一連のいきなり分子生物学入門シリーズ、前回は、DNAが60億文字の情報を保持していること、そして関連して染色体というワードを出して話を終えていました。
前回の記事をアップした後に自分で読んでて思ったんですけど、間違いなく昔の自分なら謎に感じていたであろう所は、その「60億文字の情報を保持」という部分ですね。
「文字を保持?『例えるならDNAはレシピ本?』どういうことだ!?紙とインクがあるわけでもなし、そんなことがどうやって可能なんだ?!上手いこと例えてるように見えて、そんなの全然イメージがつかねぇよ!」と憤りを覚えたことでしょう。
分子生物学のさわり解説記事はネット上にもいくらでもありますが、大抵あんまり実像をイメージできない点があれよあれよと積み重なっていくことがつっかかりorやる気をなくす原因ではないかと思います。
せっかく今さら的な話をツラツラと書いている以上、ここではそういう細かい部分もあやふやにせず、できる限りそういう所をどう捉えればいいのか、実際はどうなっているのかについて、丁寧にサポートしていくようにしたい限りです。
…ということで、個人的にあんまり丁寧な説明になってなかったなと感じたので、今回まずはその「DNAの情報は、どうやって保存?…っていうか情報って何?」という点から補足していきましょう。
まぁ結論からいうと、DNAにはA, C, G, Tの4種類の文字があると書きましたが、結局これが延々とつながっている、というそれだけなんですけどね。
「いやだから文字って何だよ!『細胞の中で、文字がつながっている』なんて、現実としておかしいしあり得ないだろ!」…とお怒りになられるのも分かりますが、まあまあ。
順により分かりやすく、現実に即したイメージに変換していきましょう。
まず、レシピ本みたいなものといいつつ、もちろん細胞の中に記録用紙なんかがあるわけではないので、その「文字」は裸で存在しているわけですが、よりイメージしやすい形で分かりやすくいえば、4種類の宝石を使ったビーズのネックレス(輪っかではなく、最初と終わりが明確になっている直線ですが)っていったほうが近いですね。
(ダイヤ・ヒスイ・真珠・ルビーの4種類を組み合わせて、ネックレスを作り上げるわけです。まぁ何百個何千個とつなげることになるので、逆にイメージが湧きづらいし、名前も逆に長ったらしくなるだけですので、現実の宝石に例えるのはやめましょうか。)
まず宝石Aを最初の位置にセットして、次に宝石Tをつないで、次にG、T、T、G、C…と延々とつなぎ続けていくことで、特有の並び順をもったネックレスができあがります。
それは他のネックレスと区別可能ですから、いわば「特有の情報」になっていますよね。
これこそが、遺伝子という情報をもった、DNAなのです!
(…って、正直あんまり大して変わってない説明なので、鋭い方であれば、もう十分似たようなイメージをもたれていた感じでしょうか。)
ちなみに↑で書いた並びは、例のお酒分解酵素ALDH2のDNA情報の最初の部分ですが、ATGTTGC…に始まり、1551個の石が順番につながって、「ALDH2のネックレス」が完成している、という形になっているわけです。
そして、「血液型情報のネックレス」「ヘモグロビンのネックレス」「耳垢が乾いているか湿っているかを決めるネックレス」…などなどなど、人間を形成するあらゆるタイプの大小様々なネックレスが存在し、その全てを合計すると、人間は合計60億個の宝石を使った大量のネックレスを細胞の中に保有している、と、そういう話ですね。
ただこういう例えでも、「つなげるって何?どうやって?そのネックレスはどこにどうやって存在してんだ?浮いてんのか?そもそも宝石って何だよ。実際宝石じゃないんだろうし、物質として、そいつらは一体何者なんだよ?!」みたいな細々した疑問は浮かぶかもしれません。
まぁそれは僕がパッと考えて思い浮かんだだけで、他の方はもっと他の疑問が浮かぶ可能性もありますが、こういうのを順に納得いくまでつぶしていくのが肝心ですね。
ってことでまずはその疑問点を、順につぶしていきましょう。
まず各文字を「つなげる」のは、「そういうことをしてくれるやつがいます」という、ご都合展開の極致みたいな、例のパターンですね。
そういう、特別な役割を持ったスゲェ奴、それは当然、タンパク質ですね。
DNAを1つずつ順番につなげるマンが、細胞の中にはちゃんと存在するわけです。
そして続きまして、ネックレスに限らず、その「つなげるマン」とか、一体どこにどうやって存在してんだよ?という話ですが、まず場所については、ちょうどこないだ書いてた核ですね。
そして状態としては、細胞の中はスープで満たされてますから、浮いてるというかプカプカ漂ってるというか、そんな感じで存在しています。
液体の中だから、かなり自由に、3次元的に空間を利用できるというのが細胞の強みといえましょう。
ちなみにそのスープは、塩分とか具とかが溶け込んでいるとはいえ、あくまで基本は水です。
だから、人間は、細胞が枯れてしまわないように大量の水が必要だし、よく「人間の70%は水でできている」というのも、にわかには信じがたい話ですが、実際ミクロレベルで細胞は水に満たされているので、ある意味当然の話だったんですね。
(もちろん、細胞を満たす液体として存在する以外にも、血液を造るとか、排泄物を出しやすい形にするために使うとか、その他あらゆる場面で大量に必要になるのが水ですけどね。)
で、具体的なイメージをもちにくい一大要因である、「何者なのかが分からない」、これは、まぁ正確に理解するには化学・ケミストリーの知識が必要なので説明も難しいのですが、まぁアミノ酸に似てるっちゃ似てる感じの、主に炭素と水素と酸素と窒素から成る、小さい分子ですね。
別にこんなのを見ても何の理解(イメージ増強)にもつながらないので、触れる意味もあまりないのですが、一応、具体的には、これ↓が、DNA 4つの文字の内の1つ、T(チミン)1分子の構造を描いたものです。
ja.wikipedia.org
リンクカードに画像が表示されていたので、Wikipediaのリンクをペタリと貼りましたが(一番小さいCか一番大きいGを貼りたかったんですが、なぜかどちらも表示される画像が中途半端に切れてしまっていたので、Tにしました)、この手の構造式、馴染みのない方には意味不明すぎますし、入門的に全体像を学ぶ上では必要な知識ではないので、無視してOKですね。
(一応少しだけ触れておくと、「水素H、酸素O、窒素Nはあるけど、炭素がないやん!」と思われるかもしれませんが、基本的に有機物というのは炭素が基本で、あまりにも炭素は多くありすぎるので、省略されています。
線の端っこで、他のアルファベットのない部分は、全て炭素Cなんですね(骨格が、炭素ということ)。
なので、この画像には、OよりNよりCの方が多く存在しています。ちなみに、炭素にくっついてる水素Hも省略されているんですけどね、まぁ詳しく知る必要は本当にないでしょう。)
もちろん残り3つ、AもCもGも割と似たような感じの、まぁただのチマい化学物質(俗にいう有機化合物)です。
こいつらが、仲良く一直線に手をつないだもの、それがDNAなわけですけど、イメージとしてはもう、ビーズなりレゴブロックなり、自分の好きな「つなげやすい」ものが延々とつながっている様子を頭に浮かべるので最初は十分でしょう(レゴは立体的に広がっていく感じですが、DNAは一直線のつながりなので、やはりビーズの方がいいでしょうか)。
…ってまぁ、別につながってる様子など思い浮かべなくても、ただ文字が並んでるように考えるだけで十分なのが実際ですけどね。
ふと、実際はどうなのよ?と気になった時に、こういう「炭素・水素・酸素・窒素などからできた、小っこい分子である」ということを頭の片隅にでも思い出せれば、入門としてはそれでもうバッチリOKでしょう。
(小さすぎて見えないので、1個1個の具体的な「形」を思い浮かべることなんてそもそもできませんしね。)
ちなみに、アミノ酸も↑の画像みたいな感じの、炭素や酸素がつながってできてる、小さな分子です。
(微妙に切れてますが(実際は五角形の部分はつながっています)、構造式の画像がリンクカードにばっちり映ってた、20種のアミノ酸の1つプロリンがこんな感じ↓)
先ほどのDNAと割と似たような感じですが、分子レベルでは厳密に区別されてる全くの他人なので、DNAはDNA同士しか、アミノ酸はアミノ酸同士しか、横につながっていきません。
結論として、タンパク質もDNAも、文字というかビーズが鎖のように延々とつながって伸びていってるものだ、ということですね。
(タンパク質は20種類のアミノ酸、DNAは4種類の……あんまり耳慣れない横文字は出さない方がいい気もするのですが、わざわざ伏せるのも変なので紹介すると、ヌクレオチドと呼ばれるのが、各ビーズというか構成要素の総称です。つまり、「DNAは4種類のヌクレオチドが大量につながってできている」ってことですね。)
…というわけで、DNA・文字・情報という点に関しては、これである程度片が付いたような気がします。
で、続きの染色体の話へ……という所で、前回の記事を受けて、いつも本当に丁寧にコメントをいただける(非公開希望なので、公開はされていませんが)アンさんから、また鋭いコメントをいただいていました。
実際、前回の「祖父祖母由来の遺伝子がどうたら」の話、ノリノリで書いてはみたものの、これはちょっとややこしいかもしれんな、と思っていたんですが、アンさんも、スッキリしないポイントを挙げていただくことで、「モヤモヤとした部分がつっかかっている」という話でした。
これは恐らく、大前提として勘違いしてらっしゃるポイントがあったがゆえのモヤモヤだと思うんですけど、それはアンさんの理解が悪いとかでは一切なく、前回書いた内容には重要なポイントが欠落していたので、記事を読んで素直に考えたらそう思われても仕方ないというか、むしろそう考えるのが自然になっていた、いわば説明に落ち度があった感じですので、今回は、染色体の話の続きに行く前にそこだけ補足させてもらおうと思い立った次第です。
例によって、自分はもう一通りの知識がある上で書いてるので、暗黙の了解的な話を落としてしまっていた感じですね。
専門外の方からの指摘は本当にありがたく、助かります。
まぁ別に参考書を作ろうとして書いてる話でもなんでもなく、「燃焼系アミノ式のCMを懐かしく見てたら、ちょっくらアミノ酸の分かりやすい話を紹介してみたくなった」というクソみたいなきっかけでしている無駄話にすぎないんですけどね(笑)。
でもせっかくならプロとして持ってる知識を専門外の方と分かりやすい形で共有できたら嬉しいので、繰り返しですが、細々とした質問、ささいなモヤモヤなど、ドシドシご指摘いただけるととても嬉しいです。
それを知るために書いてる、ぐらいまである感じですので、細かい疑問やつっかかりほどありがたい限りですね…!
…と、スペースも押しているので、いただいたコメントを改変引用して重要ポイントを抑えてみるとしましょう。
こちらが、一部勝手に改変した部分もありますが、アンさんが持たれた疑問点の一部です。
『例えば、ちょっとわかりやすく4個の遺伝子(目、鼻、口、耳)だけを考えるとして、自分は半分(目、口)を父親から、もう半分(鼻、耳)を母親から譲り受けたとします。
父親は、祖父から半分(目、鼻)を、祖母から半分(口、耳)の遺伝子を譲り受けていました。
この場合は、父方の祖父とは目が似ていて、父方の祖母とは口が似ているってことになりますよね?
…ここまでは大丈夫な気がするんですけど、そうすると、抽選回数23回って、何…?
この例の場合は、抽選4回ということ?でも、60億のものをたった23回っていうのも、違う気もするし…。
それ以前に、クイズにあった「全部が祖父由来」とか、そもそも「半分の30億ずつ分けられる」って話だったのでは…?
う~ん、こんがらがって、分かったような分かんないような、ちょっとモヤモヤが…』
という感じでした。
では、説明不足で勘違いさせてしまっていたポイント含め、順に説明してみましょう。
まず一番大事なポイントとして、全ての遺伝子は、本人から見た父と母の両方から受け継ぎます。
『父親は、祖父から半分(目、鼻)を、祖母から半分(口、耳)の遺伝子を譲り受けていました』という記述は、完全に間違った考え方になっているんですね(「んん…?」と思われるかもしれませんが、追って説明します)。
(分かりやすくここから人名を付加しましょう。カタカナがあった方が短縮表記の時に分かりやすかったので、アンさんの名前をお借りします…)
アンさんの父親は、全身全てのパーツで、アンさんの祖父と祖母(当然、父方の祖父母ですね、いうまでもなく)両方の遺伝子を、全て譲り受けているのです。
その結果、アンさんの父親の各パーツの要素(見た目)が、アン祖父かアン祖母かどちらの影響が強く出るかは、遺伝子とそれが持っている性質次第なので、なんともいえません。
でも、確実にいえることは、アンさんの父親もアンさんも僕も、世の中全員、自分自身の父親と母親両方の遺伝子を受け継いで、両方の遺伝子を持っているのです。
これは、完全に半々です。
「父親だけの遺伝子でできた子供」は存在しません。
恐らく説明が欠けてたせいでこんがらがってしまった原因になっている話のポイントは、そもそも「半分の30億文字だけで、人間の設計図は一通り完全なものが揃っている」って点があるかもしれませんね。
つまり、人間は、自分の中に、人間の設計図を2セット持っているということになります。
(いうまでもなく、父から1セット、母から1セットをもらうことによって。)
すなわち、「アン父は、目鼻を祖父から、口耳を祖母から受け継いでいた」…というわけでは全くなく、先ほど書いた通り、あらゆるパーツについて、アンさんの父親は、アンさんの祖父母両方の遺伝子からできているのです。
血液型の例を思い出して欲しいんですけど、「血液型の遺伝子は、父親からのみ譲り受けました」なんてことはなく、正しくは、「アンさんの父親は、血液型遺伝子に関して、アン祖父からはAを、アン祖母からはOを譲り受けました」というような形でしたよね?
この例の場合、アン父はAOを持つので、A型になります。
同じように、「アン父の目の遺伝子は、アン祖父からのみ受け継いだ」なんてことはあり得なく、「アン父は、目の遺伝子に関して、祖父からは一重まぶた遺伝子を、祖母からは二重まぶたになる遺伝子を譲り受け、結果、アン父本人は奥二重になりました」みたいになるわけです。
あらゆる遺伝子は、必ず、全て、両親から1つずつ受け取っています。
なので、全ての遺伝子は、父母2つのものが混ざり合ってできてるんですね。
そして、混ざり合ったらどうなるかは、上でもチョロッと書きましたが、遺伝子によってそれぞれ決まっています。
血液型であれば、「AとOの遺伝子を受け取ったら、A型になる」とか、毎度おなじみのお酒分解酵素ALDH2なら、「強力なE型と無力なK型を受け取ったら、中間の『多少飲めるけど、あんまり強くない』タイプになる」って感じです。
他のあらゆる遺伝子も当然同じ感じで、例えば髪だと「直毛遺伝子と直毛遺伝子=両親ともから直毛遺伝子を譲り受けたパターン」なら、この場合、確定で本人は直毛になる、みたいな感じでしょうね。
「直毛とくせっ毛」を譲り受けるとどうなるかは、実際の「髪質決定遺伝子」がどうなっているかに依ります。その遺伝子について詳しくないので、どうなるかは僕は知りません。
(そもそもただの例なので、それだけで決まる分かりやすい髪質決定遺伝子があるのかどうかも分かりません。髪質は、1つの遺伝子だけじゃなく、色々な遺伝子が絡み合って決まっている、って可能性もありますね。)
そして、両親から2つの違うタイプの遺伝子を受け継いだとき、どちらが強く出るかを示すものが、メンデルの豆の実験で出てきた、優性と劣性ですね。
丸い豆とシワの豆の、あれです。
血液型もお酒酵素もやや特別な形の遺伝形式なのでいい例ではなかったのですが、人間でめちゃくちゃ分かりやすくメンデル遺伝する代表的なものに、耳垢があります。
耳垢が乾いている(ドライでDとしましょう)のと湿っている(ウェットでWとしましょう)のとを決める遺伝子は、両親から同じものを受け継げば、当然それになりますが…
(例:DDならドライ、WWならウェット)
…父からW、母からD(あるいは父からD、母からW)を受け継いだ場合、自分はWDとなりますが、この「両方を1つずつもった場合」は、ウェットになることが知られています。
つまり、湿っている耳垢(アメ耳)になる遺伝子が優性、乾いている耳垢(粉耳)になる遺伝子が劣性ということですね。
ちなみに、この「優性と劣性」というワード、ずーっと長い間「別に優劣があるわけではない。2つ揃ったとき、あらわれる方が優性、あらわれない方が劣性なだけだ。誤解を招くので、用語の変更を要求する!」といわれ続けていたのですが、ついに、今年2021年の教科書から、「顕性・潜性」に変更になったとのことですね!
nlab.itmedia.co.jp
まぁ個人的にはただの用語なのでどっちでもいいと思いますが、分かりやすくなったといえばなったので、いい流れかもしれませんね。
…と、既に過去最長レベルで記事が長くなっていますが、最後抽選回数の話についてだけ軽く…。
抽選回数うんぬんが絡んでくるのは、「アンさんの父」と「アンさんの祖父母」との間ではなく、「アンさんに、アン父の持つアン祖父由来の遺伝子が伝わるか、それともアン祖母由来の遺伝子が伝わるか」が、ランダム1/2の確率でどちらかになる、という、いわば2世代に着目した話だったんですね。
つまり、分かりやすい血液型でいくと、アン父は「AO」という遺伝子を持っているという設定でしたが、『アンさんに』『アン父から』『(父方の)アン祖父由来のAが伝わるか、(父方の)アン祖母由来のOが伝わるか』は、完全ランダムの抽選なわけです。
(そしてもちろん、アン母から、アン母の持つアン祖父母(母方)のどちらの遺伝子がアンさんに受け継がれるかも、完全に1/2の確率の抽選です。)
なので、同じ両親から生まれても、兄弟姉妹によって血液型は違うし、顔も、性別も、色々全然違う(でも1/4の確率で同じものを持っているので、当然、赤の他人よりは似ている)、ってことなんですね。
何だかややこしくなっていた原因は、抽選自体はもちろんどの世代でも行われているものですけど、「由来」を見るときは、1世代上ではなく(それは、「自分の父と母から半分ずつ」に決まってるので)、2世代にわたって受け継がれてるものに着目しなければいけなかった、ってことにあったといえるかもしれませんね。
ちなみに、23回うんぬんは、前回具体的な数字を話に出したかったのであえて触れちゃいましたが、これまでの話だけではなぜ23になるのかが全く不明なので無視してください。こちらもまた追って説明の予定です。
…と、まさかの8000字を超えてしまったので、もうちょいご質問のモヤモヤポイントに深入りしようと思っていましたが、また次回へ…。