前回、いただいたご質問に回答をしてみましたが、質問者のアンさんからは、「なんとなく理解できてきた&ちょっとスッキリした気がするけど、まだ全部がつながって完全理解に至ったという感触はないので、まだまだこの先も疑問にぶち当たりそうです…」的なコメントをいただきました(いただいた通りの文ではなく、勝手に改変していますが)。
まぁ、アンさんに限らず、これを読まれている恐らく全ての方が、別に生命科学者を目指しているわけでも、進学を考えているわけでも生物のテストを受けるわけでもなんでもないと思うので、全部かっちり理解しなければいけないなんてことは全くないように思います。
むしろ最初はふんわり分かったか分からないかぐらいでも、色々見ていく内に少しずつ整理されていくのが生物学(に限らず何事も)ですし、そもそも、まだ分かっていないことの方が多い学問分野であるということのみならず、実は記事で書いてる説明自体が全くかっちりしておらず、入門用ということでめちゃくちゃ単純化していたり結構大事な点にまだ触れていなかったりするので(っていうか、既に、ちょっと話の流れが上手くなかったというか下手だった点もあって、やや後悔してます)、あんまり「完璧に理解しよう!」などと意気込まず、鼻ほじりながら読み流してもらうぐらいでちょうどいいかな、と思います(まぁ鼻はほじらなくてもいいですけど(笑))。
とはいえ、少しでも疑問に思う所、スッキリしない所がありましたら、それは絶対になあなあにせず、ビシバシ突っ込んでご質問いただくのが一番だと思います。
既に完成してる解説サイトとは違い、一応リアルタイムで双方向のやり取りが可能な状態であることのメリットを活かして、「質問されることや教えることが好き」という著者(まぁ僕自身のことですけど)の特性を思いっきり活用されるのが最善といえましょう。
(上で「ふんわりとした理解でOK」と書いたのは、「当面、具体的な疑問点はないけど、完全に整理し切れていない気もする…」という状況であるならば、ゆっくり別の話も見ていくことで見えていくものもあるから、それで全然いいと思う、ということですね。
具体的な疑問点、例えば「ここが分からない」「これはどういうこと?」「こないだ言ってたことと違う気がするけど?」という点は、もしありましたらドシドシお尋ねいただくのがいいと思う、という、一応上と下とで微妙に違う主張になっているつもりです。)
そんなわけで、アンさんからはまた1つ2つ軽いご質問をいただいていましたが、これがまた、誰もが感じるのに案外ないがしろにされている気がする、素晴らしいご質問だったので、改めて今回も触れさせていただこうと思います。
そういう素朴な疑問を感じられて、それを言葉に出してみるというのはマジで何より大切な気がしますし、結局、知識の解説記事なんて世の中いくらでもありますから、ただツラツラと知られていることを書いていくのではなく、そういうふとした質問に答えることこそが、一番いいブログの使い方ではないかと感じています。
というわけで、いただいたご質問を順にご紹介させていただきましょう。
Q. 例えばお酒の分解酵素は1551塩基で、それを顕微鏡とか(顕微鏡で見えるか分からないけど)で見て「あぁ、これね、ここから1551塩基、この最後の停止コドンまでがALDH2なんだよ。ほら、この504塩基目がKになってるだろ?だからキミはお酒が飲めないんだよ!」とか、分析できちゃう感じなのか…??
…そのように、「ここから、この停止コドンまでは鼻に関するDNAだよ」とか、これとこれがまざるとこれができる、とか、これはこれとこれがまざってできた、とまではわからなくても、これはこれを決めるDNAである、くらいは、2〜3万種類の遺伝子において全てわかっているの?
⇒まず、「DNAは文字情報」みたいなことを習ったときに漠然と思う疑問点、「顕微鏡で見たら、『ATGTTGC…』みたく、文字を読めるわけ?」ということ、これめっちゃ誰しもが思うあるあるですね。
もちろん、アデニンの見た目がAに似てるとか、グアニンはGっぽい形とかそんなことはないのですが(ただの名前なので)、一応それぞれ固有の形はあるので、めっちゃくちゃ凄まじい拡大率で、超小さい細胞の中の更に小さい核の中にある大量のヌクレオチドがつながったDNAのその塩基1つ1つを見て、「これはAの形、その横は…T、次はG、T、T、G、C…うーん、これはALDH2を指定するDNAでしょう!」と見ることは、理論上は可能ですが、現在の科学技術では余裕で不可能です(笑)。
現存する最強の顕微鏡は電子顕微鏡ですが、こちら、日本分析機器工業会に載せられていた分解能を紹介する画像にある通り…
(分解能の説明をしている画像なのに、解像度がだいぶ低い(ミツバチとか、ぼけぼけ(笑))のは気になりますが…)DNAを肉眼ではっきり見ることができるレベルではあるものの、1塩基レベルだと、一応一枚絵で「これがGですね」みたいに認識ぐらいはできるとは思いますけど、順番にしっかり何百何千塩基とハッキリ視認して読んでいくのは、厳しいといえましょう。
しかしそうしますと、「一番スゴい顕微鏡でも見れないって、じゃあこないだ紹介してたT(チミン)1塩基の構造、あれ何なんだよ?顕微鏡で見れないなら、誰がどうやって確認したんだ?!まさか空想…?適当こいてんじゃねーぞ!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
(念のため、一番大きい塩基であるG(グアニン)の構造がこんなの↓)
簡単にいうと、これは顕微鏡ではなく、X線結晶構造解析と呼ばれる技法で、顕微鏡で原子を見られるようになるよりずっと前から、分子・原子レベルの構造で解き明かされていた、って感じになるんですね。
構造解析の仕組みは、大学で下手したら1学期とかかけて学ぶぐらいの話なので詳細は省きますが、これは実際には顕微鏡のように実物を見ているのではなく、分かりやすくざっくりいうと、レーザーを当ててできる影の方向や形を求めて、それを計算して元の構造を導き出す、という、まぁ何のこっちゃよぉ分からんけどめちゃくちゃスゴい技術で求められているってことですね。
ちなみに「電顕はまだまだそこまで…」とは書きましたが、実際技術の発展は凄まじく、液体窒素の中で解析を行う極低温電子顕微鏡と呼ばれるかなり新しい技術なんかですと、DNAを1塩基レベルで、原子間のつながりをハッキリ見ることも十分に可能になってはいます。
…が、これも極めて大掛かりな装置と特別な処理が必要で、我々が想像するように、気軽に見る場所をずらしながら1塩基ずつA, T, G, T…とDNAを読んでいく、みたいなことは現在の技術では不可能です。
そういった特別な電子顕微鏡は、1台6億円ぐらいするみたいですね。高すぎぃ!
なお、ご質問中の、「504塩基目がK」、これはもちろんただのケアレスミスであって、アンさんが間違って理解されているわけではないと思いますが、ごっちゃになりがちな点なので要注意ポイントですね。
変わっているのは「504番目のアミノ酸」なので、DNA(塩基)でいうと1510-1512番目に位置するコドンが変わっています。
(具体的には、GAA(グルタミン酸)が、AAA(リシン)のコドンに、つまり1510番目のGがAに変わっている。)
ちなみに実際コドンがどう変わってるのか調べようと思って検索していたら、お酒分解酵素ALDH2に関して、面白い記事が目につきました。
www.ncbi.nlm.nih.gov
まぁそんなに詳しく触れるほどのもんでもないですけど、東アジア人に多く存在する、例のE504K以外にも、新たにいくつかの1アミノ酸の変化が(東アジアにおけるE504ほどの多さではないけど、ランダムよりは明らかに多い割合で、集団として持つ変化として)世界各地で見つかった、みたいな記事ですね。
例えば、一番新しく見つかったものでは、フィンランド人の1.2%のALDH2で、338番目のR(アルギニン)がW(トリプトファン)に変わっていて、これを持つ人はやはりお酒に弱い、という感じみたいです。
ちなみにこの論文は2020年5月のものなので、わずか1年前の、最新の知見ですね。このように、生命科学はまだまだ全然新しいことが色々見つかる=まだまだ全然分かっていないということの裏返しといえましょう。
ご質問のほうに戻ると、後半の、「DNAを読めば、ここからここまでが鼻の形の遺伝子だよ」とかが分かるのか、という点ですが…。
まず前回も似たようなことを書いたとおり、人間は複雑系なので、遺伝子と表現型にはやっぱり隔たりがあることが多い、というのがポイントとして挙げておきたい所かもしれませんね。
遺伝子の解析は大分進んでいますが、そのほとんどは分子レベルの反応に関するものであり(例:血糖値を下げるインスリンとか、呼吸の反応でエネルギーを効率よく伝えるために使われるタンパク質とか、そういう、ミクロなレベルでの機能や反応の仕組みが明らかで、分子レベルで完結しているもの)、一方、まぶたの形とか鼻の大きさとか、そういうマクロなものに関しては、単純な化学反応みたいなミクロなものに比べて、原因と結果が一対一で対応していないことがほとんどですから、分析が難しいんですよね。
さらにそういう難しさのみならず、そもそもそういう生きる上では割とどうでもいいことよりも、まずは生命現象の理解とか病気の治療とかに直結するものの方に研究は集結する(人手も予算も無限ではないので)という側面もありますから、そういう「面白そうだけど、あまりにも複雑」な、見た目の性質などのマクロな話に関しては、ほとんど研究が進んでいないのが現実かと思います。
なので、これとこれが混ざって髪色や髪質がこうなるとか、鼻の形がどうなるとか、そういう多くの人が興味を示しそうなものについては、ほぼ何にも分かっていないのが実情といえましょう。
(分かっているのは、ほとんど「免疫系の反応経路でこれこれの刺激に応答してこれこれを分解する酵素の遺伝子」とかそういう、一般的にはクッソどうでもいいことばかり。)
ご質問最後の、「2-3万の遺伝子で、どれぐらい何が分かってるのか?」的な話については、6年前のスタンフォード大の記事で、具体的な数字が書かれていましたが……
med.stanford.edu
約2万の遺伝子のうち、6000個がまだ機能未知 (unknown) とのことですね。
やっぱり、結構分かってませんねぇ~。
逆にいえば半分以上は機能が判明しているわけですが、その分かっているものも、あくまで「単一の機能がハッキリと判明している」ということであり(例えば、「タンパク質合成のときに、アミノ酸をつなげてくれる酵素」みたいな)、それらが組み合わさって、もっと大きな視点で、例えば歯並びがどの遺伝子のどの役割で決まっているかとか、爪の形や大きさが何によって決定されるか、みたいなそういう話は、ほっとんど分かっていないと思います。
大分技術も知識も進歩しましたが、全ての遺伝子やその役割を明らかにするには、まだまだ全然人間の複雑さの方が勝っていて、人類は生命の神秘のほんの一端を垣間見ていいるに過ぎない、という感じですね。
という所で、まだちょっとしたご質問もありましたが、ちょうど染色体の話も関わりそうな内容だったこともあり、スペース的にも、またいずれということにしましょう。
ちなみに、「最後の遺伝病の話、たった1塩基変わるだけで停止コドンになってしまうという、何というか、面白いというと語弊があるかもしれないけど、そういう病気の仕組みだったのかと、ちょっと鳥肌が立ちそうな感覚でした」みたいなコメントもいただいていましたが、そう、たったの1塩基が変わっちゃうだけで、完全にアウトになってしまうのは、本当に怖いですよね。
ただ、これに関して、記事では(分かりやすくインパクトがあるので)停止コドンに変わるパターンを例に出しましたが、実際はそれ以外の変わり方もあるのが筋ジスなので、そこはちゃんと補足しておいた方がいいかな…って後になって思い始めました。
実際筋ジスは、1塩基が変わることだけが原因ではなく、他にも色々なパターンがあって、例えばDNAの一部分がごっそり欠けてしまう、大規模な欠失が認められる場合もあります(というか、むしろそっちがメイン)。
さらに、余計な1塩基が挿入されることもあり、この場合どうなるかは、コドンの仕組みを考えると分かりますが、たった1つ余計なのが入ることで、そこから後ろの「3文字の読み枠」が完全にずれてしまいますから、指定するアミノ酸が全く変わってしまい、これも深刻なパターンですね。
まぁ1塩基が変異するのも深刻ですが、筋ジスではそれ以外にも色々なパターン(原因)があることにご注意ください、という補足でした。
そういう色々なDNAの変化パターンが見受けられるのも、筋ジスの難病たる所以ともいえるかもしれませんね。
(ちなみにずっと「変化」と書いてましたが、専門用語では、正しくは「変異」といいます。まぁそんなに完全に目新しい用語でもないので、最初からちゃんと「変異」と書いた方がよかったかもしれないんですが…)
とにかく、そういう意外とレアとも言い切れない現象を学んでいくと、案外健康な体で生まれてくるのは奇跡ともいえて、それだけで感謝すべき点かもしれないんですよね。「生きてるだけで丸儲け」の精神、案外バカにできないものなのかもしれません。
では次回、またこの辺の分子生物学の話を続けていくとしましょう。