まさか!5000万円する機械より、大腸菌の方がスゴいだなんて!

楽しいタンパク質の作り方講座本編、本題に入る前の余談で終わった前回は、人間の作ったマシーンでアミノ酸をつなげる方法について簡単に見ていました。

そう、前回書いた通り、現在の科学技術ではつなげるアミノ酸の数に限界があり、例えば207個のアミノ酸がつながったギネス認定激甘タンパク質・ソーマチンを作るなんてことは、夢のまた夢なのです。

ちなみにそのタンパク質(ペプチド)合成装置ですが、気になるお値段を調べてみたところ、イプロスという機械・工業装置の総合データベースサイトに、幸い参考価格が載っていました(大抵こういうのは「価格:お問い合わせ」がほとんどですが、ラッキーなことに1件だけ表示されていましたね)。

お値段まさかの…!

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https://www.ipros.jp/cg1/合成装置/より

1000万~5000万円

う~ん高い!これでは、一家に一台というのはまだまだ夢物語といえましょう。

そして、最高グレードの5000万円の装置を買っても、残念ながら207個(ソーマチン)とか517個(懐かしの、お酒分解酵素ALDH2)とかいった大量のアミノ酸をつなげて、自分の作りたいタンパク質を作るなんてことは不可能なのです。

ではどうするのかというと、前回述べていた通り、神の創りし生命の神秘の力を借りましょう、ってことになるんですね。

もちろん、我々人間も、肝臓なんかで自前でお酒分解酵素とか作ってるわけですし、自分自身で巨大なタンパク質を合成することも余裕で可能ですが、例えばふと甘いものが恋しくなってソーマチンを作りたくなったときに、肝臓に向かって「おい!ソーマチンを作ってくれ!」と呼びかけても作ってくれません。

人間はソーマチンの遺伝子をもってないからですね(まぁ仮にもってても、「おい!作れ!」と発破をかけるだけで作れるようになるわけはないですけど(笑))。

つまり、生物に望みのタンパク質を作らせるためには、そのタンパク質の遺伝子(=アミノ酸の並び順が記されたレシピ。DNAの4文字でズラァ~っと記述された物質ですね)を導入する必要があり、これももちろん生きてる人間に作らせることも可能ですが、安全性の問題もありますし、仮に体内で作ったとしてどうやって取り出せばえぇねん、って話にもなりますから、当たり前ですけど実験室レベルでタンパク質を作る場合、生身の人間は使われません

(なお、現実世界では「意図せず遺伝子が体内に導入される」という場面もあり、それが何かというと、最近流行りのウイルスに感染するとかそういう場合ですね。危ないことは明らかといえましょう。)

そこで一番よく使われるのが、前回名前だけは出していましたが、まさかの大腸菌

大腸菌とは…?

もちろん、糞便に大量に含まれる、プールで1匹でも検出されたら即刻営業停止措置を食らう、あれです。

この大腸菌に、望みの遺伝子をもったDNAをぶち込んでやり、大腸菌の力でその遺伝子の指示通りにタンパク質をわんさか作ってもらい、たっぷりできたところでタンパク質を収穫する……簡単にいえばそれだけの話になるわけですが、5000万円する機械がどう頑張ってもできなかった200アミノ酸のタンパク質を生み出すことなんかも、大腸菌さんの手にかかれば、こんなもんエサ与えてちょちょいっと増やしてやるだけでオールオッケー、数時間~1日ぐらい待つだけで余裕なンすよ。

……ということはつまり、我々は、毎日トイレで、5000万円以上の価値のある物質を垂れ流しにしていた…?!<ナ、ナンダッテー!!


…ってまぁ、実験室で使う大腸菌は、長い歴史で色々と研究ならびに改変されてきたエリート菌様であって、それと比べたら我々の糞便に含まれる、どこのウマの骨とも知れない文字通りクソザコクソ大腸菌なんてゴミカスレベルの価値しかないといえるかもしれませんけどね。

なお、そういったエリート大腸菌は高値で取引されており……と書くと糞便をやり取りする闇ブローカーでもいるのか?と思うかもしれませんがもちろんそんなことはなく、こいつは遺伝子工学の根幹を成す重要な実験生物ともいえますから、試薬メーカーで普通に取り扱われている感じですね。

日本の分子生物学系試薬の最大手、TaKaRa(宝酒造傘下のタカラバイオ)でも、当然、売られています。

おっ、どうやら現在夏のキャンペーン中のようで、特価、お得!

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https://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?unitid=U100003545より

ちなみに、上記商品リストに掲げてあるE. coliというのが大腸菌の学名で(ヒトの学名がホモ・サピエンスであるのと同じ感じ)、イー・コーライ(アメリカ人はやっぱりこっちの発音が多い)とかイー・コリ(日本人はこう呼ぶことが多い)と呼ばれますが、1 mL(100マイクロリットルが10本セット)が大体2万円前後で売られているということで、まぁ化粧品など目じゃないぐらい高いですが、実は大腸菌は生き物だけに、一度手に入れたら自分たちの研究室で無限に増やせるため、実際にこれを買うことはほとんどない感じですね。

ほとんどの研究室が、大腸菌の冷凍ストックを既に自前でもっており、必要なときに冷凍庫から出して使う、という形です(むしろ、もってなくても、隣近所の研究室に「大腸菌くださいな」といえば、まず間違いなく分けてもらえます)。

なお、TaKaRaのリストにあるように、一口に大腸菌といっても色々な名前の菌がいますが、それぞれ特徴がある(大腸菌自身のもってる遺伝子、ゲノムが微妙に違う)ので、自分のやる実験に応じて使い分けるという感じですね。


いずれにせよ、大腸菌を使えばタンパク質を大量に合成できるわけですけど、これは突拍子もない話ではなく、実際現実世界でもやられていることであり、むしろ本当に人類を救っている技術なのです。

具体的には、例えば糖尿病患者に必要なインスリン、これは歴史的にブタの膵臓(ヒトのインスリンに近い形のものを作ってくれるので、ブタが使われることが多い)なんかから取り出されて使われていたものですが、ブタから得られるインスリンの量は少なく(1人の人が1年で使うインスリンを賄うために、ブタ70頭とかが必要とのことです)、飽食の時代となって糖尿病患者が増えてきた1960年代以降、このままではインスリンは世界的に足りなくなるぞ!と危惧されていました。

そこで登場したのが、ワトソン・クリックのDNA二重らせん構造の発見以後、飛ぶ鳥を落とす勢いで発達し続けていた遺伝子工学、まさに、件の大腸菌を用いた、タンパク質の大量合成なんですね。

あまりにも都合いいタイミングでの新技術の出現に、よくできた話だ、事実は小説よりうんちゃらだな…とも思いますが(でも、科学技術が発達した→食料の大量生産が可能になった&医薬品の大量生産も可能になった、ということで、別にそこまで奇跡のような偶然ではないのかもしれませんね)、実際に、大腸菌を使って生産されたインスリンが救世主となり、インスリン不足の懸念は解消されたのでした。

今現在でも、大腸菌由来の医薬品(タンパク質・酵素)というのはたくさん生産されており、非常に多くの人の命を救い続けているのです。

インスリンの方は、別の生物を使った方が製剤化の観点から有利ということもあり、今ではほとんど別の生物(酵母など)が使われているようですが、大腸菌もバイオ工学・医薬品生産の現場で、今でもバリバリの現役です。)


この辺に関する一般の方(非専門家の方)向けの話で今でも強く印象に残ってることがあるんですけど、大学院生の頃、所属していた研究室の准教授の先生が、よく助教の先生の所に雑談をしに来ていて、その話し声なんかが助教の先生の椅子の近くだった自分の席によく聞こえてきてたんですけど、ある日、どっか別の研究室の教授の先生だかがブログか何かで、博士と女の子の対話形式みたいな形で分子生物学を解説するというサイトが話題になっていたんですね。

そのシリーズで、ちょうどこの辺のインスリンの話が紹介されている記事で、博士が「大腸菌を使って、インスリンを合成することに成功したんじゃ」みたいな説明をした後、受け手の女の子が「大腸菌?何かばっちぃ感じ…」と応答してる感じだったんですが、この辺のやり取りが准教授の先生の癇に障ったのか、もうボロクソに、マジでこういうことを冗談交じりで一般の人に向けて発信するのよくないよねぇ、やめてほしいよねぇ…的な感じで激怒していたのをとてもよく覚えています。

まぁ実際、ブタから抽出したインスリンも、大腸菌が合成したインスリンも、同じようにしっかりインスリン以外の不要な成分が混じらないように精製するわけで(アメリカの厚労省的なFDAからも、しっかり認可を受けてるわけですしね)、汚いと思ったり言ったりするのは完全に語弊があるわけですが、でも正直ぶっちゃけ、「大腸菌?大丈夫なの…?何か汚いような…」って思うのは自然ですよね…?

僕の一連の分子生物学有機化学入門編記事も、わりかしフザけてる部分が多いので、その准教授の先生に見つかったらブチ切れられてしまいそうですが、まぁ僕はあのどこかの偉い先生による(あの当時では多分まだ珍しかった)対話形式の解説記事は分かりやすくて面白かったと思いましたし(もう検索しても見つからないので、恐らくもう退官されており、サイトも閉鎖されていると思いますが)、まぁ、そういう素人目線の話の方が好きだという方も間違いなくいらっしゃると思うので、せっかく解説っぽい記事を書くなら、厳密性より面白さを重視してまとめていきたいなぁ、と、ふとあの印象的なブチ切れ事件を思い出しつつもそんな気持ちに改めてなった、という次第でした。

(ちなみにその准教授の先生は、非常に切れ者・有能・優秀で、研究のアドバイスとかでめちゃくちゃ頼りになるマジで素晴らしい先生だった、ということも、先生の名誉のために併記しておきましょう。)


…と、今回も具体的な中身ではなく、サワリというか「大腸菌を使うのです!」という話だけで十分な長さになっちゃいましたが、次回、具体的な工程について、なるべく分かりやすさ重視で、簡潔に紹介を試みてみるとしましょう。

大まかな流れだけまとめておくので、次回はこの各ステップをもう少し細かく見ていく感じですね。


大腸菌にタンパク質を作ってもらおう!】

・まずは何はなくとも、作りたいタンパク質のレシピ、つまり(アミノ酸の順番が指定された)DNAをゲットする!

・そのDNAを、大腸菌が使える形に変換する!

・使える形に加工したら、満を持して、DNAを大腸菌にぶち込む

・DNAがぶち込まれた大腸菌選別

・選ばれた「DNAがぶち込まれた大腸菌」をひたすら増やそう

・タンパク質合成のスイッチON

・満を持して、目的タンパク質の収穫

・さすがにそのまんまでは大腸菌まみれなので、キレイに精製しよう!

→見事手元には大量の純品タンパク質が!やったね!!


…という所で、続きは次回…。

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