リンゴとバナナで…果実の呼吸:熟成促進(マチュレーション・アクセルレーション)!!

前回は二重結合の話に触れ、結合そのものの距離やら名前やらどうでもいい点に終始していましたが、そういう話はあんまり面白くないので、もっと生活に密着した話をすることを心がけていきたいものです。

そんなわけで今回は、具体的な物質、二重結合を持つ最も簡単で代表的な、CH2=CH2とかろうじて文字だけでも表せるエチレンについて軽く触れておきましょう。

エチレンはエタノールや酢酸と違って気体ですが、エチレンガスって、何とな~く聞いたことのある方も多いのではないかと思います。

実はこのエチレン、高校の化学(前回見てたような、有機の、構造の学習で)と生物の2種類の科目で、全く別の切り口から触れることになるという結構珍しいものなのです。

高校生物では、「植物ホルモン」の章で登場するのですが、そう、こいつは、植物(果実)が生成&放出することで知られている、植物の生育に大きな影響を与える物質なんですね。

エチレンガスといえば、極めて身近な物質であるリンゴがよく槍玉に挙げられます。

リンゴは、エチレンガスの生成量が非常に多いことで知られており、リンゴが大量に詰まった袋を開けたら感じられるほのかな甘い香りは、このエチレンによるものが大きいといえましょう(もちろん、リンゴ自身のもつ果実臭も含まれてると思いますが)。

そして、そんな息をするようにエチレンガスを吐き出し続けるリンゴを、エチレンガスの感受性がとても高く、成熟具合の見た目&速さが極めて分かりやすいバナナと一緒に置くと、バナナの熟成が一気に進む……なので、バナナを長持ちさせたいならリンゴの近くに置くのはNGだし、青いバナナを早く食べたいならリンゴと一緒に置いておけばすぐ黄色くなってくれる…なんてことが、生活の知恵としてよく話に出てきますね。

実はリンゴ自身もエチレンの感受性が高いのですが、まぁリンゴ自身の熟成は、バナナに比べたらだいぶ緩やかですしね、リンゴをまとめて袋に保管しても、恐らく腐る前に全部消費することが可能なので、特にその辺は意識する必要はないでしょう。

こちらガスセンサー会社の記事に、いくつかの果実や野菜のエチレン生成量と感受性の大きさがまとまっていました。面白いですね!

01.connect.nissha.com
キウイカリフラワーなんかは、自分自身はエチレンを全然出さないのに、周りのエチレンには影響を強く受けるということで、こいつらを熟成させたいときは、リンゴと一緒に保存すればバッチリだということですね(まぁ、そんなことしたい瞬間なんて、ない気もするけど)。

ちなみに、これも同じ高校生物の章で習いますが、似た用語であるホルモンフェロモン、ホルモンは「体内で作り出して、自分自身に作用するもの」であり、一方フェロモンは「体内で作り出して、他者に作用するもの」という意味の言葉なのですが、エチレンガスは他者にも作用しているあたり、これは植物フェロモンと呼んでもいいのでは…?と思えもしますけど、実際は自分自身にも作用しているので、まぁホルモンと呼ぶのでも問題はない感じでしょうか。


また、日常生活では「成熟を促す」ことで知られているエチレンガスですが、実はそれ以外にも植物の成育における様々な点に影響を持つことが知られており、特に面白いのが、熟成とは真逆に思える「茎が伸びるのを抑える効果」「ジャガイモなどの萌芽を抑える効果」なんかがあるというのも、不思議というか興味深いですね。

グダグダ言葉で語るより、写真を見るのが何よりということで、そのものズバリの実験をされているページがあったため、こちらをご紹介させていただきましょう。

www2.tokai.or.jp
1999年から続いている、めっちゃくちゃ古きよきHTML、という感じの個人サイトですが、素晴らしすぎますね…!

とても面白い記事なのでぜひページをご覧いただきたいですが、茎の伸長を抑える効果が非常に分かりやすい写真だけ、引用紹介させていただきましょう。

 

ダイコンの種のみ(左)と、ダイコンの種とリンゴ(右)を、袋の中に入れてしばらく成長させる実験。

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8日後…

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リンゴと一緒に育てた方は、茎がめちゃくちゃ短く、そして太くなっている!

面白いですね~。

その他に、エチレンガスは落葉を促すこと、そして一番有名な果実の成熟を促すこと、そしてめちゃくちゃ面白い話として、植物は、接触刺激を受けるとエチレン生成が促進されるということなんかも、上記ページでは実験的に示されています。

植物に感謝の言葉をかけると成長が早くなるというのは都市伝説だったとしても、植物を「いい子いい子」と撫でてあげると、エチレンをドバドバ生み出してくれるというのは、マジの事実だった…!(ナ、ナンダッテーッッ!!
(しかし、エチレンの生成により、この実験では茎の伸長と開花が抑制されているので、この観点からは、逆に成長が遅くなっている……まさに過干渉で子供に嫌がられる親のごとし…。
 でも、リンゴをナデナデすれば、隣にいるバナナの成熟を早めることはできる!…のかもしれない…。)


ちなみに、エチレンが存在することで、植物がなぜそういう影響を受けるかというのは、当然、分子レベルで研究がなされています。

例によって以前一度触れた、シグナル伝達経路マップみたいなやつですね。

軽く調べたらヒットした、昨年発表という割と新しい、研究まとめ記事(レビュー記事)から、一例として、エチレンによるシグナル伝達の図を、紹介してみましょう。

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Ethylene signaling in plantsより

細胞内の膜成分に刺さっている、ETR(エチレン受容体)やERS(エチレン受容体センサー)というタンパク質(例によって、そういうことができるのは、当然、タンパク質ですね)がエチレンをキャッチし(画像下半分)、その刺激によって、CTR1というタンパク質以前の記事で出てきた、MAPK経路に関わるタンパク質の一種ですが、その複雑さゆえ詳細は長年不明だったものの、近年詳しいメカニズムがだいぶ分かってきた…というのがこのレビュー記事の肝ですね)のスイッチがOFFになり、それによりエチレン不在時(画像上半分)はCTR1によってずっとOFFにされていたEIN2(エチレン非感受性2という名前のタンパク質…実際はエチレンがあると働き出すので、何やら分かりにくい名前ですが……恐らく、「この遺伝子を変異させると、エチレン感受性がなくなる」ことから付けられた名前なのかな、って気がします)がおもむろに働き出し、色々な遺伝子のスイッチがONになる…という流れですが、まぁわざわざ何行も書いておいて何なんですけど、こういう細かい話は本当に入門編で触れるような話でもないツマラン所なので、深追いはやめましょう。

いずれにせよ、エチレンもやはりそれ専用のタンパク質がキャッチして、他のタンパク質がその信号を伝達していくという複雑なON/OFFスイッチが分子レベルで働くことによって、成熟が促進されたり茎の伸びが抑えられたりしているのです、という、それだけの話でした。

結局、分子生物学というのは、こういう各物質のシグナル伝達経路を細かく探っていくような研究が多いんですね。

…あんまり面白くなさそうに感じられるかもしれませんが、こういうのが新しい医薬品や農業技術なんかにつながっていくこともあるので、とても大切な研究なのです。


…ってな所で、今回は三重結合の話にいこうと思ってタイトルも最初そうしていたのですが、エチレンだけで結構な分量になってしまったため、そちらは次回にするとしましょう。

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