コメ返信や補足その1-16:それは過去のお話

それでは、中途半端に全体の途中で別の話に脱線状態であった、いただいていたコメントの続きに参りましょう。

コメントに触れていたのはこちらの記事で、そのコメント自体をいただいていたのはこちらの記事(↓)ですね。

con-cats.hatenablog.com

(記事の中身に触れる内容があるので、目立つようにリンクカードで触れてみました。)

 

早速参りましょう。

 

そもそも、I'm doneって、I didでよくないですか?I finishedはダメなんですか?

まぁ、、あかんのですよね笑


⇒これは本当に、完了形という特定の文法構造を持たない我々日本人には悩ましく疑問に思える話といえますねぇ~。

実際の所、普通に過去形で「I finished.」と言っても通じなくはないと思うんですけど、やっぱり少し自然ではないというか、この場面ではどう考えても「I'm done.」の方が「相応しい」という感じと言える形ですね。

(改めて簡単に振り返っておくと、「後ろで次にその装置を使いたい人が待ってる状況で、自分がその装置での作業を終えた時に、その人に言うような台詞」についての話になります。)


日本語には「完了形」という活用変化がないので、ピタリの例えはできないわけですが、あえて日本語で例えて言ってみると(改めて、今の例と直訳・逐語的に完全に対応しているわけではなく、あえて例えればそういう感じが近い気がする、という話になります)、上記の例で、装置を使い終えた時に、

やりました!

という台詞を放つ日本語学習者の方に出会ったとしたら(自分が待ってる側ですね)、もちろん「作業をやり終えたんだろうな」ってことは確実に汲み取れると思うし、実際「やった」ことには違いないんだけれども、この場面ではもっと相応しい言い方があるから、日本語ネイティブなら普通はそうは言わないかな(日本語話者なら、通常、「終わりました」などと言う)、と思えてしまうのではないかと思います。

それと同じで、まぁ通じるし、言わんとしてることも実際必ずしも完全に間違いではないから決してダメではないんだけど、この場面の台詞としては、やっぱり自然とは言えないかな…と思えるのに近いという感じですね。

(くどいですが、別に「I did.」や「I finished.」が「やりました!」という意味になる/「終わりました」という意味にならない、ということを論じたいわけではなく、ネイティブが受け取るであろう感覚というのは、それと似た感じと言えるんじゃないかな…という、あくまで例え話です。)

(…まぁ一応、I didの方なら、(doはこの文脈だと他動詞の方が自然に思うので、「I did it.」の方がより自然という点もあるものの、その言い方であれば)一応たまたま「やりました」に結構近くはなりますが…。)


「I finished.」のニュアンスをより正確に考えてみますと、まず、過去形というのはあくまで「過去のある時点で完結したこと」を表す表現であり、現在とのつながりが希薄なんですね。

一方、完了形というのはこないだも書いていた通り、「(時間という数直線上で)矢印が伸びている」イメージになるため、現在完了形を用いることで、「ちょっと前からやっていた行為が、今まさにその台詞を放った瞬間、すなわちちょうど現在にまで伸びている」という意味合いになっています。

したがって、件の場面の場合、「ちょうど今、やり終わりましたよ!」という、今現在のことを語るためには、この現在完了形がピッタリうってつけだといえるわけですね。

(…あ、と思ったら、「I'm done.」は現在完了形でも過去分詞でもなかったですね…!

 まぁI'm done.はやや特殊な慣用句みたいなもので、実際この場面で「I've finished.」ともいえますし、過去形と現在完了形の違いはそういうイメージだ、というお話です。)


一方過去形だと、上述の通り、これは現在とのつながりが感じられない表現になっていますから、(もちろんこの場面でそう言った場合、「あぁ今終わったことを言ってるんだろうな」と推測してもらえて、意図は伝わるとは思いますけど、)あえて大げさに日本語で書けば「終わってました!」(あるいはもっと仰々しく「昔終わらせました!」とか)と宣言しているようなもので、待ってる人からすれば「??…何が終わってたん?いいから早くその作業終わらせてよ、こっちは待ってるんだからさ」とも思われかねない(改めて、常識的に考えて、「『I've finished.』という意味で言ってるんだろうな、この非ネイティブの人は」と察してもらえるとは思いますけどね)…って話だといえましょう。

 

とはいえこの辺の話は、各種英語本の受け売りに過ぎず、僕自身、実際に自分が言って/言われて、ありありとその感覚を肌で感じるレベルに達しているというわけではなく、知識として知っているだけ…というのは何度も書いている通りなんですけどね。

ただ、これまで学んできたことと多少の経験とから、過去形というものはそういうニュアンスが伴った表現となっている……というのは間違いないように思います。


…そしてさらに言うと、というか改めて考えてみると、カジュアルな場面では、普通に「Finished!」の一言で済まされることもままあるかな、とは言える感じだったかもしれません。

ただこれはもちろん省略した表現であり、具体的には「I've finshed.」の省略であると考えるのが一番自然ですから、これでも決して過去形ではない、という風にはいえるように思います。

finishという動詞は過去形と過去分詞が全く同じであるため若干ややこしいわけですけど、実際他には「Done!」で済ます場面もあるっちゃありますから、これが「I'm done!」の略なのは疑いようもありませんし(この場面で、「Did!」や「Did it!」は絶対に聞きません……「Did it!」は、「You did it!」の略で、「やりましたね!」「よくやった、凄いよ!」という意味で使われます)、やはり仮に省略されていても、ネイティブの頭には完了形・過去分詞を用いている感覚が浮かんでいるのではないかな、って気がしますね。

 

この辺は、本当にややこしいというか難しい話で、その理由としては結局、(先ほども書いていた通り)日本語に現在完了形にピタリ当てはまる表現がない(日本語の場合、過去形が英語の完了形も代用できてしまうことがほとんどであり、「これが現在完了形の和訳です」とハッキリ分かる形で示すことが困難)という話に尽きるわけですけど、個人的に一番大事な感覚は、過去形とか現在完了形とかは、「あくまで話し手の意識に過ぎない」というものに尽きる気がします。

つまり、何といいますか「そうしなければいけないルール」とかではなく、あくまでも「その人の話している内容・意識が、今現在につながっているか、いないか」に過ぎないので、「こういう場合はこっちの形で言わなきゃいけない」みたいな強迫観念に囚われるのではなく、その場のノリで好きな方を選べばいいんだよ、ぐらいに気軽に構えるのがベストではないかな、なんて思います。

(…ってまぁ、「ついさっき、『次にその装置を使いたい誰かが待っている状況で、過去形はおかしい』って、あーた『こういう場合はこっちの形を使わなきゃいけない』って言ってたばっかじゃん!」って話ではあるんですけどね(笑)。

 ただこれはあくまで、例の状況なら、「まさに今やり終えたことを相手に伝える」ことが確定しているため、その場合であれば選択の余地はなくなってしまうんだけど……という話であり(というか改めて、よく使われる「I'm done」や「I'm finished」は過去分詞でも完了形でもないわけですが、あくまで考え方として、この場面なら過去形ではなく現在完了、って話です)、伝えたかったのは、全ては文脈次第であり、これらは「場面場面に応じて自分の気持ちがどっちに向いているのかを込められる便利な表現」であること……つまり「従わなきゃいけないルール」などではなく「便利なツール」に過ぎないとでも考えておく方が、実際に英語を話さなくてはいけない場合、幾分気持ちも楽になることでしょう…という話だった、って所ですね。)


これに関して、過去形と現在完了形とで「『どっちじゃなきゃいけない』というわけではない」および「あくまで書き手の意識に違いが表れるだけ」という例で、とても明瞭簡潔な説明がまたマーク・ピーターセンさんの名著『日本人の英語』にあったので、一段落だけ引用させていただきましょう。

 

 My sister studied English.

 My sister has studied English.

 この二つの文章は両方とも過去に勉強したことがあるという事実を述べているが、比べてみると、前者より後者の妹の方が英語が上手にできるようである。ただの"studied English"だけであったら、過去に勉強したことと今の彼女との繋りは一切暗示されない。一方、現在完了形の"has studied"は過去の勉強の現在における結果を暗示する。要するに、過去に勉強したということは今でも具体的な意味があり、その勉強の影響がいまだに続いている状態は"has studied"で表現される。たとえば、勉強した結果、今でも英語ができるケースはその代表的な例である。

 

大変分かりやすいですね。


せっかくなのでもう一つ、直接全文引用はしませんが、別の本(『マーク・ピーターセン英語塾』)から、同じく非常に「なるほど!」と思えた部分の、エッセンスだけ抜粋させていただきましょう。

こちらで非常に分かりやすい例として挙げられていたのは、友人の男性に、「お前、なんとか勇気を出して、彼女をデートに誘ってみたか?」という質問をする場面(manage to~=「なんとか~する」という意味のフレーズです)で、

  • Have you managed to get up the courage to ask her out?
  • Did you manage to get up the courage to ask her out?

と、現在完了形(Have...managed)と過去形(Did...manage)の部分が違うだけの2文が紹介されていました。

これらはそれぞれ、聞き手の側に、

  • 現在完了形:「なんとか勇気を出そうと頑張る」という行為は現在にも続いているものであり、「これまで勇気を出せなくても、これからは出せるようになる可能性がまだある」という意識
  • 過去形:勇気を出せるかどうかはもう過去の問題として終わっており、現在にまで続いている話ではない、つまり「これまで出せてなかったんだから、これからも勇気を出せることはあるまい、本人はもうあきらめているだろう」という意識

…が根底にある台詞だということになるんですね。


なので、この台詞を言われた本人が既に彼女のことをあきらめていた場合、現在完了形で尋ねられたら、せっかくあきらめているのに、今更蒸し返してプレッシャーをかけてくれるなよ…と少し嫌な気持ちになり、それに比べて過去形で聞かれた場合は、答がどっちだろうがもう今更関係ないな、聞き手は「あきらめててもおかしくない」と考えていそうだからね、と思える感じで、質問されても気持ちの面で幾分助かるわけです。

一方逆に、本人があきらめていなかった場合、当然事態は正反対になりまして、現在完了形なら「まだあきらめる必要はないと思うよ」という後押しをもらえるようでありがたく感じ、そうではなく過去形で聞かれたとしたら、「もう無理だよ、終わった話だろそんなの」という聞き手の意識が垣間見られて、言われた本人はドキッとしてしまうかもしれない、という形になっている……

というこれまた大変に分かりやすい解説でした。

 

…とこのように、本当に、結局は過去形と現在完了形なんてニュアンスの差でしかないともいえるため、これらの表現には凝り固まったルールがあるわけではなく、あくまでも話し手の意識・感覚の違いでしかないんだ、ということを意識すると、理解がより深まりやすいかもしれませんね……というお話でした(ただ、くどいですが、そのニュアンスの差が、場面・状況によってはおかしく聞こえてしまうこともある、という点には注意かもしれません)。


ちなみに、「そんな、話したいことが『現在とつながってるかつながっていないか』なんて、いちいち毎回意識してらんないよ!英語ネイティブは、毎回そんなこと考えて話してるの?あり得んだろ!」と思えるかもしれませんが……というか実際僕もそんな風に感じてしまい、中々完了形とかは思うように使いこなせないわけですけど、これはやっぱり、もう言語の仕組みがそうなっているので、「そんなことは意識せずとも、口をついて出た表現にそういうニュアンスがついて回る」という方が近いのではないかと思えます。

例えば日本語でも、(今適当に考えた適当な例ですけど)「昨日、財布落としたんだけどさ…」と「昨日、財布落としちゃったんだけどさ…」という二つの文、後者はより「うっかりやってしまった」感が強いわけですけど、別に「うっかり感を出したいから、『落とした』を『落としちゃった』と活用させて言うことにしよう」などと考えて発言するような人はまずおらず(というか絶対いません(笑))、そのうっかり感・がっかり感から自然と「落としちゃったよ~」という言葉が口をついて出るわけで、最早無意識でもフィーリング次第でそういう表現に自然となるのである、それが母国語なんだ……って話なんじゃないかな、って気がします。

改めて、英語話者にはそれが当たり前なのでそういう風な使い分けを自然と、当たり前のようにしているけれど、残念ながら日本語にはドンピシャ完了形に相当する概念というか活用がないので、日本人にとって完了と過去を使い分けるのはとても難しいのも仕方ないことでしょう、みんな難しいと思ってるし、あんまり不安に考えず、ニュアンスとノリで乗り切るのがいいと思います、というTIPSでした。

(まぁ、そんな軽いノリだから、僕はあんまり英語が上達していないといえるかもしれないんですけどね(笑))

 

ということで、また似たようなことをごちゃごちゃ書いた結果、結構いい分量になっていたため、コメントの続きはまた次回にまわさせていただきましょう。

(続きの部分が、「元記事と密接につながっている話」だったので、今回は冒頭でリンクカードを貼る意味もあまりありませんでしたが(笑))


アイキャッチ画像は、まさしく特に何もなかったので、「過去形は、写真を見るようなもの。現在とのつながりはないことを語っている表現だ」と、どこかで聞いたような気もするので、それっぽいいらすとをペタリと貼って誤魔化させていただきましょう。

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