一連のアンさんよりいただいていたご質問コメントシリーズ、今回は、こちらの記事(↓)で触れていた、酸性食品・アルカリ性食品の話に関してですね。
早速参りましょう。
梅干しは酸性だけどアルカリ性食品であるというのはもうそれでいいとして、酸性食品が健康に良くないというのは、胃の中やビオレと同じような理由で説明できる感じなんですか?体内はアルカリ性だから、とか…?わかりませんけど笑
…と思いましたが、よく読んでみたら、周りの環境繋がりではなく、酸性が悪者ではないというところから、梅干しは酸性だけど、実はアルカリ性食品なので、健康に良い…という流れですかね?…そんな気がしてきました笑
⇒これは、正直そもそもの「酸性食品・アルカリ性食品」が、そこまでデタラメとまでは言わないものの、「栄養価の方がよっぽど重要で、酸性アルカリ性うんぬんはあんまり関係ないと思う…」というのが個人的な考えかもしれず、「酸性食品が健康に良くない」というのも、若干眉唾さはあるかもしれないものの……
一応、「体内のpHは、基本的に弱アルカリ性だから」というのが、「酸性食品=消化されたら酸性側に傾く食品」が良くないとされている理由かと思います。
しかし、ちょっと検索してみたら、ほぼ完璧に自分と同じ考えをお持ちの方による、JAに寄稿されたてい健康シリーズの記事が見つかりました(↓)。
まさしく僕も書こうと思っていた内容でしたので、該当部分を引用させていただこうと思います。
実は、私たちの体(血液やリンパ液)は常にpH7.4に保たれています。つまり弱アルカリ性なのです。
…中略…
では「アルカリ性食品を多く取って体をアルカリ性に保つのが好ましい。酸性食品ばかり食べると体が酸性に傾いて健康をそこなう」という説は正しいのか。
結論から言うとこれは間違いです。酸性食品を食べ過ぎても体は酸性にはなりません。体内に酸性の物質が多くなれば体はどんどん酸を排出して、ちゃんとpH7.4にする仕組みに体はなっているからです。
そう、結局、人間の体には恒常性があるわけで、酸性に傾く食品を食べただけで体のpHがずれているようなヤワな作りでは、人間はとっくに絶滅していたのではないかと思えるぐらいだといえましょう。
もちろん強酸である塩酸をがぶ飲みしたり、強アルカリである水酸化ナトリウム水溶液のシャワーを浴び続けたりしたら即死コース待ったなしですが、食べ物として消化して栄養に変えられるようなものは、正直酸性・アルカリ性ってのはあんまり関係ないんじゃないかな、と思います。
とはいえ「pHが一定に保たれる」というのはどういう仕組みによるものなのでしょうか…?
これはズバリ、「細胞の中や外を満たしている液体には、緩衝作用がある」の一言に尽きる感じです。
今回はこの緩衝作用について、ちょろっと脱線してごく簡単に見てみようかと思います。
緩衝作用とは、一言でいえば、「薄めてもpHがほとんど変わらない。酸を加えてもpHが下がりにくいし、アルカリを加えてもpHが上がりにくい」という性質、つまりpHが変化する作用に対し、緩衝的に働く…と、そういうことなんですね(同じ言葉を使ってるだけで大して説明になってませんが(笑))。
まず「薄めても」ですが、「溶液を薄めたらpHが変化する」というのは、ハッキリとそう触れたことはなかった気がするものの、pHの定義から明らかなことになります。
pHというのは、水素イオンの濃度のことでした。
例えばpH 2の溶液(強い酸ですね)は、水素イオン濃度が10-2 M=0.01 Mなわけですが、この溶液を10倍薄めると、当たり前ですが水素イオン濃度も10倍薄まり、10-3 M=0.001 Mになるわけです。
このときこの水溶液のpHは3になるわけで、これを一般化すると、酸やアルカリの濃度を薄めると、薄めた分だけpHは中性の7に近付くといえるわけですね。
(もっとも、厳密には例の「H+濃度とOH-濃度の掛け算は一定」という性質から、↑の例の場合OH-濃度も薄まり、その結果、掛け算の値が一定になるように調節されるため、微妙に「10倍希釈でpHがピッタリ1ずれる」とはいえないわけですが、それはほぼ無視できるレベルで、「ほぼ1ずれる」と考えて問題ない状況になっています)
pHが1変わるというのは相当ですし、希釈したらpHが大きくズレるというのは、もちろん生物が生きる上でも大問題になってくるといえます。
そこで、「緩衝作用」を持つ溶液、すなわち「緩衝液」の登場なのですね。
これも、詳しく説明するためには例の高校化学最難関である「平衡」の話を抑える必要があるのでちょっと悩ましいのですが、ごくごく簡単に見てみようかと思います。
まぁ例によってウィキップ先生は何でも知っているので、この記事(↓)をご覧いただくのが早いかもしれませんが……
とはいえ説明も結構難しいですし、具体例を見るのが一番分かりやすいということで、理論はともかく具体例を見ていくといたしましょう。
高校化学の説明でもよく使われるのが、「酢酸と酢酸ナトリウムを混合した溶液」で、これは代表的な緩衝作用をもつ緩衝液の一種ですね。
なお、今さらですが、「緩衝」のことを英語では「buffer」と呼び、緩衝液そのものも、日本語でも英語でも「バッファー」と呼ばれることがほとんどです。
(正確には、Wikipedia冒頭にある通り、「緩衝液」なら「buffer solution」ですが、あまりにも実験・研究で多用されまくるので、もう「buffer」だけで溶液のことも指す形になっています。「緩衝作用」なら「buffer action」で「バッファラクション」とか言うこともありますね。)
そんなわけで記事タイトルにもした「バッファー」はまさに緩衝液のことだったのですが、ここでの例は、「酢酸バッファー」ですね。
まず、酢酸(CH3COOH)は、水溶液中でこのような感じになっています。
CH3COOH ⇔ CH3COO-+ H+
一方、酢酸ナトリウムは、こんな感じですね。
CH3COONa → CH3COO-+ Na+
…まぁ、酢酸は弱酸なので左辺と右辺を行ったり来たりのいわゆる平衡状態にある一方、酢酸ナトリウムは塩なので完全電離するという違いはあるものの、その辺は今はどうでもいいでしょう。
あぁでも一応話をする上で重要なポイントではあるかもしれませんが、詳しい部分はともかく、この水溶液の中には、酢酸分子(CH3COOH)と、酢酸イオン(CH3COO-)と、水素イオン(H+)とナトリウムイオン(Na+)と、あとはまぁ式には表れていませんし以下の話にも出てきませんが、水の中なので、当然大量の水分子(H2O)と、水が自己分離して生じる水酸化物イオン(OH-)が存在していることになります。
で、ここに何らかの酸を加えますと、当然、酸を加えたら水素イオンH+がドバドバ追加されるので(改めて、そういう性質をもつものを我々は「酸」と呼んでいるのでした)、本来ならば追加した分だけ水素イオン濃度が上昇し、pHがグングン低下していくわけですが、ここがバッファー様の凄い所!
この酢酸バッファーの場合、酢酸イオン(CH3COO-)が追加された水素イオン(H+)の大部分をキャッチし、酢酸分子(CH3COOH)に戻る反応が進んでいくんですね!
CH3COO-+ H+ → CH3COOH
もちろん、追加された全てがキャッチされるわけではないので、水素イオン濃度はある程度増えるものの、真水に酸を加えて情け容赦なくガンガン増えていくより、圧倒的にやわらげられた上昇になるわけです。
逆に、アルカリを加えた場合、これは、酢酸ってのはいうまでもなく酸ですから、普通に酢酸とアルカリの中和反応が起こるだけで、同じようにpHの変化は最小限に留められます。
CH3COOH + OH- → CH3COO-+H2O
これは中学知識のおさらいだったと思いますが、中和反応が行われている間は、pHは変化しません。
なぜかというと、pHに影響を与えるH+やOH-が、中和先のアルカリや酸と反応して食われてしまうから、要は、加えた水素イオン(または水酸化物イオン)は溶液中に残らない(上の反応式にある通り、水に戻るだけ)からですね。
そんなわけで、何とも都合いい話に思えるかもしれませんが、酸を加えてもアルカリを加えても、もちろん溶液を希釈しても、緩衝作用のないザコ溶液と比べて、pHの変化が極めて小さい(改めて、全く動かないわけではありませんが、非常に小さい)有能な溶液であるのが、こういった「バッファー」だということなんですね!
とはいえもちろん、緩衝作用を生み出している酢酸イオンや酢酸分子が尽きたらその緩衝能力もなくなるので、各バッファーには得意なpH範囲=緩衝域があるのです。
酢酸バッファーの場合は、検索すればいくらでも出て来ますが、例えばこちらの解説PDF記事の数字を参考にしますと、得意な緩衝域は大体約pH3.7~5.7のあたりで、バッチリ緩衝作用を有するようです。
しかし、先ほどの引用記事にもあった通り、人間の体の中のpHは大体7.4でした。
なので、細胞を扱ったり人間の細胞内を模した環境での実験を行いたい場合、酢酸バッファーでは緩衝作用が弱くてちょっとあんまりよろしくないんですね。
そのため、実際の生命科学・生化学では、「トリス」と呼ばれる分子を使って作られるバッファーが、極めて非常に多用されています。
正式名称は上のウィ記事にある通り、トリスヒドロキシメチルアミノメタンという、結構リズム良く言えるテンポのいい名前で、もうずーっと前の、楽しい有機化学講座で書いていた有機化合物の命名法を思い出す非常にいい題材かもしれませんけど、こちらはヒドロキシ基(-OH)のついたメチル基(-CH3)が3つ(=tris)と、アミノ基(-NH2)がくっついたメタン(CH4)(炭素は表示されないので分かりにくいですが)ということで、アイキャッチ用に構造式の画像もお借りさせていただきましょう…
こいつが、マジで僕は毎日使っているといっても過言ではない、生命系実験でお世話になりまくっているバッファーの王者、トリス様だということですね!
(トリスバッファーは塩酸を加えて作るので、「Tris-HCl pH 7.4」とか書きますが、pH 8前後のトリスバッファーは本当にあらゆる実験で常用しています。)
こちらトリス先生の緩衝域は、上記ウィ記事によるとpH 7~9ぐらいとのことで、細胞の環境に近い辺りに緩衝作用をもたせるのにうってつけの存在なわけです。
(もちろん、実際の細胞の緩衝作用はもっと様々な物質が複雑に関与して出来ているものだと思いますが、試験管の中とかチューブの中で簡便に緩衝作用を生み出すために、大変便利な試薬だということですね。
ちなみに、トリスバッファーを作る際はトリスを溶かした溶液に塩酸をドボドボ加えてpHを目的のpHまで下げて行くわけですけど(←トリス自体はかなりのアルカリ性なので(OHが3つもあるから当然)、元々はpH 11とか、かなりの強アルカリ性です)、pHが9に達した辺りから上述の通り緩衝能力を持ち始めるので、マジで塩酸をドッボドボ加えまくらないとpHが下がっていきません。
それでも塩酸を加え続ければ少しずつ確実にpHは下がっていくので、作りたいpHのトリスバッファーになるまで、塩酸を根気良く加えて作る形になっています。
目的のpHに近付いてきたのに、あまりに変化がゆっくり過ぎるためついつい塩酸をドボドボ加えすぎて「あぁ!目的のpHよりもっと下がってしまった!!やり直しだ!!」となるのは、初めてバッファーを作製する学生あるあるといえましょう(笑))
まぁ、自分には馴染みがあるものの、この分野に親しくない方には全くどうでもいいにも程があるものだったかもしれませんが、記事水増し&アイキャッチ画像のために、今回はトリスさんにお越しいただきました(笑)。
ちなみに「トリス」という名前ですが、これは先ほど見ていた通り、何気に「3」を意味する「tris」のことなので、実は「3バッファー」と呼んでいるだけの、トリスさんからしたら「いや略すのそこ?(笑)」と思われていそうな、酷い名前かもしれませんね(笑)。
では、次回はまた続きのご質問を見ていこうと思います。