前回は、原子の中の、電子が格納される部分=電子殻について簡単に触れていました。
高校で化学を選択されなかった方には確実に初見で、まあまあ小難しい感じであると思うので、簡単なおさらいから参りましょう。
まず、マイナスの電気を帯びた微小粒子である電子は、比べると遥かに大きい粒子である陽子と中性子とが集まってできた原子の中心=原子核の周りをビュンビュン飛び回っているわけですが、飛び回り方はランダムなものの完全に無秩序というわけではなく、各電子は電子殻と呼ばれる格納庫の中を飛んでいるという感じでした。
この電子殻は保有できる電子の数が決まっており、小さい方から順番にK殻、L殻、M殻…と名付けられており、それぞれ順に2, 8, 18, 32...個の電子を格納可能で、電子は当然小さい殻から順番に入っていくわけですが、各殻は最大数まで電子が入った状態(または、8個)が極めて安定な形になっており、イオンというのは何てことはない、その安定型を目指して電子が出たり入ったりする形だったのです…なんて話をしていた感じですね。
とはいえ上の話は、実は色々補足が必要な面倒な点も含んでいまして(既に「または8個」って部分なんかも補足・注意事項のひとつでした)、ちょっと細かすぎるキライもあるのですが、せっかくなのでそちらの「例外・補足」部分にも軽く触れてみようと思います。
まず、「2, 8, 18, 32...個の電子を格納可能」という点について、この数字の並びだけで「これは、数字を二乗してさらに二倍した数だね」と察しが付く方は数学のセンスの高い方ですけど、実際その通り、(前回の記事でも書いていましたが)各電子殻に格納される最大の電子数は2n2で表される…というのは高校でも習うわけですが、前回見ていたWikipediaの電子殻記事にもハッキリ明記されていましたけど、これは「理論上そのようになっていると思われる」だけであって、今現在名前が付いて知られている原子118個の中には、実は1つの殻に32個以上電子を保有するものが見つかっていません。
つまり、例の2n2ルールだと、計算上は「2, 8, 18, 32, 50, 72, ...」となるわけですが、現在知られている原子は、最大でも「2, 8, 18, 32, 32, 18, 8 (?)」個の電子までしか確認できていないので(最後の第7層=Q殻は、ここに電子を持つ原子は全て不安定であり、きちんと計測できていない、まさに「?」という状況のようです)、ぶっちゃけ第5層=O殻以降は全く無意味な数字(=ルール通りかは誰にも分からない)となっています。
せっかくなので、各殻の電子数が掲載されている表……クソ長いものを丸っと引用するのも申し訳なかったですが、英語版Wikipediaの電子殻記事に(日本語版にはなし)該当データがあったので、原子名は21番以降英語のままですが、お借りさせていただきました。
原子
番号元素名 電子数/殻 族 1 水素 1 1 2 ヘリウム 2 18 3 リチウム 2, 1 1 4 ベリリウム 2, 2 2 5 ホウ素 2, 3 13 6 炭素 2, 4 14 7 窒素 2, 5 15 8 酸素 2, 6 16 9 フッ素 2, 7 17 10 ネオン 2, 8 18 11 ナトリウム 2, 8, 1 1 12 マグネシウム 2, 8, 2 2 13 アルミニウム 2, 8, 3 13 14 ケイ素 2, 8, 4 14 15 リン 2, 8, 5 15 16 硫黄 2, 8, 6 16 17 塩素 2, 8, 7 17 18 アルゴン 2, 8, 8 18 19 カリウム 2, 8, 8, 1 1 20 カルシウム 2, 8, 8, 2 2 21 Scandium 2, 8, 9, 2 3 22 Titanium 2, 8, 10, 2 4 23 Vanadium 2, 8, 11, 2 5 24 Chromium 2, 8, 13, 1 6 25 Manganese 2, 8, 13, 2 7 26 Iron 2, 8, 14, 2 8 27 Cobalt 2, 8, 15, 2 9 28 Nickel 2, 8, 16, 2 10 29 Copper 2, 8, 18, 1 11 30 Zinc 2, 8, 18, 2 12 31 Gallium 2, 8, 18, 3 13 32 Germanium 2, 8, 18, 4 14 33 Arsenic 2, 8, 18, 5 15 34 Selenium 2, 8, 18, 6 16 35 Bromine 2, 8, 18, 7 17 36 Krypton 2, 8, 18, 8 18 37 Rubidium 2, 8, 18, 8, 1 1 38 Strontium 2, 8, 18, 8, 2 2 39 Yttrium 2, 8, 18, 9, 2 3 40 Zirconium 2, 8, 18, 10, 2 4 41 Niobium 2, 8, 18, 12, 1 5 42 Molybdenum 2, 8, 18, 13, 1 6 43 Technetium 2, 8, 18, 13, 2 7 44 Ruthenium 2, 8, 18, 15, 1 8 45 Rhodium 2, 8, 18, 16, 1 9 46 Palladium 2, 8, 18, 18 10 47 Silver 2, 8, 18, 18, 1 11 48 Cadmium 2, 8, 18, 18, 2 12 49 Indium 2, 8, 18, 18, 3 13 50 Tin 2, 8, 18, 18, 4 14 51 Antimony 2, 8, 18, 18, 5 15 52 Tellurium 2, 8, 18, 18, 6 16 53 Iodine 2, 8, 18, 18, 7 17 54 Xenon 2, 8, 18, 18, 8 18 55 Caesium 2, 8, 18, 18, 8, 1 1 56 Barium 2, 8, 18, 18, 8, 2 2 57 Lanthanum 2, 8, 18, 18, 9, 2 58 Cerium 2, 8, 18, 19, 9, 2 59 Praseodymium 2, 8, 18, 21, 8, 2 60 Neodymium 2, 8, 18, 22, 8, 2 61 Promethium 2, 8, 18, 23, 8, 2 62 Samarium 2, 8, 18, 24, 8, 2 63 Europium 2, 8, 18, 25, 8, 2 64 Gadolinium 2, 8, 18, 25, 9, 2 65 Terbium 2, 8, 18, 27, 8, 2 66 Dysprosium 2, 8, 18, 28, 8, 2 67 Holmium 2, 8, 18, 29, 8, 2 68 Erbium 2, 8, 18, 30, 8, 2 69 Thulium 2, 8, 18, 31, 8, 2 70 Ytterbium 2, 8, 18, 32, 8, 2 71 Lutetium 2, 8, 18, 32, 9, 2 3 72 Hafnium 2, 8, 18, 32, 10, 2 4 73 Tantalum 2, 8, 18, 32, 11, 2 5 74 Tungsten 2, 8, 18, 32, 12, 2 6 75 Rhenium 2, 8, 18, 32, 13, 2 7 76 Osmium 2, 8, 18, 32, 14, 2 8 77 Iridium 2, 8, 18, 32, 15, 2 9 78 Platinum 2, 8, 18, 32, 17, 1 10 79 Gold 2, 8, 18, 32, 18, 1 11 80 Mercury 2, 8, 18, 32, 18, 2 12 81 Thallium 2, 8, 18, 32, 18, 3 13 82 Lead 2, 8, 18, 32, 18, 4 14 83 Bismuth 2, 8, 18, 32, 18, 5 15 84 Polonium 2, 8, 18, 32, 18, 6 16 85 Astatine 2, 8, 18, 32, 18, 7 17 86 Radon 2, 8, 18, 32, 18, 8 18 87 Francium 2, 8, 18, 32, 18, 8, 1 1 88 Radium 2, 8, 18, 32, 18, 8, 2 2 89 Actinium 2, 8, 18, 32, 18, 9, 2 90 Thorium 2, 8, 18, 32, 18, 10, 2 91 Protactinium 2, 8, 18, 32, 20, 9, 2 92 Uranium 2, 8, 18, 32, 21, 9, 2 93 Neptunium 2, 8, 18, 32, 22, 9, 2 94 Plutonium 2, 8, 18, 32, 24, 8, 2 95 Americium 2, 8, 18, 32, 25, 8, 2 96 Curium 2, 8, 18, 32, 25, 9, 2 97 Berkelium 2, 8, 18, 32, 27, 8, 2 98 Californium 2, 8, 18, 32, 28, 8, 2 99 Einsteinium 2, 8, 18, 32, 29, 8, 2 100 Fermium 2, 8, 18, 32, 30, 8, 2 101 Mendelevium 2, 8, 18, 32, 31, 8, 2 102 Nobelium 2, 8, 18, 32, 32, 8, 2 103 Lawrencium 2, 8, 18, 32, 32, 8, 3 3 104 Rutherfordium 2, 8, 18, 32, 32, 10, 2 4 105 Dubnium 2, 8, 18, 32, 32, 11, 2 5 106 Seaborgium 2, 8, 18, 32, 32, 12, 2 6 107 Bohrium 2, 8, 18, 32, 32, 13, 2 7 108 Hassium 2, 8, 18, 32, 32, 14, 2 8 109 Meitnerium 2, 8, 18, 32, 32, 15, 2 (?) 9 110 Darmstadtium 2, 8, 18, 32, 32, 16, 2 (?) 10 111 Roentgenium 2, 8, 18, 32, 32, 17, 2 (?) 11 112 Copernicium 2, 8, 18, 32, 32, 18, 2 (?) 12 113 Nihonium 2, 8, 18, 32, 32, 18, 3 (?) 13 114 Flerovium 2, 8, 18, 32, 32, 18, 4 (?) 14 115 Moscovium 2, 8, 18, 32, 32, 18, 5 (?) 15 116 Livermorium 2, 8, 18, 32, 32, 18, 6 (?) 16 117 Tennessine 2, 8, 18, 32, 32, 18, 7 (?) 17 118 Oganesson 2, 8, 18, 32, 32, 18, 8 (?) 18
2023年現在、最も原子番号=陽子の数の多い元素はすぐ上にあるオガネソンですが…
これは上記ウィ記事にもある通り、「2016年11月28日に正式に命名された」ものであり大変新しい元素なわけですけど、「放射性を持ち非常に不安定であり、2005年以降、わずか5つ(もしかすると6つ)の294Ogしか検出されていない」とのことで、普段5000億万兆個とか(それでも控えめすぎる)の数が登場してくる原子がわずか「5個」って、幻すぎでしょ(笑)と笑えるものの、一応正式に存在が認められ、名前も付いた原子だということですね。
また、「元素の一覧」記事によると、「さらに予測されている未発見の元素が173番まである」とのことで、もっと科学技術が発達したら、もしかしたら1つの電子殻に33個以上電子が入った原子も見つかるかもしれないものの、今現在は少なくともそんな原子は現実では確認されていない、というお話でした。
まぁ1つの殻の最大数はともかく、先ほどの表を見てみると、何気に、前回書いていた「電子は小さい殻から順番に満たしていくのです」というのも、補足が必要な例外事項を含んでいることが容易に確認できるかと思います。
第3層=M殻は、2×32=18個の電子まで格納できるという話でしたが、原子番号18番アルゴンの、K: 2、L: 8、M: 8で合計18個の電子、ここまではいいんですけど、続く19番カリウムは、M殻は18個まで電子を抱える余裕があるにもかかわらず、なんと、K: 2、L: 8、M: 8、N: 1と、次の電子はM殻には入らず、次の階層であるN殻に1つ入る形になっているんですね…!
これは、そういえば高校時代はどう教わったのかあんまり覚えてませんけど、結局のところ電子軌道論を学ぶと理由が分かる話になっていまして、突き詰めると「その方が安定だから、そうなる」としかいえないのですが、ここはまぁ「殻の中の電子の数が8になったら、一旦安定」という風に考えて、そうなっているんだと納得する他ない感じといえましょう。
ちなみに、意味分かんなすぎて腹立つのりなポイントはまたすぐにあり、その次の原子番号20番のカルシウム、これはK: 2、L: 8、M: 8、N: 2と、N殻にもう一個追加される形でまぁ納得できるものの、続く21番のスカンジウム、こいつの電子配置はなんとまさか、K: 2、L: 8、M: 9、N: 2と、電子が入り始めたN殻ではなく、突如またM殻に電子が格納され始めるという、意味不明すぎて考えるのをやめたくなる流れになっているのです…!
カルシウムまでは「8個で安定」という話で納得いくものの、続くスカンジウムは「じゃあ何で8から9になんねん!」と憤りを覚えて暴れる生徒が多発することを恐れてか、周期表の内「水兵リーベ…」で覚えさせられるのは実は20番のカルシウムまでになっており(一番多い覚え方は、「シップス・クラークか」の「か」がカルシウムですね)、結局高校までの化学でそれ以降の原子にほとんど触れることがないのも、またそもそもカルシウムに比べて原子番号順ではすぐ横にいるはずのスカンジウムとかいう野郎がマイナー極まりないのも、間違いなくこの電子軌道の複雑さにあるんじゃないかなぁ、と思います。
(改めて、物質の反応性安定性を決めているのは電子配置なので、電子の配置が変な風になるスカンジウム以降は、その性質が20番カルシウムまでと比べてガラっと変わるんですね。)
…と、既に割と小難しい話になっていましたし、こっからはガチの大学教養レベルですが、サワリのサワリだけせっかくなのでどういう仕組みになっているのか触れておくといたしましょう。
(当然、エネルギー準位の詳しい数字や複雑な数式は一切抜きで……僕も正直そこまではよぉ分からんので(笑))
といっても話は意外と単純で、前回から見ていたK殻、L殻…という格納庫以外に、「軌道」と呼ばれるいわば小格納庫、副電子殻というものを考えてやれば、この電子の入る謎の順番が概ね説明できるようになっています。
改めて、電子軌道のウィキページから表をお借りしましょう。
小軌道に収納可能な電子数 小軌道 方位量子数 電子数 名前の由来 s軌道 0 2 sharp p軌道 1 6 principal d軌道 2 10 diffuse f軌道 3 14 fundamental g軌道 4 18 fの次
数式の絡む方位量子数は無視するとして、その「サブ格納庫」はs軌道、p軌道、d軌道、f軌道…と名前が付いており、この軌道には表にある通り2, 6, 10, 14, ...個の電子が収まることが知られています。
この数字は、普通に1から順番に奇数×2となっているので、(2n-1) ×2という感じで一般化できますけど、この数を踏まえて、実は、電子の入る順番はこういう関係になっているのでした(↓)。
数字がK殻(=1)、L殻(=2)…に対応しているので、画像内の文字説明にある通り、1行目がK殻、2行目がL殻、3行目がM殻…なわけですけど、まず、K殻というのは電子が2つまで入るのでした。
そして、s軌道も電子2つまでエントリー可能です。
したがって、「K殻にはs軌道しか存在しない」といえるんですね(どちらも電子2つ分の余裕があるため)。
一方、L殻には8個まで電子が入るのでした。
そして、s軌道は2個、p軌道は6個なので、L殻という大格納庫には、s軌道とp軌道という小格納庫が存在しているという形だといえるわけです(L=8、s=2、p=6なので)。
同じように、M殻には18個まで電子が入りますが、これはちょうどspd軌道3つが存在している感じになるわけですね(M=18;s=2、p=6、d=10)。
以上の表記を踏まえた上で、図に戻りますと、電子の格納順というのは、赤の矢印が表しているというのが全ての解決案だったのです。
つまり、1行で表してみますと、1s→2s→2p→3sとここまでは問題ないのですが、次の3pの後は、3dではなく4sに行くということなんですね!
電子の数込みで書き下してみましょう。
1s (2つ) → 2s (2つ) → 2p (6つ) →3s (2つ) →3p (6つ) → 4s (2つ) → 3d (10個) →…
と、18個目までは順当にK (1s) → L (2s2p) → M (3s3p) と入っていくものの、19個目の電子は、同じM殻の3d軌道ではなく次のN殻4sに入る、そして4sに2つ入ったら、M殻3dにまた戻っていく……という、先ほど見ていたスカンジウム以降の謎の電子配置・収容順の説明がこれでバッチリされていた、という感じでした…!
なぜ同じ殻ではなく、次の殻の軌道へといきなりジャンプするのか…?
これはまぁ、その方がエネルギー的に安定だから、というのが究極の理由ですけど、素晴らしく分かりやすい例え話が同ウィ記事にあったので、引用させていただきましょう。
例えるなら、近くの建物の3階へ引っ越すより、遠い建物の1階へ入居するほうが簡単という事である。これがO殻、P殻に32個より多くの電子を持つ元素が見つかっていない理由でもある。
うーん、長々と書いた割に、「だから?」って話でしかないんですけど(笑)、この辺の原子構造・電子軌道論は、数式を抜きにすれば意外と面白い(ルール自体は理解もしやすい)話なので、ちょっとした教養ネタとして触れてみた次第でした。
(とはいえ、このルールも、途中破綻する例外原子を含んでいるわけですけど、まぁ自然界に例外はつきものですし、概ねこの法則でほとんどの原子の電子配置が説明できる、偉大な考え方だといえましょう。)
…と、当初触れようと思っていた周期表の話などにまたしても届かぬ内に時間切れとなってしまいましたが、続きはまた次回していこうかなと思います。