スイッチについてもうちょい詳しく…

前回、「遺伝子はスイッチON/OFFで制御されている」という話について、分かったような分からんようなあやふやな説明をしていましたが(というか、ほぼ「そういうもんです。受け入れましょう」としかいってなかった)、せっかくならもうちょっと具体的な話を出してみるのもいいんじゃないかと感じたため、今回もうちょびっつだけ補足してみようと思います。

まぁ具体的なもの=新しい名前ということになるので、逆に「うっ…また知らない名前……頭が…」と拒否反応を示されるパターンもあるかもしれませんが、特に名前や関係性を覚える必要などは全くなく、「こんな感じです」という実例紹介なので、気軽に構えていただければOKでしょう。


とにかく遺伝子というのは本当に複雑なメカニズムで精密にコントロールされているので、「それだけです」とは決していうことができないのですが、基本的に一番活用されているスイッチは、 遺伝子DNAの、タンパク質のレシピ(アミノ酸の順番)を指定する部分以外の、制御領域の部分といえると思います。

何はともあれDNAのレシピを読むのがタンパク質作りの最初の一歩ですから、その、「DNAが読まれる」ステップを、ON/OFFで制御しているというのは理に適っています。
(一度レシピを読み始めても、それより下流、例えばタンパク質合成の実行部隊であるマシーンたちを「どうどう」と抑えることでコントロールするやり方も可能ですし、もちろん実際にそういうのもやられていますが、やはり一番楽で確実で効果的な制御方法は、最上流を抑えることでしょう。)

ということで、イメージとしては、スイッチが各遺伝子の制御領域(基本的に、アミノ酸レシピ部分の上流にあります。これはDNAですから、スイッチといっても、結局はA, C, G, Tの組み合わせの文字列ですね)に埋め込まれており、一方、実際にスイッチを入れる役目を担っているのが、タンパク質になるわけです(まぁこれは前回も書いていたので、おさらいですが)。

本当にそんなの可能なのぉ?そんな、ただの物質がスイッチになってるとか、にわかには信じがたいけど……と思われるのも分かりますが、実際は、「可能」を通り越して、想像を絶するレベルの緻密さで、めちゃくちゃしっかり制御されているのです。

…という流れで、具体例ですよ。

実際にどんな感じで遺伝子のスイッチがON/OFFになっているのかが一目瞭然な素晴らしい図があるので、そちらをご紹介しましょう。

よく研究されている&とても分かりやすくキレイな図がサクッと見つかったので、今回これを取り上げてみることにしました。

血糖値を下げるタンパク質として有名なインスリンが、一体どういう感じでスイッチをON/OFFしているのかを示したこの図(インスリン自体のON/OFF制御ではなく、インスリンが出発点としてどういうON/OFFがされるか、の図ですね)……
Cell Signaling Technology (CST)という、個人的に抗体を製造・販売している中で一番好きな会社(抗体は主に動物を使って作製されるので、動物には当然個体差もありますから結構クオリティにバラつきのある商品なのですが、CSTはめちゃくちゃ質が良くて、とても信頼できるのです)が掲載してくれていたものからの引用です。

インスリンによるタンパク質スイッチのON/OFF一覧がこれだ、食らいやがれっ!

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https://www.cellsignal.com/pathways/insulin-receptor-signaling-pathwayより

…東京の地下鉄かよ!ってぐらいクッソ複雑でワロタ(笑)、と笑ってもらえれば紹介した甲斐があるというか、もうそれで目的は達成したので笑って終わりでもいいんですが、まぁ少しぐらいさわりだけを説明してみましょう。

まず、一番上にある壁のようなものは細胞膜で、ここより上が細胞の外、下が細胞の中になっています。

そして、下の方にある壁は、これは核膜で、ここより上が核の外(細胞の中)、下が核の中ですね。

で、一番目立つ、上の方にある赤い、細胞膜を貫通して存在しているデカブツ、これが、インスリン受容体という名の、インスリンをキャッチして、様々なタンパク質のスイッチをONにするなど、細胞内に色々な信号を送る役割を持っているやつですが、こいつ自身もタンパク質ですし、その他大量にあるカラフルな丸(中に名前が描かれている)、こいつらも全員タンパク質です。

そして、図全体として、矢印(↓)はスイッチのONを、T字型の線(┴)はスイッチのOFFを表しています。

例えばど真ん中にいるAkt、これはインスリンに限らず色々な場面で様々な遺伝子のスイッチON/OFFを切り替える役割を持っているコントローラーみたいなやつで、超絶重要タンパク質なんですが、右上に伸びてそこからぐるっと回っている矢印で示されている通り、SIK2という遺伝子(タンパク質)のスイッチをONにしますし、一方、左下に向かってT字線が伸びている通り、GSK-3という遺伝子(タンパク質)のスイッチを、これは逆にOFFにするという役割などなど、他にも合計で9つほどの遺伝子に、ON/OFFどちらかの働きかけをしているという感じです。

そしてこのAkt自身も、よく見ると自分に向かってきている矢印がありますから、他のタンパク質によって自身のスイッチがON/OFFされて制御されています。

具体的には、例えばPDK1というタンパク質によってスイッチがONにされ、PP2Aというタンパク質によってスイッチがOFFにされている、という形ですね。

最終的に実際ONになるかOFFになるかは、こういったスイッチON/OFFに関わっているそれぞれのタンパク質の量によって決まるということです。


本来の主役はインスリンなので出発点のインスリンから一応チェックしておくと、インスリンが受容体にくっつくことで、まずIRSと呼ばれるタンパク質がおびきよせられまして、これがPI3KのスイッチをON、PI3Kからの矢印をたどっていくと、Akt2(Aktの一種)がONにされることが分かりますから、基本的にインスリンが存在することで、Aktの関わる様々な反応が影響を受けるわけですね。

全部見ていてもキリがないので見ませんが、例えば、AktはGSK-3をOFFにしますけど、このGSK-3自身は、伸びている線をよく見ると「脂肪酸合成・グリコーゲン合成・コレステロール合成をONにするスイッチタンパク質」をOFFにする働きをもっていることが分かりますから、「ONにするものをOFFにするものをOFFにする」ということで、順番に考えると、細胞がインスリンをキャッチすることで、脂肪やグリコーゲンやコレステロールの合成はONになる(促進される)ことが分かるわけですね。
(めっちゃくちゃ複雑ですが、順番に丁寧に考えていくと、そうなることが分かります。多分、分からなくても別にどうでもいい話なので、気にしなくてもいいと思います。)


なお、PI3K/Akt/mTORは、このインスリンに関する話以外でも、あまりにも色々な生体反応で顔を出してくる、超絶重要タンパク質です。

mTORに関しては上では触れてませんでしたが、Akt調節しているmTORのC2が上流に、Akt調節しているmTORのC1が下流にいるように、これもスイッチコントロールにおけるかなりの中心人物です(しかも実際の生体反応を直接制御しているタンパク質に直接働きかけているなど、重要度が高い)。
 C1とC2は複合体1と2のこと(complexのC)ですが、こいつだけ特別、ちゃんと左下にどういう複合体なのかが図示されているぐらいの、VIP待遇ですね。)

遺伝子のスイッチというのは壊れたりおかしくなったりしたらヤバいというのは直感的に分かると思うのですが、具体的に、PI3K/Akt/mTORが織り成すこのスイッチの連鎖は、細胞のがん化に直結していることが知られており、特にがん研究の分野で、ひたすら詳細に研究され続けている感じです。

まぁ名前なんてどうでもいいんですけど、一応、PI3Kホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(でも長いのでそう呼ぶ人はおらず、PI3K(ピーアイスリーケー)と呼ばれる)、AktプロテインキナーゼB(その名前のどこにもAがありませんが、これはこのタンパク質が最初に単離された、がん研究でよく使われているマウスの名前(種族名みたいなもの)・AKRと、その部位である胸腺 (thymus)とから付けられた名前だそうです)、mTORは、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質  (mammalian target of rapamycin) というしょうもない名前なので、これもPI3K同様正式名称で呼ぶ人はおらず、エムトーや、エムトーゥア(みたいな、最後、Rの英語っぽい発音で終わる)と呼ばれています(エムトルと呼ぶ方もいますが、これは恐らく日本人だけの呼び方ではないかと思います。僕はエムトー派ですね)。


全体マップに話を戻しますと、まぁ、流石にこのインスリンスイッチよりも東京の地下鉄の方が複雑だったかもしれませんが、東京の地下鉄マップは全てが表示されている一方、こちらはインスリンが関与しているスイッチの一覧、いわば、生体内反応全体の、たかが一例でしかありませんからね。

こういうのが、他にもタンパク質の数だけあるわけで、例えば他にもとてもよく研究されているEGFR上皮成長因子受容体)のON/OFFスイッチマップ(実際には、シグナル伝達経路マップとか呼ばれます)は、こんな感じです↓…

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https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16729045/より

もうこの解像度では文字すら読めないと思いますが、これなら地下鉄とタメ張れるぐらい…?

…まぁこれでもまだ東京のJR地下鉄全表示マップよりは幾分大人しく秩序があるかもしれませんが、別に地下鉄の複雑さと争っても意味がないので、この辺にしておきましょう。

(ちなみにこの論文の作者は日本人の方でした。2005年の論文ですが、よくぞここまで複雑な図を描かれました…と驚嘆に値するといいますか、電車のダイヤ同様、こういうのを描くのは日本人が得意とする領域なのかもしれませんね。)

こちらの図で中心的な存在なのがMAPKと呼ばれる遺伝子スイッチ切り替えタンパク質で、これもRas/MAPK経路として知られるクッソ重要なON/OFF調節機構です(Rasは、インスリンの方でも一番右側に登場していましたね)。

まぁ、別に覚える必要も気にする必要も取り立ててないでしょう。


…ということで、実はもうちょい書こうかなと思ってたことはあったんですが、結局また長くなりすぎているし、今回はいつも以上に内容が複雑怪奇すぎるキライもあるので、まぁこのへんで自重しておくとしましょう。

くどいですが、別にこの辺の複雑な反応経路・関係性は、理解する必要も覚える必要も一切ナッシングなので、「細胞の中には、東京の地下鉄級に複雑なネットワークが存在している!」という漠然とした印象をもっていただければそれで十分だと思います。

実際にマジで細胞内にスイッチ的なものはあり(しかもONスイッチとOFFスイッチが巧みに使い分けられている)、こんなマップが描けるぐらいにめちゃくちゃ研究されている(し、実際のがん研究などに役立っている)、という感じの雰囲気が伝わっていれば幸いに存じます。

(ちなみに、実は遺伝子のスイッチON/OFFを説明するのに、今回のシグナル伝達経路マップを使うのは厳密にはあんまり良くなかったんですが、あくまで細胞内スイッチの雰囲気が伝わってもらえればいいなということで、その辺には一旦目を瞑らせてもらおうと思います。
 またいずれ機会があればその辺の細かい話も改めて触れてみようと思っとります。)

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