hit-us_con-cats:20210923060735p:plain

https://blog.addgene.org/plasmid-101-origin-of-replicationより

これこの通り、pETベクターは、コピーナンバーわずか15-20程度である一方、代表的なクローニングベクターであるpUCベクターは、500-700と、数十倍の数のプラスミドが大腸菌の中に存在しているわけですね。

一見pUCベクターの方が良さ気に見えますけど、プラスミドそのものの量が欲しいDNAクローニング実験ではこれは大変役に立ちますが、DNAではなく、タンパク質を合成したい実験の場合、DNAが細胞内にそんなにあってもむしろ害にしかならないので、タンパク質合成実験にはpETなど低コピー数のプラスミドが好んで使われている、という話になります。

ちなみに、pETのOriはpBR322由来、そのpBR322というベクターはpMB1由来で、よく見たらpUCのOriも同じpMB1由来じゃん、って話なんですけど、これはpMB1(derivative)(=派生)となっている通り、コピーナンバーが激増するように、微妙に改変されているOriなんですね。


ということで、大腸菌の中にプラスミドは1個しかないのではなく、コピーナンバーぐらいの数が存在しているということになります。

しかしもう一つ重要な点として、「大腸菌はプラスミドを1種類しかもてないのか?」という話もあるんですけど(例えば、「2つの遺伝子を導入したいから、プラスミドを2つ入れたい」みたいな場合など)、これは、「異なるOri由来のプラスミドであれば、同じ大腸菌に複数のプラスミドを入れることが可能」となっています。

それが、上の表のIncompatibility Groupの項目で、同じアルファベットのプラスミドだと、同じ複製機構を使うのでバッティングしてしまうという理由で、大腸菌は両方を同時に維持することができないことが知られているんですね。
(つまり、同じ大腸菌にpUC19とpET-15bの両方をもたせて、どちらも安定的に増やすことは不可能ということ。)

これをプラスミドDNAの不和合性などと呼んでいますが、これに関して、「そういう現象がある」ということはよく知られているものの、詳しいメカニズムについては多くの人が(大腸菌を扱う生物学者でさえも)あやふやなままになっているのが実際かと思われます。

しかしこれについては、(最早生命科学系の学生向けの話みたいになっていますが、)BioTechnicalフォーラムという生命科学系の研究者や学生が情報交換する掲示板みたいなのがあるんですけど、僕が学生時代に目にし、いたく感動した、自らの手を動かして素晴らしい実験結果を提示してくれていた神のような情報があったのが印象的で、調べたらまだログが残っていましたので、最後にそのリンクだけ貼っておしまいにしましょう。

www.kenkyuu2.net
入門編的にはマジでどうでもいい話ですけど、多くの人のために空き時間を使って自らの手で、ただただ研究仲間(と自ら)の知的好奇心を満たすためだけに素晴らしいデータを共有してくれたTさん、僕は当時大学院生でしたが、科学者たるものこうでなくっちゃ!と感じ入ったことを覚えてますねぇ~。

とてもためになる話なので、生命科学系で似たような実験を行う学生さんなんかはぜひ目を通しておくといいと思える、すごくいい教材ではないかと思います(ちなみに上の掲示板はもう書き込めないはずですが、サーバーを移し変えて運用されている現行のフォーラムはまだ全然現役で、今でも情報交換が活発になされている、とても勉強になるお役立ちサイトですね)。


…ということで、いやぁ~、かなり込み入った話ばかりになってしまって、これは正直、つまらん!

全く面白くも痒くもない話に終始してしまいましたが、一応、分子生物学遺伝子工学の基礎中の基礎である大腸菌やプラスミドDNAクローニングに関する話でした。

次回は上でちょろっと触れていた、プラスミドの回収についての話(まぁ、これもどうでもいい話に過ぎないですけどね)を見ていくといたしましょう。

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