続・青い花の同人誌『That Type of Girl』日本語訳その48:なんとも…ややこしい(前半)

今回の章は、そこまで長いわけでもないんですけど、例によって大変社会的な内容で、いくつか注として補足も触れておこうかなと思える点もあったため、1つの章を前半後半に分けて、2回に分けてまとめてみようと思います。

まぁ、単なる記事の水増しですね(笑)。

まずはタイトルの補足から参りましょう。

 

-----Frankさんによる今回の章のタイトル解説・訳-----

"It's... Complicated"

この章自体でも触れていたように、これは、Anime Feminisitのアニメレビューで使われる「It's...Complicated」という分類ジャンル名に由来している。

この章題の訳し方には、二通りあると思う。一つは、「it is complicated(それは複雑だ)」というフレーズを直訳する方法。

そしてもう一つは、同じような気持ちを表す日本語のフレーズを探すことである:ある人が、何か(今回の場合だと、漫画とその作者)に対して葛藤しているかもしれない、という意のフレーズだ。


私は、Anime Feministのサイト運営者や、そのファンの人たちとDiscordサーバーで頻繁につながっているのだが;その中に日本語が分かる人が何人かいるので、彼らに提案を求めてみた。

一人から、「なんちゅうか...」という日本語をもらえた。また、別の人からは、「厄介、微妙、複雑」という単語の内のいくつかを使ったフレーズを提案された。

翻訳タイトルとして何がいいか、案はあるかい?

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なるほどこれは面白いですね。

まぁ「なんちゅうか…」は、もちろん全く悪くはないんですけど、やや口語的過ぎて、この考察本の章タイトルにはあんまり合わない気もしてしまうかもしれません。

(とはいえ以前の章で、口語的なものもあった気もしますが…。)

その他の案、「厄介・微妙・複雑」などもどれも問題ないですが、まぁアニメレビューサイト由来ということで、アニメといえばやはり平仮名でしょう、という気がしたため(偏見)、「It's... complicated」という構造自体は踏襲して、表題の通り「なんとも…ややこしい」というタイトルを考えてみました。


実はまだ章全部を読んではいないので、もしもっと内容に相応しい訳がありそうだったら改訂しようと思いますが、まぁ多分そのままでもいいんじゃないかな、と思っています。


では早速本編に参りましょう。

今回は、考察本全体の中では本編というより「終わりに」的な、「読み終えた後に」のセクションに入る節で、工女の歌などに触れていた「ヘチマの花物語」の次に挿入された新章ですね。

上述の通り、今回は前半半分のみで、続きは次回にまわす形です。

 

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That Type of Girl(そっち系のひと)~第二版~
志村貴子青い花』に関する考察

著/フランク・へッカー 訳/紺助

 

(翻訳第48回:第二版207ページから208ページまで)

なんとも…ややこしい

旬のアニメシリーズのまとめサイトであるAnime Feministでは、アニメ作品を様々なカテゴリーに分類している:「フェミニストのポテンシャル(可能性)」「イエローフラッグ(注意)」などだ*1。その一つに、「It's...Complicated(なんとも…ややこしい)」というのがある。このカテゴリーのアニメは、「進歩的なアイデアやテーマを扱っているように見える」のだが同時に、「噛み切れないほどの噛み応えがある」、あるいはさらに「選んだテーマがややこしくぼやけたものになってしまう危険性がある」とのことだ。

これまでの章で述べてきたように、『青い花』には、単なる「女子学生百合」の枠を超えて、驚くほど多彩なキャラクターや物語構成要素が登場する、ということについては疑いようがない。ただ、これらのキャラクターや構成要素の中には、物語に上手く組み込まれていないものもあり、時には物語を台無しにしているといえるかもしれないものもある(例えば、あきらとその兄にまつわる小ネタなど)ことも事実であろう。

しかし、『青い花』を総括すると、「なんとも…ややこしい」カテゴリーに分類される可能性がある点として、もう二つのポイントがある。それは、作者と、作者の産み出した登場人物の運命にまつわることだ。

近年、多くの人が、「主人公と作者が、疎外されたアイデンティティを共有している」作品を、「最重要な声を中心に据えている」という発想で推進することが多くなっている*2
この「own voices(自分の声)」運動や類似の取り組みは、アメリカのヤングアダルト (YA) 文学界隈から生まれたが、他の国や別の界隈でもこの原則を適用している人が現れている。例えば、エリカ・フリードマンは、自身がレズビアンであることを公表している日本人作家による百合漫画やその関連作品の普及に努めている*3

こういった努力や類似の試みは、疎外された作家たちに積極的にスポットライトを当てようと頑張っている。しかし、これは人間の性質上仕方のないことだが、疎外されたキャラクターを登場させる作品でありながら、それを産み出した作者自身が疎外された立場であると認識されていない場合には特に、論争が巻き起こってしまうこともある。

この「誰が誰について書くことができるか」という問題は、社会的に疎外された特定のグループのために、誰が発言し、代表し、擁護することができるかという、より広範なポリティカルな問題と相互作用しているのである。特に日本では、セクシャル・マイノリティに属す活動家が、「当事者」(「(直接的に)関係のある人々」という意味)である重要性を強調してきた。この「当事者」という言葉は、法律や行政手続きの文脈から生まれたものだが、様々な形で差別される人々の集団についても適用されるようになってきたのである*4

これに対して、直接関わっているわけではない人、つまり差別の対象ではない人を「非当事者」という。この文脈において、自分たちの集団が抱える問題について語るには「当事者」が(唯一ではないにしろ)最適であり、「非当事者」の意見はあまり意味がなく、無効であるとさえ考えられている。

このような「当事者」と「非当事者」の区別は、ポリティカルな話以外の分野、例えば漫画の世界でも論争を巻き起こしている。一例として、「ボーイズラブ」あるいは「BL」というジャンルは、その作者やファン層がほとんど完全に異性愛者の女性だけで構成されていると認識されている。「ゲイの『当事者』の中には、このジャンルの制作者やファンは、ゲイ男性に対する『無責任な』表現を用いて交流しており、このジャンルが『本物のゲイ』に与えかねない悪影響に対して盲目的だ、と批判する者もいる」とのことだ*5

 

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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いやぁ~、非常に硬派で、まさに今の時代ならではの新しいトピックといえる、大変興味深い内容ですね!

まぁ「注」という程でもないのですが、いくつか専門用語的なものも出てきていたので、そこだけ触れておこうと思います。

 

まず、「marginalized identity」というフレーズが使われていたのですが、これは、「疎外されたアイデンティティ」と訳されることの多い、このジャンルの話におけるキーワードっぽい用語ですね。

文献によっては、「境界性アイデンティティ」とされることもあるようですが、いずれにせよ、コミュニティで疎外されているマイノリティの方の自己認識的なものをさす言葉といえましょう。


そして「当事者」という単語も、これは考察本原典の英文でも「tōjisha」と表記されていたわけですが、我々には説明不要な単語であるものの、この文脈において結構重要なキーワードであると思われます。

その辺の話については、実際まさに僕は当事者じゃないので中々深くは語れないのですが、今の時代は当事者以外も当事者の気持ちに立って考えることを推奨されている気もしますし、大切なポイントといえそうですね。


なお、こちらの参考文献に、マクレランド教授の論文が使われていました。

脚注でもリンクが紹介されていますが、ここでもうちょい目立つようにリンクカードを貼らせていただきましょう。

ro.uow.edu.au

それから続いて「political」という単語、こちらは日本語だと「政治的」という訳一択になるわけですけど、この文脈的には、どうも「政治的」ってしっくり来ない気がするんですよね。

政治的というと、まさに政党や国会や選挙などのまさしく「国、自治体の政 (まつりごと)」というイメージが強く、この文脈でのpoliticalってもっと社会一般的な、まさにカタカナで書かれる「ポリティカル」というイメージが強いように思えたので、上記翻訳文では、「ポリティカル」という語をそのまま使わせてもらいました。

ポリティカル・コレクトネス」なんかで使われるニュアンスですね。

ただ、Wikipedia(↓)を見たら、「政治的妥当性とも言われる」とありましたけど、やっぱりこれは「ポリティカル」の方がしっくり来る気がします。

ja.wikipedia.org


あと最後他には、#OwnVoicesというキーワードというかトレンドについて、本文では全然説明がなかったので追加で書こうかと思いましたが、こちらは脚注の方でしっかりちゃんと触れられていたんですね。

まぁ脚注で触れられているリンクは英語で、軽く検索しても日本語での説明はほとんどなかったため説明を加えてもいいかな、と思いましたが、まぁとりあえず本文の翻訳を先に優先させるといたしましょう。



…とそんな訳で、中身には触れていない、ただキーワードをいくつか拾っただけの注でしたが、また最後まで読んで、何か語りたいことがあったら追って個人的な雑感に触れさせていただくとしましょう(とはいえ、ややセンシティブで難しい話なので、多分これといって書けることもなさそうではありますが…)。

『こいいじ』5巻、https://www.amazon.co.jp/dp/B01HRE4SIQより

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*1:Anime Feminist, “2022 Winter Premiere Digest,” January 14, 2022, https://www.animefeminist.com/2022-winter-premiere-digest/

*2:Corinne Duyvis, “#OwnVoices,” accessed July 1, 2022, https://www.corinneduyvis.net/ownvoices/

*3:Erica Friedman, “‘Own Voices’: Are There Queer Creators Creating Yuri?,” YouTube video, 15:23, December 13, 2020, https://www.youtube.com/watch?v=eqZeCMWDt08

*4:Mark McLelland, “The role of the ‘tōjisha’ in current debates about sexual minority rights in Japan,” 2009, 4–7, https://ro.uow.edu.au/artspapers/206

*5:McLelland, “The role of the ‘tojisha’,” 12–13.