意外と奥が深かった、バキュオールの世界

ここ何回かでオルガネラこと細胞小器官の話に触れていましたが、まぁせっかくだからちょっとぐらいそれぞれの小器官をピックアップしてみてもいいかな、と思った次第です。

とりあえず、たまたま話に出てきた液胞について触れようと思ってるんですけど(ちなみに、記事タイトルのバキュオールは、液胞の英語vacuoleです。バキュームカーみたいで汚い響きにも聞こえますが、これは、どちらも「空っぽ」を意味するvacuusというラテン語由来で、同じ語源の言葉ですね。顕微鏡では、液胞はただの空っぽの空間に見えてしまったので、こんな名前が付けられたようです)、とりあえず液胞の前に、オルガネラ全体を見ておくとしましょうか。


例によってWikipedia先生からの画像拝借になります。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/細胞小器官より

…まぁこれねぇ~、中学理科2分野(僕の頃は生物・地学が第2分野と呼ばれてましたが、パッと調べた限り、今でもまだそうみたいですね)とか高校生物の一番最初に必ず覚えさせられるタイプのもので、まぁやっぱり生物の基本は細胞なのでしょうがないとはいえ、ぶっちゃけ、無味乾燥にこんな謎の図をいきなり見せられて覚えろっていわれても、そりゃテストで聞かれたものに答えられるようにはなるかもしれんけどさ、マジでそんなの何の意味もないというか、有機的な意味ある知識につながるとは到底思えないし、いきなりこんなの覚えさせんのやめた方がいいんちゃいます…?って正直思えるっちゃあ思える気もしちゃいますねぇ~。

リボソームとリソソームとかさぁ、こんな断面図見せられて、めっちゃ似てるからって無理くり語呂合わせとか丸暗記で分けて覚えた所で、そんなのほぼ無意味じゃん!と思えてなりませんねぇ…。
(恐らくこれまでの記事で、リボソームはあまりにもなじみがあるので多分ここまで読まれた方はごっちゃになってしまうことはないかと思いますが、リボソームはタンパク質合成マシーンで、リソソームは全く逆に、不要物の分解工場的な役割をもってる小器官です。
 lyso-という単語が分解的な意味をもちますし、英語圏の人ならribosomeとlysosomeは全く似ても似つかわしくない用語だと思うんですけどね、日本語だと初めて習うときは「似すぎぃ!なめとんのか!!」となっちゃう用語筆頭ですね。)

…とはいえ僕はその手の丸暗記・語呂合わせ系が鬼のように得意だったので、「アホらし」と思って覚えるのをやめる多くの人に比べてテストの点数を荒稼ぎできたため、自分には地味に多大なる恩恵があったのがこの手の学校教育だったともいえるんですけど、まぁそれは受験を突破するためだけのもので、今思い返してもまるで意味のない(…はやっぱり言い過ぎで、間違いなく丸暗記から始まるものもあるんですけどね。「あまり意味がない・実用的ではない」の方が正しいかもしれません)もんだったなぁ、と思えてしまうのが正直な所といえましょう。

ま、だからといって、中学生高校生全員が分子生物学的な実験をして、自分の目や手と経験とから知識を身につけていく…なんて時間的にも予算的にもそんなのは不可能ですから、じゃあもっといい案を出せといわれても「対案は、特にない」ってのが現実かもしれないんですけどね(笑)。


とりあえず教科書によくあるような無機質な説明だけではマジで無意味にも程があるのは間違いないと思うので、もうちょい何か意味のあるような説明を試みてみようかと思います。


…ってなわけで相変わらず前置きが長くなりましたが、話の流れで、なぜか脇役である液胞から見ていくとしましょう。

まぁ液胞は中学理科だと確か「植物にのみ存在」って習った気もするんですけど、実は全くそんなことはなく、動物細胞にも存在します。

といっても圧倒的に発達しているのは植物細胞なので、動物細胞ではほとんどないに等しいぐらい目立たないこともありますから、まぁ植物に特有の小器官、ってみなしても間違いではないかもしれませんね。

こないだの記事で、こいつらは分裂時に上手いこと分配されているのです、という面白い図を見ていましたが、もうちょい詳細な分配のメカニズムとかはどうなってるのかなぁ、と思って調べてみた所、まぁこれは正直、あまりにも細かすぎて全然おもんない(やはり分子生物学の基本は、見た目がどうこうより、「この反応に関わる調節因子はXYZというタンパク質でぇ、これはABCというシグナル伝達経路により制御されていてぇ…」みたいなクッソつまんないというか入門編で触れるような話でもない内容に帰着してしまいがちです)ので、ごくごく簡単に見てみるに留めておきましょう。


その話にいく前にまず、そもそも液胞の役目ですが、こいつは、マクロな説明では栄養や老廃物を貯める=色素も溶け込んでいるので、花の色のもとというか、見た目に大きな影響を与える部分(紅葉も、赤・黄系の代謝産物が液胞に溜まることがその理由……いわば、我々は植物の尿を「キレイだねぇ」と見ているも同然?!)となっている、という説明がされますけど、よりミクロな、分子レベルでの視点から見てみると、細胞の浸透圧調整に極めて大きな役目を果たしているといえるように思います。


浸透圧ってのも、高校生物・高校化学のどちらでも(それぞれ独立して別の視点から)習う概念で、日常生活ではあまり見慣れない割にドチャクソ重要な話(のくせして、ちょっとイメージが難しく、結構な挫折ポイントの1つ)なんですけど、これもごくごく簡単に説明してみると……

まず、水分子の移動は自由に行えるけれど、水に溶けているより大きな分子の移動はブロックする、かなり小さい網目の膜を仕切りとして、液体を2つの区画に分けた場合を考えます(まぁ、ちょうど細胞膜で仕切られた細胞とかがまさにその例といえますね)。

この時、両者の液体の中に溶け込んでいる物質の濃度が違うと、面白いことに、この世界では水分子が「両者の濃度がなるべく公平になるようにしよう」という作用が働き、水分子が薄い区画から濃い区画へと移動する、つまり言い換えると、濃い区画は、薄い区画から水を吸うことで、体積が増えて濃度が薄くなる(逆に、水が吸われた薄い区画は体積が小さくなって、その分濃度が濃くなる)ことが知られています。


これは「水が高い所から低い所へと流れる」のと全く同じ自然の摂理で、そうなってると納得するしかない話の1つといえますが(まぁ一応分子レベルの移動で説明はつくので、重力よりは理解しやすい概念かもしれませんけどね)、ちょうど、サラダを水につけるとパリッとなる・逆にドレッシングにつけるとシナ~っとなるのは、まさに浸透圧差による作用に他なりません。

つまり、野菜の細胞の中には各種塩やミネラルが存在していますが、真水につけると野菜の細胞内の方が当然濃度が高いので、水をガンガン吸って、いわば瑞々しいシャキッとした感じになる、一方ドレッシングみたいにクッソ濃い液体に浸かると、この場合野菜の細胞内の方が濃度が断然低い(ドレッシングの濃度がクソ高い)ですから、水分子は逆に野菜から外界のドレッシング側へと移動し、水が抜けた腑抜けの細胞になる(その最たるものは、漬物でしょうか。水分子が抜かれまくって、しなんでるのがよく分かると思います)、って感じですね。


ちなみに、「『濃度が同じになるように』ってんなら、真水につけた場合、濃度ゼロには永久にならないんだから、永久に水が吸われるわけ?」と思われるかもしれないんですけど、これは、植物の場合、細胞壁というものがあり、ある程度以上はもう水を吸えなくなる(割と固い枠に、水風船がパンパンに膨らんでるイメージですね)ため、ある程度で吸水は終わります。

パンパンになるからこそ、水につけた生野菜サラダとかは、歯ごたえがシャキッとパリッとなるわけですね。


「じゃあ細胞壁がなかったら…??」と思われるかもしれませんが、これは、当然、細胞は最終的に破裂します!

一番知られているのが、前回から連続で登場、自らの使命のために全てを捨てし勇者の細胞こと、赤血球ですね。

赤血球は、色々捨て去った結果浸透圧を調節する機構もないので、浸透圧の異なる溶液につけると、周りの環境にされるがままの、教科書どおりの現象が見られます。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/浸透圧より

左のHypertonicが、自分より高い浸透圧(高い濃度)をもつ溶液(専門用語で、高張液)につけた場合で、赤血球は高張液に水を奪われて、元々円盤っぽいのがますますシナシナ、梅干しみたいになります。

真ん中のIsotonicが「等張液」で、これは細胞外液みたいなもの、つまり赤血球にとって自分と同じ濃度で元気に赤血球していますが、図右・Hypotonic(低張液)につけると!

低濃度の溶液から水をガンガン吸って赤血球はでっぷりと体積が増え、もしもあまりにも濃度が低い低張液、まあ真水にでもつけようものなら、赤血球は破裂してしまうわけですね。

画像にも、既に1人、耐え切れなくて「ブベェーッ」と爆発しちゃってるやつが見受けられます。


…と、浸透圧の話で長くなりましたが、特に植物なんかは自分で動けませんし、動物みたいに排泄器官が発達しているわけでもないので、浸透圧調整は非常に重要な意味をもつのです。

そこで役立っているのが液胞で、液胞の膜は浸透圧に逆らってある程度色々なものを貯め込むことができるように仕上がっているため、いざというときに、ここから塩分などを取り出して高張液にさらされた場合の細胞の形維持に役立てたり、逆に塩分を細胞の中から奪って周りが低張液すぎるような状況にも対応したりなど、植物が過酷な状況を生きる上で役に立っているということですね。


その辺を踏まえて…といいつつ、正直あんまり関係ないんですけど、液胞の仕組みについて、いくつか論文で報告されていた話をつまんで見てみましょう。

まず、酵母の液胞について、もうちょい詳しいメカニズムについて見てみたら、液胞というものは実はこれ自身が環境ストレスに応じて分裂するものであり…

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

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https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3431934/より

この論文では浸透圧ストレスにさらされた場合を研究したようですが、少なくとも浸透圧ストレスにさらされた場合は、図Aの(「?」で示されている)流れの下側のように、均等ではなく不均等に分裂して増えていくということが確かめられたようです。

ストレスに応じてまず液胞が縮まって、その後まさに酵母細胞自身がそうであるように、小さな芽が出るかのごとく液胞も分裂するということが顕微鏡で確かめられていましたが、まぁ分裂すると、「体積と、占める面積の関係」みたいなのが変わるので(図Cで説明されていましたが、特に絵で見るほどの話でもないでしょう)、そこで上手く浸透圧差をやりくりしている、って話ですね。

結局、細胞分裂のときには娘細胞に分配されるようになっているし、1つの細胞の中でも、環境ストレスに応じて液胞は分裂することがあるという、脇役のようでいて、結構しっかりとした調節機構が備わっている小器官がこの液胞だということですね。


もうちょい詳しく液胞についてまとめてくれていたレビュー論文があったので、こちらも紹介しておきましょうか。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
まぁ詳しくは先ほど上でも書いていた通り、入門編で触れて面白いような話でもないので絵を見て満足程度で十分に思いますが…

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上記レビュー論文図1より

ちょうど図左上の(I)に、酵母の細胞の中には複数の液胞があり、娘細胞にもしっかり分配される様子なんかも描かれていましたね。

また、図(K)にあるように、植物の種(Plant seed)では、液胞がリプログラミングされてPSV(Protein storage vacuole;タンパク貯蔵液胞)となり、発芽などで必要な栄養を貯めるのに特化すること、それから(L)では、成体の根皮(root cortex)で、分裂時に小さくなった液胞がちゃんと分配されることや、その他様々な形態の液胞(レンコンみたいなMVB(multivesicular bodies;多胞体)とか、アメーバみたいな形のチューブ状液胞とか)が存在していることなどが示されており、改めて、結構液胞界も奥が深いようです。


あとは、図2でも色々液胞の生合成について述べられていましたが…

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上記レビュー論文図2より

(A)の(ii)にある通り、液胞は全く別の細胞小器官、いずれ簡単に見る予定の小胞体(ER)から誘導されることもあるとのことで、これはへぇ~っと意外でしたね。

やはり、同じ膜状の細胞小器官同士、似ている点も多い兄弟分子といえるのでしょうか。


あと面白かったのが、右半分の、「技術の発展で、より良いイメージの液胞が観察できるようになった」的話の具体例が挙げられていましたが、(C)では、従来の化学物質を用いた細胞固定ではちょっと変形したいびつな液胞しか見れなかったけれど、ET(電子トモグラフィー;難しすぎるので原理の説明省略)と呼ばれる技法ならほぼリアルなままの形の像が観察できるようになったこと、続く(D)では三次元共焦点顕微鏡というそれ自体も結構高級な技術のものなのに、これだと輪郭がぼやけて複数の液胞が1つに見えてしまうけれど(こないだの記事の酵母液胞分配の蛍光顕微鏡画像は、まさに複数のものが融合してしまっていた感じでしょう)、三次元の電子顕微鏡ならクリアに輪郭を区別可能なのです、なんてことを具体的な顕微鏡画像付きで示してくれていますね。


…ってなわけで、まぁあんまり深くは立ち入りませんでしたけど、一見ただの水風船でそこまで重要とも思えなかった液胞も、かなりしっかりとコントロールがされている&様々な生合成経路があることから明らかな通り、もちろんこれだって細胞にとってなかったら困る、とっても重要な細胞小器官なのでした、という話でした。

こんな感じで、なるべく浅く簡単に、いくつか細胞小器官を見ていこうかなと思います。

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