話を「遺伝子の注文」へと進める前に、前回のDNA切り貼りに関する話について、いつもナイス着眼点の素晴らしいご質問をいただけるアンさんからまたいくつか疑問をいただいていたので、まずそちらから触れていくとしましょう。
Q1. 制限酵素とか、DNAリガーゼとかを、チューブの中でDNAと混ぜて反応させるとのことだが、具体的にはどんな状態?粉末…?液体…?あるいはぐじゅぐじゅのおじや状態とか……?
A1. これは確かに現物を見てみないと、全くイメージが湧かない所かもしれませんね。
基本的に、あらゆる生化学的反応は、液体の中で行われます。
固体は上手く混ざり合わないし、気体は一箇所に留めておくことが困難を極める……実際我々の細胞の内部も液体(色々な成分が溶けているけど、あくまで水)で満たされていることからも明らかな通り、全ての生体反応は基本的に、分子レベルで完全に混ぜ合わせることが容易で、保存や取り扱いも気体のように取り留めのなさがあるわけではない、液体の中で行われる感じですね。
極端に寒いと全てのものは固まり、極端に熱いと全てのものは蒸発してガスとなるわけですが、絶妙な温度の条件下においてのみ存在が許される液体、これこそが、物質同士による様々な反応がとてもいい感じで進行可能な、いわば神に愛された状態であり、現在観測されている限り地球が唯一の生命体を確認できている場所であるのも、「水が常時液体として存在できる環境だったから」というのがその最大の理由といえましょう。
そんなわけで、あらゆる酵素反応は、基本的に溶液(水に、塩とか必要なイオンとかを混ぜた液体)の中に、DNAやらタンパク質やらを加えて行われます。
(「基本的に」と書いたのは、例外がもしかしたらちょっとはあるかもしれないからで、個人的には「全ての反応は、溶液の中で」と書いても問題ないぐらいだと思います。)
ちなみに、DNAも水に溶けますし、タンパク質も、ほとんどは水に可溶です。
一部、水に溶けにくいタンパク質もありますが(水に溶けにくいアミノ酸ばかりがつながったような場合)、その場合は、有機溶媒に溶かす感じですね。
(最も使われるのが、DMSOの略称で呼ばれる、ジメチルスルホキシドという有機物の液体でしょう。
無機物の液体代表が水なら、有機物の「何かを溶かす」ための液体(まぁ、それつまり「溶媒」ですが)代表は、DMSOになります。
化学的にはそんなに単純でもなく、メチル基(-CH3)が2つに、酸素と、まさかの硫黄がつながっている(しかも、OとSの間の結合は二重結合に見えて、実は電子が大きく偏った、イオンに近い、単結合の一種)という、むしろかなり複雑な分子なんですが、有機物を安定的に溶かすことができる上、人体にもほとんど無毒なので、代表的な有機溶媒として(特に生命科学分野で)汎用されています。)
ちなみにDNAは、合成会社に注文して郵送されてくるのは固体(といっても粉末というほどの感じではなく、そもそもそんなに量もないので、チューブの底にへばりついたほぼ透明なフィルムみたいな感じですね)なので、使うときは水に溶かしてから使う感じです。
よっぽど巨大なDNA(染色体みたいな、1億塩基とかがつながってるものとか)だと糸を引くような感じで中々水に溶けづらいし、よっぽど高濃度に溶かしたらドロドロネバネバのスライムみたいな感じにはなりますが、プラスミド程度の大きさで、そんなに「極少量の水に大量に溶かす」とかしない限り、普通に水に溶けてくれます。
水に溶かしたら、凍らせて保存してもOKです。
すぐに何度も使うなら、毎回解凍するのも面倒だし、冷蔵庫に入れてもある程度の期間の保存は全然OKですし、最悪「実験台の上に放置して忘れてしまった!」…となっても、別に一晩とか下手したら一週間ぐらいは、室温でも全く問題ありません。
DNAは、二重らせん構造で、非っ常~に安定です。流石は遺伝子の情報保存物質として生物に選ばれただけはありますね。
一方、酵素つまりタンパク質は、DNAよりも不安定で繊細な分子であることが多いので、取り扱いには注意が必要です。
20種類のアミノ酸が組み合わさって、複雑な構造を取るのがタンパク質ですから(だからこそ、信じられないぐらい色々な機能をもつものが存在する)、モノによっては、強い衝撃を加えただけでぶっ壊れてしまう、「お前はスペランカーか!」と突っ込みたくなるような分子もありますが、特に凍結融解にはどのタンパク質も非常に弱いです。
なので、利便性・製造の容易さなどから、市販の酵素はほぼ全て液体の形で売られているわけですが(オーダーメイドの合成DNAとは違い、酵素は同じ製品ならどれも全く同じものなので、大量生産して、1本ずつチューブに分けて販売することを考えると、液体の方が便利といえましょう。ユーザー側の視点に立っても、必要量の粉末の重さを測って…とかするより、「一定量の液体を吸う」方が遥かに楽なのです)、酵素の溶液中には、グリセリンが加えられて、冷凍庫でも凍らない工夫がなされています。
ちょうど自動車の不凍液みたいなものですが、酵素にはグリセリンが50%ほど加えられた状態で販売されているんですね。
購入後、液体中に存在するタンパク質は熱にも弱いため冷凍庫で保存しなければいけませんが、グリセリンが混じっているおかげで、凍らずに、ややドロッとした液体のまま冷凍庫に保管することが可能なのです(長く保存できるのみならず、実用上も、冷凍庫から出して解凍を待たずに直接使えるので、便利ですね)。
酵素は、(制限酵素に限らずどれも大抵)こんなチューブ入り(50マイクロリットルとかですね。1滴とかそこら!)です。
酵素の他に、反応に必要な塩やイオンが含まれた溶液(「バッファー」と呼ばれます)も添付されており、必要なものは一式揃っている便利な商品ですね。
また、酵素やDNAは液体ですが(正確には「液体に溶かしている」ですけどね)、これらは、ピペットマンと呼ばれる、ダイヤルで吸いたい量を自分で設定して、使い捨ての「チップ」と呼ばれるプラスチック部を先端につけて必要量の液体を吸えるデバイスがあるので、こいつで吸って、1本のチューブ内で混ぜ合わせる感じになります。
(ダイヤル調整をしている動画もありますね)
ピペットマンがあるおかげで、液体を必要量吸い上げることは極めて容易ですから、いちいち電子天秤で必要量を測り取って…的なことをする必要のある粉末よりも、各サンプルが液体の形で存在していることのメリットは(分子レベルでの反応を進めるため以外にも、実用上も利便性が)大きいってことですね。
水・バッファー・DNA・酵素をピペットマンを使って1つのチューブ内に混ぜ合わせたら、当然そのチューブには液体が入っている感じですが、普通に、37℃に置いて(基本的に、ほとんどの酵素は体温に近い37℃が至適温度であり、この温度はよく使うので、37℃に設定された水槽や小型オーブンみたいなのを各研究室がもっています。水槽なら、チューブを浮きみたいなものに浮かべる感じですね)、酵素のマニュアルに示されたとおりの時間、ただ待って反応させる感じですね。
上述の通り酵素は基本的に衝撃にも弱いので、酵素を加えた後は、シャカシャカ振り回したりするのは厳禁です!
酵素を吸ったピペットで、やさし~く、吸ったり吐いたりして混ぜてやりましょう。
Q2. チューブの写真が載っていたが、チューブのクオリティって…なんだ?
A2. チューブのクオリティは、蓋を閉めたのに漏れる(安い製品だと、今でもたまにありますが)とか、逆にしっかり閉まるけど開けるのにめちゃくちゃな力が必要とか、あとは基本的にチューブは遠心機にかけて高速で回す(重力のGがかかって、重たいものや溶けにくいものを沈殿させるとか)ことが多いのですが、Gに耐えられなくてつぶれてしまう(ことはなくても、ヒビが入るとか)とか、もしかしたら熱や低温でも溶けたり脆くなったりするとか、まぁ昔の実験器具のことはあまり知りませんが、やはりプラスチック製品もずっと昔は恐らくクオリティも低く、当時はエッペンドルフ社の評判が、社名が商品の代名詞になるぐらい、きっと飛び抜けてよかったんでしょうね。
最近は、よっぽど安いのでもなければ各社品質の高いもの(しっかり閉まって漏れない・なのに開けやすい、低温高温OK、Gも相当かけても平気、チューブ間の重さも完全に同じで、ロット差がない、などなど)があるので、むしろ僕はエッペン社の割高なチューブは買ったことがなく、安いThermo Fisherのチューブとかを買ってますが、十分不満もなく使えてる感じですね。
サイズ感が分からなかったかもしれないので、一番使われるサイズのチューブ(前回貼ったやつ)のサイズが分かりやすい写真も、改めて紹介しておくとしましょう。
(先ほどの制限酵素のチューブも、このサイズですね。)
Q3. インサートをベクターに挿入するとき、DNAの大きさが元と違っても(挿入後、変わっても)いいのか?ベクターの「不要な断片」は小さくなくてはいけないのか?
A3. この辺の話も、実際説明がないと「どうなんだ?」と疑問に思う点ですね。結論からいうと、インサートとベクターが同じサイズだろうとなかろうと、大きさが変わろうとなんだろうと、全く問題ありません。
もちろん、インサートが何百万塩基とかメチャ長になると、
「インサートの方が、ベクターより長い」とかでも問題なしです(まぁ、それだと「どっちがインサートだよ(笑)」って気はしますが)。
インサートが6000塩基とかあると、結構長いので色々な面で効率が悪くなり(ライゲーション成功確率も低くなるでしょうし、それより、大腸菌にプラスミドを導入するステップの効率が悪そうです)、成功確率がかなり低い、やや難度の高いクローニングになるかもしれませんが、そのぐらいなら十分可能です。
また、ご質問では「アガロースゲルで流すときに、ベクターとインサートのサイズが同じだったら良くない…?」的なことも書かれていましたが、それは全く問題になりません。
ベクターとインサートはゲルの別レーンで流すので、ほぼ同じ位置にバンドが流れようと、別に互いに干渉することはないからですね。
「ベクターを切って生まれた不要な小断片」と「インサートを切って生まれた不要な小断片」は、それぞれサイズの違いで除去できてるから、アガロースゲルの役目は十分果たせています。
逆に、「不要な小断片」の方が、切り出したい断片と全く同じサイズになっている場合ですと、「必要な断片と不要な断片」を分けることができないのでそれは困りものですが、普通はそうはならないので(プラスミドの制限酵素部位は近くに密集しているからそんなに大きくなりようがないし、インサートの方も、DNA合成を注文して用意する場合ならそうならないように設計すればいいだけだし、ゲノムDNA(生物から採取した本物の遺伝子)からPCRで増やすような場合は、ゲノムDNAはめちゃくちゃでかいので、邪魔になることはまずない)、困る場面に遭遇することはまずないといえましょう。
一方、大腸菌が扱えるプラスミドサイズの上限は、正直あまりそんな大きなものを使った経験がないので分かりませんが、少なくとも1万塩基ぐらいなら全然余裕で、確か30万塩基ぐらいの人工ベクターも使われていると見たことがあるので、ある程度長くても十分柔軟性はありそうですね。
Q4. DNAリガーゼでの連結は、同じ制限酵素の切断面じゃないとつなげないという話だったのに、なぜアガロースゲルの作業が必要なんだ?
A4. もちろん、同じ制限酵素の切断面じゃないとつながりませんが、「不要な小断片」は同じ制限酵素で切られたものなので、これはつながっちゃう可能性があるんですね。
つまりこういうことです。
例えば、切断後、除去作業をせずに全部混ぜた結果、この水色の丸で囲ったもの同士がつながると…
せっかくBamHIで切断した突出部位があったのに、不要な小断片がつながることで、断面が塞がってしまうんですね!
(もちろん、このパターンだけではなく、NdeIの不要断片がつながることもありますし、インサートの断片同士がつながることもあります。(ただし、ベクターの断片同士は、こないだ書いた通り、末端を脱リン酸化すれば、ベクターの断片同士が再結合してしまうことはなくなります。)
いずれにせよ、不要断片がつながってしまうと、断面が塞がっちゃうんですね。)
断面が塞がってしまったこのプラスミドは、もう環状に戻ることはできませんね。
ちなみに触れようと思っていて書くのを忘れていましたが、プラスミドは、環状にならないと大腸菌が複製できませんので、仮に片一方だけ遺伝子の断片がつながっても、導入失敗になります。
なので、切れ端の一端でも塞がってしまうと、もうそのプラスミドはアウト、外れ確定になってしまうので、それは困るわけですね。
「不要な断片」と「連結したい断片」は、数の上では完全に1:1の比で存在しており、基本的にライゲーション反応では短いものの方がつながりやすいといわれているので、確率的に、不要な断片を除去しないと、ほとんどが不要断片で塞がってしまうゴミが生まれてしまうのです。
それを避けるために、不要な断片はライゲーション前にきちんと除いてやる必要がある、という話だった感じですね。
…というわけで、前回の話を受けて恐らく多くの方も同様な疑問を感じたであろう素晴らしい質問でしたが、触れておきたかった話にも触れられたので、とてもよかったです。
毎度アンさんからのご質問は見落としていた点に気付くことが多く、大変ありがたい限りです。この場を借りて、再度お礼申し上げます。
では次回は、前回の続き、遺伝子の注文の話へと参りましょう。