オートラジオグラフィー!

DNAシークエンシングについてここ何回かちょろっと見てきて、続いてはタンパク質の配列解析に……いく前に、また、毎回大変丁寧なコメントをいただけるアンさんから、いくつか面白いご質問を賜っていたので、そちらに触れさせていただくとしましょう。


Q. DNAシーケンスの、プライマーを伸ばしてからゲルで流す話(4種類のddNTPで反応させ、4レーン流すやつ)について。これは、だいたいの頃合いを見計らって電気を止めて、その時そこにある塩基の順番で読むってことでいいのか?(ゲルの図で示されていた)DNAの線は、色がついてないパターンだと思うが、DNAのある場所は線状になってわかる感じになっているのか…?

A. これも何だかんだ、きちんと触れずに適当に流した感じになってしまっていたので、この機会に改めてもうちょい詳しく触れてみようと思います。

もう3回ぐらい貼ってる気がしますが、改めてこの記事で貼った件の図を再掲しておきましょう。

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まず実験の流れをおさらいすると、この補足記事で書いていた通り、最初は「テンプレートDNA・プライマーDNA・dNTP・ddNTP・DNA合成酵素を混ぜる」→「加熱と冷却を繰り返して、プライマーを伸ばす」というステップになります。

このDNA伸長反応は、購入した酵素ミックス(dNTP・ddNTP・酵素が混ざったミックス溶液であることがほとんどです)の説明書どおりに進めるだけで、商品にもよりますが、まぁ15とか20とかそのぐらいの回数、加熱冷却を繰り返す感じですね。

この時点で反応は終わって、1塩基ずつサイズの違う大量の断片ができあがっていますから、あとは検出ステップで、結果を見るだけなわけです。

実際の実験では、ゲルに流す際にタンパク質(酵素)とかの不純物があると泳動が乱れることもあるし、ゲルに流すにはボリュームが大きすぎることもままあるので、(この記事で紹介したことのあった)フェノクロ&エタ沈というステップで、タンパク質を除去するとともに、DNAを沈殿させて体積を減らすステップが加わります。

まぁそこまで説明するのも細かすぎる気がするので深入りはしませんが、軽~く触れておくと…

・反応後の溶液にフェノクロを加える

→遠心して、水層(DNAが溶けている)と有機層(タンパク質はこちら)に分離して、水層だけを回収

→回収した水層にエタノールを加えてまた遠心して、DNAを沈殿させる

→沈殿したDNAを少量の水に溶かして、ゲルに流す準備完了!

…って流れですね。

泳動するために、この少量のDNAには色素(比重の重いグリセリンに溶かされていることが多いです)を加えます。

水に溶かしただけでは、まず無色透明で何も見えませんし、それより重要な点として、ゲルの上に開けた穴(ウェル)に注いでもそのままでは浮いて分散しちゃいますから、溶液全体の比重を上げて、沈めてやる必要があるからですね。

色素溶液と混ぜ、いざウェルにDNAサンプルを乗せたら、スイッチONで電気を流して泳動スタート!


…と、これもアンさんからご質問のあった点ですが、この泳動の時間なんですけど(いつ止めるのかの、サインとかはあるのか?)、もちろんかける電圧・電流およびゲルのサイズにもよるものの、一応の目安はあります。

先ほど加えた色素は小さい分子なので、こいつ自身は泳動のほぼ先端を走っていきます(DNAは色素より大きいので、それよりゆっくり流れていくわけですね。当然、1塩基でも長いものの方が、順番に移動度が遅くなります)。

なので、大体の場合、色素の位置を泳動の進行の目安として使って、色素がゲルの端っこに来たぐらいで泳動を止める形ですが、長く流すほど分離は良くなりますし、経験上どれぐらい流したらどのぐらいの位置に来るかはもう分かっているので、色素が流れきった後しばらく流し続けることも、実験によってはある感じですね。
(そもそも、かなりゆっくり走る色素もあり、複数種類の色素を混ぜて、「この水色の色素は大体DNA500塩基に相当する位置」みたいに判別することもあります。
 DNAにはプレステイン(染色済み)のサイズマーカーはないのですが、タンパク質の場合、色素が結合して泳動しながら肉眼で各サイズの分子がいる場所のわかる便利なものがあるということも、画像付きで以前の記事で紹介していました。)


そんな感じで、ある程度の所で泳動をストップしたら、ようやく本題の、DNAの検出です。

DNAのバンド自体は、そのままでは=泳動中のゲルでは、肉眼で全く観察できません。

なので、何とかして目に見える形にしなければいけないのですが、一番よく使われるのは、こちらも以前この記事で紹介していた、エチブロでの染色ですね。

エチブロ入りの容器に、ゲルをぽちゃっと漬けるだけでちょっと待てばDNAがエチブロと結合し、紫外線を照射すると鮮やかなオレンジ色に光るわけですが、シークエンシング用のゲルは(1塩基の違いを見るという繊細な実験でもあるし)なるべく長く流したいため、ゲルのサイズがバカでかいことが多く(僕が学生で実験を始めた頃はもう蛍光ddNTPの方法が確立されており、僕自身はシークエンシングゲルを流した経験はほぼないのですが)、場合によっては1メートル近くあるゲルを使う、なんてこともあったと聞いています。

その場合、ゲルをエチブロ入りタンクに移すだけでも難儀ですし(多分不可能ですね。移そうと思ったら破けたりちぎれたりして、イライラMAXでしょう)、そもそもエチブロでは感度が足りないことも多いため、シークエンシングゲルの場合、全く別の方法が使われていました。

それが、記事タイトルにもした、オートラジオグラフィー

これは聞き慣れない言葉だと思いますが、なんてことはない、放射性物質を使う手法になります。

(当初「放射性物質について知ってみよう」というタイトルの記事にして、放射性物質について色々見てみようかと思っていたんですけど、例によってもう前置きが長くなりすぎたので、それは次回にまわすことにしました。)


ということで放射性物質について詳しくはまた次回にさせてもらうとして、具体的には、DNAやRNAの場合、32P(ピーサーティーツーと呼ばれる)を用います。

これは、放射能をもったリン、いわば放射能Pですね(いやそのまんまじゃん(笑))。

なぜ放射能Pを用いるかといえば、DNAにリンが含まれる、かつ、DNAにつけることが非常に容易だからの2つの理由によります。

詳しく見てみましょう。

まぁ配列はどうでもいいんですけど、以前の解説記事で、5'-CCGCGCGGCAGCCAT-3' というプライマーを用いると書いていました。

(一応再掲:この図)

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また細かすぎる分子の結合の話になりますが、DNAはリン酸を介して結合しているという話もしていました(各塩基の間はPでつながっているし、新しく塩基を3'末端につなげるときは、5'のPが3'のOHと結合する、ということ)。

つまり、プライマーをより丁寧に描くと、
5'-CpCpGpCpGpCpGoGpCpApGpCpCpApTOH-3
となっており、ここに、dATP(これも、もう少しリンにフォーカスを置いて表記すると、5'-pppAOH-3'(デオキシのdは省略))がDNA合成酵素の力でつながると、
5'-CpCpGpCpGpCpGoGpCpApGpCpCpApTpAOH-3
となるという話でした。

無駄に詳しく触れた割にそれはまぁどうでもいいんですけど、実は、プライマーの5'末端は、特別なことをしない限り、OHになっています。


つまりこうなっているということ↓

5'-OHCpCpGpCpGpCpGoGpCpApGpCpCpApTOH-3


で、この世には都合よく5'末端のOHにリン酸をつなぐことのできる酵素(名前はどうでもいいですが、リン酸化酵素=kinaseと以前一度書いた通りキナーゼと呼ばれる酵素で、最も広く使われているのが、T4 PNK(polynucleotide kinase)と呼ばれるやつです)が存在し、これを使うことで、5'末端は容易にリン酸化が可能となっています。

(上のプライマーをT4 PNKでリン酸化すると、こうなる↓)

5'-pCpCpGpCpGpCpGoGpCpApGpCpCpApTOH-3

そして、このときに、普通のリン酸の代わりに放射能Pつまり32Pを付加してやれば、このプライマー全体が、放射能プライマーに早変わりするわけですね。
(ポイントとして、3'末端のOHはリン酸化されないので、新しいヌクレオチドをつなぐ邪魔にはならない、ってことも挙げられます。)

ちなみに、さらに細かすぎてどうでもいい話にはなりますが、PNKはATP(アデノシン三リン酸。こないだ構造も見ていました)のもつリン酸を、5'末端がOHのDNAに付加する作用をもつことが知られています。
(なぜATPなのかは、正直分かりません。GTPのリン酸も一応使えますが、恐らく効率が悪いので普通は使わず、一方CTPやUTPのリン酸が使われることは全くないように思います。
 これに限らず、生命科学を勉強したらすぐ知ることになる話なんですけど、ATPは各種ヌクレオチドの中でも断トツ圧倒的に重要な役割をもった特別な地位にいるのですが、何でなんでしょうね…?考えたことがなかったですが、改めて考えると不思議です。)

いずれにせよ、ATPの3つのリン酸は、リボースに近い方からα(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)と名前がついています。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/アデノシン三リン酸より

この内PNKで移されるリン酸基はγのリン酸になるので、プライマーをリン酸化したい場合は、[γ-32P]-ATPを買わなければいけないということになるわけですね。
(α-32Pを使ってしまうと、放射能Pではなく、ただのPがプライマーに結合してしまいます!(リン酸化反応後、放射能Pは、ヌクレオチド側に残ることになる))

放射能ラベルされたヌクレオチドは、PerkinElmer(パーキンエルマー)という会社が販売しています(日本にいた頃を含め、ここ以外の放射性物質を買ったことがない気がするので、世界的にここが一番放射性物質を販売している会社(放射性物質の販売が許可されてる唯一の企業?)なのかな、とも思えます(まぁ実際は他にもあるのかもしれませんが))。

www.perkinelmer.com
放射性物質は、やはりいうまでもなく健康への影響が不安視される物質ですから、近年需要が激減しているのか、クッソ値上がりし続けてますねぇ…。

そう、値段を知っていることから明らかな通り、もう大分オールドテクノロジーになりつつあるのに、僕は未だに32Pをたまに使っているんですが、安全面の懸念さえ無視すれば、検出感度・利便性・反応を一切邪魔しない性質などが非常に優秀なのが、放射性物質なのです。

とりあえず放射性物質については次回にするとして、実験手順に戻ると、こういうことですね。

5'-OHCpCpGpCpGpCpGoGpCpApGpCpCpApTOH-3' +[γ-32P]-ATPT4 PNK

5'-32PCpCpGpCpGpCpGoGpCpApGpCpCpApTOH-3' (+ADP(リン酸が2つ残ったヌクレオチド))

こうして得られた放射能プライマーを、ddNTPを用いた伸長実験で使う、ということです。


放射能プライマーは、X線フィルムに感光するなどして、簡単に検出ができる形になっています。

この、放射線をフィルムで検出することを、オートラジオグラフィーと呼んでいるわけですね。

つまり、改めて手順解説に戻ると、ゲルで流したDNA断片(伸長して途中で止まったプライマー)は目では見えませんが、各プライマーは放射能ラベルしてあるので、ゲルを流し終えたら、暗室でゲルをX線フィルムと密着させてしばらく放置し、感光されたら写真を現像するように映像としてチェックする、という形になるわけです。

なお、X線フィルムは扱いが大変なので(明るい所で開けちゃうと、真っ黒に感光する)、最近は「密着させると放射線を保持でき、しかも、光を当てるだけで保持したシグナルをリセットして、何度でも再利用できる」特殊なスクリーンがあるので、それを使うことがほとんどです。
(僕も、X線フィルムは学生実験とかで数回使ったことがあるだけで、ほぼ経験ナシです。暗室の中、X線フィルムを感光させない赤色灯みたいなものだけが照らされている薄暗い環境下で作業していると気分も陰鬱になるので、楽に使えるスクリーンが開発されてラッキーでした。)


…といった所で、古典的なシークエンスゲルの検出についてでした。

4種の蛍光を使う最近の方法は、もちろん放射能プライマーは必要ありません。

キャピラリーの先端に蛍光を検出するゲートが存在しているので、反応を終えたDNA断片群をひたすら流し、ゲートをくぐる断片(短い順にやって来る)の色を記録し続けていく、という形ですね。


それでは次回、正直大して書くこともないかな、って気もしますが、せっかくなので放射性物質についてちょっと詳しく見てみるとしましょう。

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