英語が話せる必要はないと思います

アメリカで暮らすとなりますと、一番心配になるのが、「言葉が通じない」ということだと思います。

これに関しては、まぁあんまり無責任なことは言えないんですけど、多分、英語が全く話せなくても問題はない気がします。

話せるに越したことはないけど、話せなくても何とでもなると思う、って感じですかね。

っていうか、事実、何とかなってます。

…まぁもしかしたら周りに助けてられてるだけで、実際は何とかなってないのかもしれないんですけど、とりあえずアメリカに来てから10年弱経っていますが、死んでません。

普通に生きて、生活できております。

(いや「問題ない」のレベル低いな!って感じかもしれませんが、それより高いレベルの話(生活満足度とか、QOLとかそういう)だと、結局「個人次第」になっちゃう話ともいえますしね。)


「10年もいたら英語も上達するんじゃないの?」と思われるかもしれませんし、正直僕もそう思ってたんですけど、これがビックリするぐらい、「まるで成長していない…」を地で行っています。

その辺の話はまた次回以降にまわすとして、今回は僕自身の自己紹介ではなく、想定のお相手が「英語が全くダメで、アメリカで暮らすのは心配である」という状況を仮定しての、その方へ向けてのメッセージのつもりの記事ですね。


まぁもちろん、流石の僕でも流石にカタコトも話せないレベルではないので(例えば「アラビア語圏で、いきなり生活しなければいけなかった」という状況とは全く違います)、本当に「中学から英語だけはからっきしで、普通の人のアラビア語レベルです」みたいな方の場合(例えば、One day, ...を「オネ…ダイ…?」とか、Does it...を「ドエス アイティー…??」とかだと)、ちょっと事情は変わってくるかもしれませんが…

やっぱり、リンゴがアップルと分かるぐらいには、何だかんだ我々日本人は英語に精通しているんですよね。

(まぁこれだと典型的なダメ発音であんまりいい例ではない(「アップル」では伝わらない可能性が高い)かもしれませんが、少なくとも大抵の人は、appleという文字を見たら、頭の中にリンゴのイメージ(あるいはiPhone)が浮かんでくるのではないかと思います。)


これがアラビア語の場合ですとそうもいかないわけですが(文字を見ても、話を聞いても、リンゴというものを伝えることも伝えてもらうこともできない)、でも僕たちはappleがリンゴだってことは分かるんです。

ならもう大丈夫、appleさえ分かれば死にません!

ほら、ちょうど「1日1個のリンゴは、医者を遠ざける」って言うじゃないですか。これはつまり、「今日も1日、appleさえ分かってれば、人間死ぬこたぁない」ということと、ほぼ同義であるといえるわけです。(んなわけあるかい)


まぁそれはちょっと冗談が過ぎますが、個人的には本当に、

Appleがリンゴだと分かる知識と、(ちょっと恥ずかしいけど)リンゴをアポーと言う勇気」

さえあれば、アメリカで暮らすのなんて余裕のよっちゃん、全く何も問題ないと言い切って構わないと思います。

(無茶苦茶に聞こえるかもしれないんですけど、こちらには「経験者は語る」の強みがありますからね、割と強気で言える、ってなもんです)


「いや何か色々めっちゃ適当すぎて、逆に不安しか残らん(笑)」って感じかもしれませんが、まぁ真面目な話、単身一人で異国の地というわけではなく、一応現地の大学で働いていて、永住権も取得しようとしてる僕がいるので、大丈夫でしょう。

 

とはいえしかし、真剣な話なのにちょっと全体的にふざけすぎにも程があるかもしれないので、関連した話はまたいずれ改めて、もう少し丁寧に掘り下げていきたいと思っています。

個人的な結論としては、「流暢に話せなくても大丈夫。言葉より、気持ち・考え方が大事」という感じですかね、やっぱり。

とりあえず次回は、上でちょっと言っていた「英語の上達に関する話」について、 また少しつらつらと書いてみる予定です。

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